第20話 奪還作戦 Phase1
---------- 1号車(田島、大谷、美月) ----------
静岡インターを降りた1号車は左折して国道150号線方面へ向かった。
2つめの信号を右折し、南安倍川大橋へ。この橋は安倍川に架かる最も海に近い長さ600mほどの橋で、昼間であれば左手には太平洋が一望できる。橋の終端まで進むと斜め前方に静岡愛徳会病院の大きな建物が見えて来た。
橋を渡って2つ目の信号を左折した1号車は、静岡愛徳会病院の右手にある路地脇に停車した。時間は午前1時10分。前方約50mほどの左手に静岡愛徳会病院の資材搬入口があった。
雨はほとんど止んでおり、窓を開けて手を出すとかすかな小雨の雨粒が感じられる程度だった。
午前1時33分、病院の搬入口から出てきた車のライトがこちらを照らす。ライトはそのままこちらに向かって来て田島達3人が乗った車の横を通り越して行った。車体側面に”静清医療リネンサービス”の文字。
田島は車を急発進させると1つめの路地を右折して広い空き地の脇にある側道に入った。
左手約300mほど、こちらと並行している道を走る静清医療リネンサービスのトラックのライトが見える。
田島は側道を抜け、国道150号線脇の小道に車を停めた。あと3分ほどで静清医療リネンサービスのトラックがここを通るはずだ。
田島と大谷は車から降りてスコップで左前輪の前の地面を軽く掘ると、すぐ脇に積まれている建築用廃材の後ろに身を隠した。
美月は運転席に乗り込み、車を軽く前進させて田島たちが掘った箇所に左前輪を落とした。そして車を降り、トラックが来るのを待つ。この時間、国道150号線ですらほとんど車の往来は無く、時折弱く吹く生暖かい風にざわめく草の葉がこすれる音と、虫の声が聞こえるだけだった。
後方から車のライトの光が近づいて来るのが見えた。そのライトの光がハッキリ明るくなってくるにつれ、トラックのエンジン音が聞こえてくる。
美月は車の横に出ると、近づいて来るトラックに向かって大げさなジェスチャーで両手を振った。
トラックは美月の横で停車し、運転席側の窓が開くと50歳くらいと思えるヒゲを生やした男性が怪訝そうな顔つきで話しかけてきた。
「お姉さん、なに?どしたの?こんなとこで?」
「あのー、すいません、タイヤがぬかるみかなんかにハマっちゃったみたいで・・・本当に申し訳ないんですけど、押すの手伝ってもらえないかなーって?」
「あー、そうなの?ちょっと待ってね」
運転していた50歳くらいの男性と助手席に座っていた若い男性がトラックから降りて来た。彼らは車のタイヤやら下側を覗き込んでいる。
「あー、何か穴みたいのにハマッちゃってるねぇ、でもこれくらいだったら後ろから押せば大丈夫だねー」
男性2人は車の後部に手をかけ、車体を押し始めた。
「いくぞ、せーの!」
その時、廃材の陰から田島と大谷が素早く飛び出し、背後から男性たちの首筋に薬物を注射した。
「うわっ、何だ!何すんだ!」
「痛ぇ!、何だよっ!」
2人は首に手を当てその場にうずくまったが、すぐに倒れて動かなくなった。
「申し訳ない、あんたらに恨みはないが、しばらくの間静かにしていてくれ」
院長先生が用意してくれた麻酔薬は最低でも半日ほどは効いているはずだ。
田島と大谷が荷台後部のドアを開け、気絶した2人をトラックの荷台へ運ぶ。そして男性2人の作業着を脱がせて自分達が着用し、男性達の手足をロープで縛って口に猿ぐつわをはめた。
その間に美月もあらかじめ用意してあった作業着に着替える。
時間は午前1時49分。トラックは田島が運転し、その助手席に美月が乗り込む。
1号車は大谷が運転し、2台はターゲットが収容されている静岡共立病院へ向かった。
---------- 2号車(川村、飯田、凛子、吉野) ----------
俺の乗った2号車は、静岡インターを降りると1号車とは反対方向に右折し、しずおかクラウンプラザビルへ向かった。数分で街中に入ったがこの時間は車の往来もほとんど無く、薄暗い街灯に照らされた静岡市街はゴーストタウンの様だった。
静岡県庁舎の横に位置する静岡共立病院は10階建ての古い建物で、その隣に立つ12階建てのしずおかクラウンプラザビルと共にこの辺りではひときわ高い建物だ。
俺達の乗った車は静岡共立病院の周りをゆっくり一周した。特に障害となる物は無いようだ。
川村は静岡共立病院としずおかクラウンプラザビルの間の路地に入り、しずおかクラウンプラザビルの非常階段下付近に車を停めた。
時刻は午前1時42分。まず俺が3階部分から取り付けてある非常階段に上らなければならない。
俺は車から降りると非常階段を見上げた。想像よりも高い位置にあるような気がする。一度のジャンプでは届かないかもしれない・・・
だが、常階段斜め下、2階部分に20㎝ほど張り出した部分があり、そこなら一度のジャンプで楽に届きそうだ。
俺は辺りを見回し、人や車の気配が無い事を確認すると3歩ほど助走をつけて地面を蹴った。身体がふわっと持ち上がり、張り出し部分が近づいて来る。
そして斜め上方の非常階段に向けて右足で張り出し部分を蹴ると非常階段に飛び乗った・・・はずだったが、張り出しを蹴る角度が浅かった為、ジャンプ後の到達点が大きくずれてしまった。
ヤバイ!と思った時は非常階段の左方、約20㎝の空中!
俺は慌てて両腕を伸ばした。右手の人差し指と中指が非常階段の手すりに触れ、掴んだ。
俺はその手すりを捉えた右手を思いっきり引き寄せ、左手で手すりの下側を掴む事ができた。しかしその反動で下腹部を非常階段の床側面にしたたかにぶつけてしまった。
鈍い痛みが下半身に走る。
俺は手すりを乗り越え、3階の非常階段に到達したが、あまりの痛さにその場に倒れこんだ。冷汗が首筋を伝うのが分かる。
このまま暫くは動けそうにない。だが早くロープを下ろさないと・・・恐らく車の中に居る3人は焼きもきしているに違いない。
痛みをこらえて背中に背負ったバッグからロープを取り出し、一端を手すりに縛り付けてから投げ下ろした。
そして俺は手すりから右手を出し、下に向けてクルクルと人差し指を回す。この合図を確認した川村と凛子が、下でロープに取り付けられた金具を自身のベルトに装着するはずだ。
垂れ下がっていたロープがピンと張り、3回ほどクイッと引っ張られた。
俺はロープを両手で手繰り寄せる。10回ほどロープを手繰るとロープを握った凛子の両手が手すりを掴んだ。左手でロープを持ったまま、右手で凛子のベルトを掴んで非常階段に引きずり上げた後、ベルトの金具からロープを取り外し、再び下に投げ下ろす。
すぐに合図があってロープを手繰り寄せる。川村は凛子より重いはずなのにまったく重さを感じなかった。恐らく上手に壁を蹴りながら体重の掛かるタイミングをコントロールしているのだろう。
「飯田君、どうした?なかなかロープが降りて来なかったが・・・」
「何かあったの?」
川村と凛子が小声で心配そうに聞いて来た。
「すいません、ちょっとジャンプ失敗しちゃって・・・キンタマ思いっきりぶつけちゃいました」
「マジか!? まだ痛むか?」
「いえ、大したこと無いと思うんですが・・・まだ結構痛いです」
「凛子、お前確かスマホ持ってたよな、ちょっとスマホのライトで見てやってもらえるか?」
「えっ!? 私が・・・見るんですか?飯田っちの・・・アレを!?」
「あっ、そ、そうだな、凛子が見るワケにはいかんよな」
川村さん、アンタこの状況で何でいきなり天然っぽくなっちゃうんだよ・・・
「だ、大丈夫ですよ!さっき手ぇ突っ込んで触ってみましたけど、ちゃんと2個あったし、痛いけど」
「そうか、じゃあ屋上へ行くぞ」
俺達はロープ束ねてバッグに入れてから静かに非常階段を昇って屋上を目指す。
時刻は午前1時57分。田島達が奪ったトラックはもうこちらに向かっている筈だ。
しずおかクラウンプラザビルの屋上にたどり着いた俺達は、向かいの静岡共立病院の10階6号室、すなわち奪還する2名が隔離されている部屋を探した。
北西の角から3つ目の部屋の窓のみに格子状の鉄条網のような物が取り付けられている。逃走防止のために設置されたと思われる。
事前に院長先生から聞いた情報でもその部屋のみ逃走/侵入対策が施されているという話だった。
十中八九、あの部屋に違いない。
川村がロープの片方の端を屋上の飲料水タンクの脚に結び付け、もう片方の端に付いた金具を凛子が俺のベルトの金具に装着する。
前方斜め下にある静岡共立病院の屋上は路地を挟んで15mの距離だ。
屋上の縁から下を見下ろすとちょうどトラックと大谷の運転する1号車が路地へ入ってきたところだった。
ここまでは予定通り、首尾よく進んでいるようだ。
俺はジャンプする屋上の端から歩数を数えながら後ろに下がった。
歩数にして20歩、約15mくらいの助走距離があるから問題無く向こう側へ飛べるはずだ。
川村と凛子が下の路地を伺う。2人の人差し指がクルクルと回った。ジャンプOKのサインだ。
飛べる自信はあるが、この高さとなると正直足がすくむ。だがここでビビッていたら何も始まらない。
俺は走り出した。ここをジャンプして・・・あの部屋に居る2人を奪還して帰るんだ!元の世界へ!
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