第10話 AB Rhマイナス
「あー、それから、輸血が必要な怪我などをした場合、残念ながらほぼ助からないと思って欲しい」
川村がブリーフィングの最後に付け加えた。
「俺たちの血液型は何種類かあるが・・・こちらの人間の血液型は1種類しかないんだ」
「えーっ、その1種類って何型ですかぁ?私、A型なんですけど!真面目で几帳面な優等生タイプです!美月は何型?」
凛子がちょっとふざけた調子で美月に振った。
「私は、B型ですけど。」
「あーっ、自分勝手なヤツだー!」
「ち、違いますよ、マイペースって言ってください!」
「自己中で協調性が無くておおざっぱーでしょ?」
「そんな事無いですよぅ、凛子さん酷くないですかぁ?」
「あーはいはい、分かった分かった分かりましたっ! そのAとBのお二人さん。キミらはこの世界で出血多量の事態になったら必ず死んじゃいますよー、だから絶対に無茶しないでね」
川村がそう言うと凛子と美月は顔を見合わせている。
「こちらの人間は、皆AB型なんだ、しかもRhマイナス。これって日本人の0.05%にしか存在しないんだよ」
え?ABのRhマイナス?俺の血液型って・・・AB、Rhマイナスだ・・・
「あのー、えーっと、自分の血液型・・・そのABのRhマイナス・・・です」
「えーーーーっ!?うそー!」
全員が俺の方を向いて叫んだ。
「あーっ、いや、ホントです、昔から珍しい血液型だとは言われてたんですが・・・」
「おお!じゃあ戦闘になったら飯田さんを盾にして進めばいいか!!」
川村が良い案を思いついたとばかりにパンと手を打つ。
「ええっ!? そんなぁ、無理ですよ!やめてくださいよぉ!」
「わはは、冗談だよ冗談!いくら血液型が同じだからと言って、この世界の人間の血液を輸血したらどうなるか、まだ試した事なんて無いしな!」
「勘弁してくださいよ・・・」
まだこの世界に来て1日ちょっとしか経ってないんだから、本気と冗談の区別が付きにくい・・・
でもこの人達に出会えて、俺はちょっと、いやかなりホッとしていた。
この日の午後から護身術を田島から、銃火器の扱い方を川村からレクチャーしてもらうようになった。
普段はまったく運動なんかしていないこの身体には、かなりキツイ毎日だ。
加えてその合間にこの世界の諸々を院長先生の奥さんから教えてもらい、さらに無線機やその他の機器の使い方を大谷から教えてもらう。
3日もすると全員とすっかり打ち解けて、冗談交じりで話せるようになっていた。
年長の川村は、3人の自衛官の中でも最も階級が上で「頼もしい上司」と言った感じだ。俺もこんな上司になれたらなぁ、と思ってしまう。まぁ、俺じゃダメか・・・
自衛官の田島と大谷は、川村の事を「川村一佐」あるいは「一佐」と呼んでいる。聞くところによると、一佐と言うのはかなり上の階級らしく、イージス艦の艦長でもあるらしい。
田島は寡黙だが、微妙にムッツリスケベだと思う。そこらへんをよく凛子に突っ込まれてタジタジになっている。まだ1歳足らずの娘さんが居るのだが、訓練のちょっとした合間に娘さんの写真を周りに悟られないように見ている。まぁ、バレバレなんだが。誰よりも元の世界に帰りたいと思っているのは彼かもしれない。
大谷はいつもニコニコしていて、こちらが何かを尋ねると待ってました!とばかりに説明してくれる。防衛大をかなり優秀な成績で卒業したエリートらしい。
凛子はさすがスポーツジムのインストラクターだけあってスタイルがいい。性格は明るくてハキハキしていて、この集団のムードメーカー的存在だ。俺より年下だが、こんな姉が居たらいいなあと思わせるような女性だ。でもちょっとオバサン臭い時もあるが。
美月はいわゆる「フツーの女の子」って感じだ。地味でもなく、派手でもなく。でも顔面偏差値はかなり高いと思う。こんな状況じゃなかったら、もし会社の同期とかだったら好きになってるかもしれない。ムッツリスケベの田島氏曰く「絶対に美月は隠れ巨乳だ」と。俺もそう思う。
「このスライダーを動かすと・・・ほら、光の輝点がばらけますよね、こうやってズームしながら磁気が変動している場所をサーチしていくんですが、このレーダーはヘリコプターに搭載されていたものを急ごしらえで改造したので、だいたい半径60kmくらいの範囲しか走査できないんです。ここから・・・だいたい渋谷区の辺りまでですね」
大谷がノートパソコンの画面に映し出されたレーダーの輝点を見ながら、磁場探知レーダーの操作方法を教えてくれる。
ポータブル発電機を力素で動くモーターに接続して発電した電力でノートパソコンやレーダーを動かしているのだが、発電機から伸びたテーブルタップのコンセントには凛子と美月の携帯が充電アダプターと共に刺さっていた。いや、ここじゃ携帯なんて電卓くらいしか使い道が無いんじゃないか?
午前中は銃器などの扱い方の訓練と、院長先生の奥さんからこの世界の事をレクチャーしてもらう。午後はみっちり護身術や格闘技を田島と川村から教わる毎日だ。1日が終わるころにはヘトヘトになっていて夜9時にはベッドで熟睡。
ずっと不眠症で悩んでいた毎日が嘘のようだ。
訓練の合間、休憩時間に屋上に出てみた。
この辺りではこの病院が一番高い建物なので見晴らしが良い。
畑や雑木林の間にポツポツと民家が佇んでいるのどかな景色を眺めていると、ここが異世界だなんて信じられない気分になって来る。
「いーいーださんっ」
振り向くと凛子が微笑んで立っていた。
「ああ、どうも、あの・・・天気いいですね」
「うん、いい天気だよね。ここがホントに異世界なのかな?って思っちゃう」
「そうですよね、自分も今同じ事考えてました」
「あの、飯田さん、一応ワタシって飯田さんよりも年下なんで、丁寧な言葉遣いじゃなくていいですよぉ」
「ああ、そうか、でも凛子さんってなんか年上っぽいって言うか、姐さんっぽいと言うか・・・」
「あ、それって老けてるって言いたいんでしょ!」
「いや、違いますよ!なんかこう、ハキハキしてしっかりしてるなって思って」
「そうかなあ?まぁ、3人兄弟の長女で女は私一人、母は私が子供の頃に死んじゃって男所帯で育ったからこんな感じになっちゃったのかな」
「そうなんですか、俺なんか1人っ子で甘やかされ放題で育ったからいつもボーっとしてると言うか、よくオフクロにもっとしゃんとしなさい!って怒られてましたよ」
「だーかーらー、敬語とかでなくていいですって!」
「あー、すんません!」
「そんなんだと美月に嫌われちゃいますよー!」
「えっ?美月が、何で?俺、美月に何か変な事言ったかな?」
「そうじゃないですけどねー、へへへ、美月、こっちへ来る前に彼氏と別れたばかりなんだってー」
「はぁ、それが俺とどんな関係が?ひょっとして俺って美月に対して、その、わかりやすい態度とかだったりする?傍から見て」
「いやーーー、まあ全然そんなこと無いと思いますけどー(ニヤニヤ)」
「でしょ!うまくごまかしてるでしょ?」
「あーっ!ごまかしてるんだぁ!そうなんだぁ!」
うっ・・・ヤバイ。
美月は可愛いし、正直言ってかなりタイプだ。でもこんな状況下で惚れた腫れたとか言っている場合ではない。
「いーださんってカワイイなぁ!」
「な、なに言ってんだよ!違うよ、違う!」
「何が違うのぉ?何が違うのさぁ?」
「だから、だって美月って誰から見ても美形って言うか、カワイイじゃん、つまりそう言う事だよ。世間一般的に美人だなーってコトです!」
「ふーん(ニヤニヤ)」
「なによ、そのニャけた顔は」
「そーですねー、アタシと違って美月は美人ですからねー」
何だよ、今度はヤキモチか!?
「いや、凛子さんだってイイ感じっすよ、めっちゃスタイルいいし、顔ちっちゃいし、ちょっとババ臭いって言うか、大阪のおばちゃんみたいなとこもあるけどそれがまた逆に親しみやすいって言うか、細かいトコロは気にしないぜ!みたいな豪快なトコとか超カッコイイですわ!」
「いーださん、軽くディスってません?」
「そんなこと、ないッス」
その時、屋上出入り口の扉がバタンと開き、そこに美月が立っていた。
「あー、飯田さん、凛子さん、ここだったんですね、会議室に集合だって!」
美月は慌てた様子で手を振っている。
俺と凛子は会議室へ向かった。
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