第8話 アメリカとソ連

田島は川村の横で腕組みをしながら机の一点を見つめている。

川村はさらに続けた。


「実験当時、あの艦に乗艦していたのは9名。その内4名が最初の打ち合いで殉職しました。残った5人で艦を脱出してこの病院に着いたのですが、2名が一か月後にここから居なくなりました。1人は私達と同じ海上自衛官、もう1人は造船を請け負った八島重工業の社員で技術者なんですが・・・名前を石田と言います。実は内部プログラムを書き換える事が出来るのは彼だけなんです。そして、2本あるマスターキーの1本を持っているのが失踪したもう1人の自衛官・・・です」


「えっ!? じゃあその2人が居ないと・・・船を動かせないって事ですか!」


「そうですね、もう一本のマスターキーはこちらの手元にありますから・・・失踪した自衛官、名前を森本と言いますが、彼が持っているマスターキーが必要なのと、技術者の石田を探し出して連れて来なければなりません」


いやぁ、それってかなり無理ゲーだろ?

こんな異界の地で失踪した人間を、それも2人も探し出すなんて。もうどこかで野垂れ死にしてるんじゃないのか?


「そしてもう一つ、大きな問題がありまして・・・」

川村は腕組みをしながら目線を机の一点に落とした。


「飯田さんを保護した場所、覚えていますか?」


「はい、閑散とした、あまり人気のない住宅地で、確か米軍横田基地の近くだったと思いますが」


「そうです、基地の近くです。でもあれは米軍横田基地じゃないんです」


「はぁ・・・」


「あれは、ソビエト軍の基地です」


「は?ソビエト軍?え?ロシアじゃなくて!?」


「この世界でも過去に第二次世界大戦があったのですが、こちらの世界ではあの戦争でアメリカは敗戦国になっているんです」


「えーっ! アメリカって負けたんですか!?」


「負けたんです、そして現在、この世界にアメリカと言う国は存在していません」


これには驚いた。心底驚いた。

あの超大国アメリカが存在していない世界なんて想像できない。


「この世界のアメリカ大陸は、半分がキューバに併合され、もう半分はソビエトの傀儡国家のウラル共和国と言う社会主義国になっているんです」


マジかよ、じゃあ俺たちの世界で言うところの西側陣営ってどうなってるんだ?

「ま、まさか世界のほとんどが共産主義の国になってるとか、ですか?」


「こちらの世界での資本主義国家はヨーロッパとアジアの一部のみです。この日本も一応資本主義国ですが・・・要するに私達の世界での西側陣営と東側陣営が入れ替わったような勢力図になっているわけです」


「そうなんですね・・・でもそれと私達の置かれている状況と何の関係があるんですか?」


「奥多摩にある空母ですが、あれが彼らの目的なんです。この世界では電気がありませんから、彼らにとってあの空母は未知の物体です。でも一目見ればあれが兵器だという事は分かる筈です。そしてあれが自分たちの世界にはない強力な武器だという事も。ですが彼らには何をどうすれば良いのかまったく分からない。あの空母を兵器として稼働させるにはあれに乗ってきたと思われる人間、すなわち私達が彼らには必要なんです。要するに、転送されてきた人間は彼らに狙われているんです」


「という事は、僕はあのままどこかへ連れていかれたとしたら・・・」


「そうですね、恐らく軍か政府関係の施設に連れて行かれて・・・その後はどうなるか分かりませんが、恐らくあまり楽しい事にはならないでしょうね」


川村の話を聞いて鳥肌が立った。

あの時、川村達が助けてくれなかったら、今頃どこかで尋問、あるいは拷問されていたかもしれない。

一般人である俺には空母の動かし方なんて分からないが、彼らは何か手がかりになる事を聞き出そうとあらゆる手を使ってくるだろう。

いくら聞かれても何も答えられないが。


「先ほど説明したように、元の世界へ戻るには失踪した2名がどうしても必要なんです。そして先日、その2名に関する手掛かりがやっと見つかったんです!私達は協力して彼らを探し出し、あの空母を起動させようと思っています」


「と・・・いう事は、私にその失踪した2人の人捜しを手伝えと?」


「率直に言って・・・その通りです」


ええーーっ!?マジかよ。こんなワケわからん異世界で、人捜しって・・・やっぱり無理ゲーだよ。ヤだよ、怖いよ。


その時、今まで黙って聞いていた坂口が独り言のように喋った。

「私は・・・こんなところで一生過ごすなんて・・・絶対にイヤだ・・・まだ結婚もしてないのに、やりたい事いっぱいあるのに・・・もとの世界に帰れるんだったら、可能性がほんのちょっとしかなくても、帰る為だったら何でもする・・・ね、美月はどう思う?」


いきなり振られた美月は一瞬ドキッとした表情をした。

「私は・・・えっと、その2人の人をここで探すのって、ものすごく大変だと思うし・・・正直見つかるかどうか分かんないけど・・・怖いし・・・でもやらなきゃならないのかなって・・・思う」


何か外堀から埋められてる感じ・・・まあ、確かにこれ以外、他に帰る手段は無さそうなんだけど。


「飯田さん」


川村が真剣な目つきで話しかけてくる。

「ここは異世界ですが、この状況はいわゆる”有事”だと思っています。そして私は自衛官であり、あなたは民間人です。いくら有事と言えども自衛官が民間人に戦闘行動を強制することはできないと考えます。ですからこの件に関して、気が進まないのであれば断っていただいても構いませんし、それによってあなたが不利益を被ることは決してありません。私が保証します」


「もし、私が断ったらどうするんですか?」


「飯田さん以外の5人で何とかします」


本当にこの異世界で人探しなんてできるのか?もし見つけられたとして、その失踪した2人は素直に協力してくれるのだろうか?

でももしこのまま帰れなくてこの世界に一生居続ける事になったら・・・いやいやいや、そんなの絶対にイヤだ!

ネットも無い、スマホも無い、そもそも電気も無いなんて終わってる。大昔にタイムスリップしたのと同じじゃんか。

でも、こんな状況に置かれていても、心の片隅でちょっとワクワクしている自分が居る。

元の世界では何をやってもダメダメで、寝る前にスマホでやるネットゲームだけが生きがいみたいな毎日だった。

ところがこの世界では、俺は必要とされている。

こんなダメな俺なのに。


「わかりました、私も協力させてもらいます!力になれるかどうか不安ですが・・・」

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