第5話 仲間入り
「えーっと、どこまで話しましたっけ?あ、そうそう、こっちの医療に関してですね。私達の世界では、たとえば足に怪我をして・・・そうですね、10針くらい縫わなきゃならない怪我をしたとします。傷口が塞がって抜糸をして治るまで、だいたい一ヶ月くらいはかかりますよね?でもこちらではそれくらいの傷だったら一週間もあれば跡形もなく治ります。私は医者じゃないので詳しい事は分からんのですが、恐らく薬が違うのと、外科技術が優れているんだと思います。先ほど私が負ったこのふくらはぎの傷も、3日もあればきれいさっぱり治るはずです」
その時、ドアを鍵でガチャガチャ開ける音がした。ドアが開くと車椅子に乗った初老の女性と、その車椅子を押している白髪で小太りの男性が立っていた。
「あー、先生、奥さんもわざわざお呼び立てしてすみません、さっき新しい方が来たもので」
アクションスターは微妙にペコペコしながらその二人を招き入れた。
「こちら、この病院の院長の鶴吉先生と奥様です」
「あなたが新しく来た人ですね、大変だったでしょう?」
車椅子の女性が優しそうな笑みを浮かべている。
「私、ツルヨシーです、ははは」
院長と紹介された男性も人懐こそうな笑みで話しかけてくれたが、ちょっと病院の院長には見えない。
「奥さんは私達と同じ世界の人間です。奥さんもこちらに転送されてきたんです。で、鶴吉先生はこの世界の方です」
怪訝そうな顔をしている俺にアクションスターが説明してくれる。
「奥さんは10年ほど前に転送されてきて、近くの沢で倒れているところを鶴吉先生に助けてもらったそうです。それからお二人ずっと一緒だそうで・・・あ、私達は奥さんと呼ばせてもらってますが、公的にご結婚されているわけじゃないです」
そりゃあ異世界人と籍入れる事なんてできないよなあ。
でも何で鶴吉?
「あの、何で鶴吉先生って・・・」
「あー、説明してなかったですね、ほら、先生の風貌って何となく笑福亭鶴吉に似てません」
そう言われるとまあ似てなくもない、かなあ?
「本当の名前は私達にとって発音が難しくて・・・それで鶴吉先生とか院長先生って呼ばせてもらってます」
あー、そう言う事なのね。
その時、今まで一番隅で何か言いたそうにしていたポニーテールが初めて口を開いた。
「あのー、えっと、私達、自己紹介がまだだと思うんですけど・・・こちらの方のお名前も伺ってないし・・・」
「あーっ!そうだ!大事な事を忘れてたわ!スマンスマン。じゃあ大谷から順に自己紹介してくれ」
アクションスターの横にいたメガネをかけた青年が一歩前へ出た。
「初めましてっ、海上自衛官の大谷秀行(おおやひでゆき)です、年齢は27歳です、よろしくお願いしますっ!」
次は柔道部。
「はじめまして、自分は田島崇史(たじまたかふみ)33歳。同じく海上自衛官です。以上」
「あの・・・次ってあたしですかぁ?」
「何恥ずかしがってんのぉ?柄にもなく」
柔道部がニヤニヤしながら横にいたショートトカットを肘で押した。
「そんなこと無いですよぉ、この筋肉おやじマジむかつく。えーと、初めまして、坂口凛子(さかぐちりんこ)です。歳って言わなきゃダメですか?あはは、まあいいや、27です。スポーツジムでインストラクターやってました。よろしくです」
金髪のショートカットはハキハキとした口調で、いかにもスポーツやってます!と言う感じの女性だ。
「えっと、初めまして、香坂美月(こうさかみつき)と言います。日本では・・・あ、ここも日本か・・・えっと、前の世界では教員をしていました。あ、えっと、25歳です、よろしくお願いします」
車の中で助手席に座っていた華奢な女性だ。どうやら「えっと・・・」が口癖らしい。
「これで全員自己紹介終わったかな?あ、俺の番か・・・あー、自分は川村哲也、40歳、大谷、田島と同じく海上自衛官です。それと・・・今からあなたに決断していただく事があります。重要な事なのでよく考えてくださいね」
アクションスター、いや、川村は少し真面目な口調で俺に言った。
「ここは病院ですが、鶴吉先生の好意によって私達は衣食住を賄っていただいています。要するにここに居れば当面の間はこの世界で生きて行くことが出来ます。でもこの先ずっとここにいるつもりはありません。私達は全員で協力し合い、元の世界に帰るための手段を探しています。もしあなたがここに居たいというのなら、私達は歓迎します。1人でも多くの仲間が欲しいからです。しかしあなたがここには居たくないと考えているのであれば、それはそれで構いません。私達はここに居ることを強要するつもりはありません。出ていく際には数日分の食料や、幾ばくかのこちらの通貨をご用意します。もしあなたが出ていかれるのであれば、あなたに関する情報は何も聞きません。そしてもし、私達と共に帰るための手段を探すのを手伝ってくれるのであれば、自己紹介をしてください」
そうか、だから名前も聞かれなかったのか。
正直言って未だに頭の中が混乱している。
本当にこれが現実なのか、そうではないのか判断できずにいる、と言うか、異世界に転送されたなんて話をそう易々と受け入れられる筈無いじゃんか・・・
でももしここを出て行ったとしたら、いったい何処へ行けばいい?
知り合いも居ない、字も読めない。
そう言えば「帰るための手段を探す」って言ってたな。そんな事が可能なのか?いや、可能性があるから探しているのか・・・
どうしたらいい?
どうしたらいい?
どうしたらいい?
頭の中で思考が猛スピードで走り回る。
「あの・・・、飯田明(いいだあきら)30歳です。普通のサラリーマンです。よろしくお願い・・・します」
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