第4話 もうひとつの日本
「ではまずこの場所がどこなのかという事ですが、ここは病院です、そして日本です。ですがあなたが今まで暮らしていた日本ではありません。どこか別の世界と言ったらいいのか・・・宇宙の果てか、あるいは想像もできない異世界なのか、私たちにも分かりませんが、別の世界に存在する日本なんです。いや、日本みたいな場所なんです」
「あ、あの・・・今異世界って仰いましたけど、いわゆるパラレルワールドとか、そう言った類のモノなんでしょうか?」
「それは私達も良く分からないんです」
「そうですか・・・」
「ここにいる全員があなたと同じように何の前触れもなく、いきなりこの世界に転送されてきたんですよ、そして今のあなたと同じように混乱と恐怖で震えていました」
そうか、この人達も俺と同じようにいきなりこのワケの分からん状況に投げ込まれたんだ。
「昨晩、異変を感じた時にピンク色の雲を見ませんでしたか?」
「あ、はい!ピンクの雲、見ました!その直後に眩暈がして、気が付いたら全身汗びっしょりで・・・」
「私達はそのピンク色の雲を目標にしてあなたの居場所を探したんです。転送が起きる数時間前から必ずあのピンク色の雲が出現するんです。昨晩は高田馬場の辺りに出ました」
そうだ、小滝橋通りへ向かう道の前方上空にピンク色の雲が出ていた。ちょうど高田馬場の辺りだ。でも俺がいたのは中野坂上だよな?
「雲が出現した真下で転送が起こる事もあれば、数キロ離れた場所で起こることもあります。昨晩、私達はまず高田馬場へ行き、磁場レーダーで周囲を監視していました。転送場所では強力な磁場の変化が起こるんです。中野坂上での磁場の変調を発見したのですぐに向かいましたが、私達があなたを発見したのは丁度あなたが中野坂上の交番に入って行くところでした」
何だか荒唐無稽すぎるぞ。まるでNetflixの映画みたいだ。
「そしてあなたを乗せた警察の車を追い、基地近くの道であなたを保護したんです」
そうか、何か取ってつけたような話だよなぁ、本当か?
「でも何であなた達は警察の車を襲ってまで私を保護したんですか?ハタから見ればどう考えたってあなた達が、その、悪人と言うか、テロリストみたいな・・・」
「まあ、そう思われても仕方ないですが・・・もちろんこれには訳があるんです。これについては追々話します」
何か釈然としないなあ。
「じゃあ、ここからはこの世界の事について話します。この世界の人々、と言うか、この世界の日本人は、外見は私達と全く同じです。会話も日本語です、が、記述が全く違うので文字での意思疎通ができません。文字はアルファベットを使って表しているのですが、文法がとても複雑で習得はかなり難しいです」
あー、あのJAHTTRENLOUYBJみたいなヤツね。
「それから、この世界の人々は身体機能が私達と比べて桁違いのパワーを持っています。ちなみに現在の100m走の世界記録って何秒か知ってます?」
「えーと、確かオリンピックでボルトが出した9秒台だったと思いますが」
「そうですね。9秒58が100m走の世界記録です。が、この世界では小学校低学年の子供でもそれくらいで走ります」
えーっ、マジか!? 小学生が100m9秒で走るの?
「私も信じられませんでしたが本当です。小学生でもこんなんですから大人が本気で走れば誰でも100m5秒ちょっとで走れますし、思いっきりジャンプすれば3mくらいの壁なんか簡単に飛び越えます。K-1選手でもこっちの高校生には勝てないどころか、女性にも歯が立たないかもしれません。ですから絶対に彼らとケンカなんかしないでくださいね。ひょっとしたらデコピンで骨折するかもしれません、いや、ほんとマジで」
スゲーな、こっちの日本人。サイヤ人みたいだな。
「次にこちらの科学技術と言うか、科学に関してなのですが、こちらには電気がありません」
は?電気が無い?何で?だって昨日の夜だって街灯は灯っていたし、車のライトだって光ってたよな?
「電気が無いと言うか、電気を通電させる物質が無いんです、鉄はおろか水さえも電気を通さないんです。静電気も起こらないし雷もありません。ですから電気自体が発見されてないみたいなんですよ。でもその代わりと言うか、私たちの世界の電気に準ずる物質が存在していて、私達はそれを”力素(りきそ)”と呼んでいます。そしてその力素はある液体の中でしか移動しません。その液体の事を私達は”カウパー”と呼んでいます!」
いや、力素はいいけどカウパーって何だよ。
丸顔がププッと噴き出した。柔道部はニヤニヤ笑っていて、ショートカットはやれやれと言った顔をしている。
「私達の世界では各家庭に電線が引かれて電気が送電されてますよね?それと同じでこちらの世界ではカウパーを満たしたチューブが各家庭や施設に引かれていて力素が供給されています。カウパーは液体なのでほんのちょっとのチューブの亀裂や緩みなどで漏れ出してしまいます。カウパーは甘い香りがするので漏れているとすぐに分かります。このカウパーが漏れ出す現象を、私達は”先走り汁”と呼んでいます!」
とドヤ顔で話すアクションスター。
「そんなふうに呼ぶのは川村さんだけでーす、バーカ」
ショートカットがぶっきらぼうにそう言うと柔道部はこらえきれなくなってグヒッっと噴き出した。
ああ、そうか、街灯の近くで匂っていたのはカウパーの匂いだったんだな、先走り汁か、そうか。
「ちなみにこちらでは石油もガスも存在しません。もちろん原子力なんかもありません。エネルギー源は力素のみ。車も電車もすべて力素で動いています。が、力素はエネルギー効率が悪いんですよ。だから車の最高速度はせいぜい80km/hくらいしか出ないんです」
へぇー、電気の代わりにその「力素」ってヤツを使ってるのか?液体の中でしか移動できない?
じゃあコンピューターとかはどうやって・・・
「あ、あの、それじゃあコンピューターとかインターネットとか、こっちではどうしてるんですか?」
「コンピューターですか・・・通電する物質が無いのでコンピューターは無いでしょうね。ただ、力素を使ってコンピューターのような計算ができる機械はあるようです。私も詳しくは知らないのですが・・・でも恐らく電卓くらいの性能だと思いますね。それからインターネットのような通信手段はありません。何せコンピューターが無いですから。でも力素が移動するチューブは各家庭や政府の施設までくまなく敷設されているようで、それを使って電話網のような仕組みが構築されており、一応は離れた場所でも会話が出来ます。しかし力素の移動速度が遅いために遅延が起こるんですね。その力素の移動速度ですが1秒間に約1万kmにも満たないらしいです。光の速度が秒間約30万kmですから桁違いの遅さです。これに加えてチューブ内を移動する際の抵抗がかかるらしいので、実際はもっと遅くなるみたいですね」
電気の無い世界か・・・そんな事考えたことも無かったな。
携帯もインターネットも無し。
ネット依存症の俺にとっては少々キツイ環境だなあ。
「ですから、こちらの世界の科学技術は、私達のそれと比べるとかなり劣っています。ですが優っている物もあるんです、それは医療の分野です。こちらの人間の並外れた身体能力も関係しているとは思うのですが・・・あ、そうだ、美月、鶴吉先生に連絡してここまで来てくれるように言ってもらえるかな?」
アクションスターが後ろにいたポニーテールに声を掛けると、彼女は「ハーイ」と返事をして壁際にある大きな白い金属製の箱に頭を入れた。
「あの白い箱、あれがこちらの電話機なんですよ、笑っちゃうくらいデカイでしょ」
ハァ!? あれが電話機かよ!冷蔵庫かと思った!
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