第21話 奪還作戦 Phase2

---------- トラック(田島、美月)1号車(大谷) ----------


午前2時00分、田島と美月が乗った静清医療リネンサービスのトラックと大谷が運転する1号車は静岡共立病院としずおかクラウンプラザビルの間の路地に入った。

大谷は前方左側に駐車している2号車の後ろに1号車を停め、2号車に駆け寄って窓をコンコンとノックする。

2号車の中で待機していた吉野が運転席側の窓を開けた。


「吉野さん、3人はどうですか?」

「問題無いです、無事に屋上へ着いたようです。ついさっき合図が見えました」

「OK、時間通りですね、じゃ、俺達も行ってきます」


大谷が横に停車していたトラックの後部ドアを開け荷台に乗り込む。横で待っていた美月が後部ドアをロックし、美月が助手席に戻るとすぐさま田島がトラックを発進させた。


路地を曲がって静岡共立病院の搬入口へ入ると、左端に小さな電話ボックスのような小屋とゲートがあった。

ゲートの前でトラックが停まると小屋の中からグレーの迷彩服を着た兵士が出てきた。やはり普通の病院とは違う監視体制が敷かれているようだ。


美月は助手席の窓を開け、首に掛けていた静清医療リネンサービスの社員証を見せながら紙に印刷された搬入許可書を兵士に渡す。


「静清医療リネンサービスでーす。定期搬入でーす」


この社員証と搬入許可書も院長先生のコネで手に入れたものだ。

兵士は田島と美月の顔と許可証を念入りに確認している。メガネをかけた色の白いひょろっとした体形の、いかにも真面目そうな青年だ。

事前の話では定期搬入のトラックはほぼノーチェックで通れると言われていたのだが・・・


「あの、こちらの許可証には男性2名と書かれてますが、あなた女性ですよね?そちらの運転している方は、あれ?いつもの人じゃないですね」

兵士は怪訝そうな表情で美月と田島の顔を交互に見ながら問いかけてきた。


「え? あ、はい、えっとー、私まだ見習いで・・・今日は研修のつもりで代わりに行ってこいって言われまして・・・いつもの人って、50歳くらいのヒゲの人ですよね?あの人私の上司なんですけど、愛徳会病院の搬入でちょっと問題があって、私達代わりに来たんですよー」


「そうですか・・・じゃあ確認しますのでちょっと待っててもらえますか?」


まずい・・・まずい、まずい!

ここで関係者に確認なんかされたら確実にバレてしまう。田島は平気な顔をしていたが、額は冷汗でびっしょりだった。

その時だった、小屋に戻ろうとした兵士を美月がいきなり呼び止めた。


「あっ、ちょっ、ちょっと、もしかしてタカノリ?タカノリだよね?そうだよね?ワタシだよ!」


いきなり名前を呼ばれた兵士はびっくりしたような表情で振り返る。


「だ、誰ですか?自分の名前はタカノリじゃないですが・・・」

「えー?うそー!なんでそんな事言うの・・・あの時、すごく心配したんだよ!タカノリ何も言わないでいきなり兵役に行っちゃったから」

「だ、だから僕はタカノリさんじゃないです、人違いだと思いますけど」

「だって顔も声も同じじゃん!じゃあ一緒に彫ったタトゥーあるでしょ?私は右胸に入れて、タカノリは首の後ろに入れたじゃん!」

いきなり美月は作業服のボタンを外し、露になった右胸のブラジャーをガバッとずらした。そこには小さなハート形のタトゥーがあった。


「ほら、このハートのタトゥー、タカノリとお揃いで入れたじゃん!」


いきなり目の前に現れた光景に驚く兵士。ほんの2~3秒、彼は美月のはだけた胸を凝視していたが、ふいに我に返ると顔を真っ赤にしながら小さな声でつぶやいた。


「ぼ、僕、タトゥーなんて入れたコト無いです」


兵士は後ろを向いて迷彩服の襟足をめくって首の後ろを美月に見せた。もちろんタトゥーなど無い。


「えっ、そっか・・・そうなんだ・・・タカノリじゃないんだ・・・ごめんなさい、本当にごめんなさい、私、ずっとずっと彼の事を思ってて、いつか会えるかと思ってて・・・変な事言ってすみません、タカノリじゃないんだ・・・」


美月の目からポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。


「あ、あ、いえ、い、いいですよ・・・大丈夫ですか?」


「はい・・・・・ごめんなさい・・・あの、それで、えっと・・・もし迷惑じゃなかったら、あの・・・連絡先って・・・教えてくれませんか?」

「え?あ?連絡先、僕のですか?」


美月の言葉を聞いた兵士は明らかに動揺している。


「すみません、いきなりこんな事聞いちゃって・・・でも・・・今ここで別れちゃったらきっともう会えないですよね?私、もっと話しとかしたくて・・・あ、でも今はマズイですよね、兵隊さんだし」


そう言うと美月はトラックのダッシュボードに転がっていたペンと紙の切れ端に何か書き込んだ。


「これ、会社の連絡番号です。私、今日の仕事お昼までですけど、3時頃までなら会社に居るので連絡してください!」

「えっえっ?あ、ハ、ハイ・・・」


美月はトラックの窓から身を乗り出して紙切れを兵士に渡した。兵士の目の前30㎝の場所に、まだボタンを留めていない作業服からこぼれ落ちそうな美月の胸がある。


「それから・・・あの、お名前教えてもらえませんか?私、美月って言います」

「僕は・・・や、山下雄二です」


紙切れを受け取った兵士はボーっとした顔で美月を見つめていた。


「じゃあ私、もう行かなきゃ、絶対に連絡してくださいね、絶対ですよ!待ってるから」

「ハ、ハイ・・・」


兵士はゲートを開けるスイッチを押した。

ゲートが開き、田島と美月、荷台に大谷と気絶している静清医療リネンサービスの職員2人を乗せたトラックは地下1階の搬入口へ向かった。


「美月よぉ、お前スゲーな、ホントにすげーな!あの体当たり演技!アカデミー賞モンだよ。俺、あの時どうしようかと思ったよ、冷汗がダラダラ出たよ」

「あはは、火事場の馬鹿力みたいなもんですよー、自分でもあんなに自然に涙が出てくるとは思いませんでした!はははー」

「でさ、そのタトゥーって、いつ入れたの?」

「あれですか?私、高校の時、父の仕事の関係でアメリカに住んでたんですよ、その時にちょっと」

「へぇー、そうかぁ・・・さっきさ、俺の方からじゃそのタトゥー見えなかったんだよね、ちょっと見せてよ」

「はあ?ダメですよ!スケベだなあ、田島さん、帰ったら奥さんに言いますよ!」

「いいじゃんよ、減るもんじゃあるまいし」

「減りますー、まだ数人にしか見せてないんだからー、新しさが減りますぅー!」

「ケチだなあ・・・でさ、あのタカノリって誰だ?昔の彼氏?」

「あー、タカノリ?実家で飼ってるカメ」

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