第2話 中野坂上
数十メートルおきに立っている例の甘い匂いのする変な街灯の横に町内の掲示板が建っていた。
ゴミは分別して出しましょうとか、〇〇神社の夏祭りのお知らせとかが掲示してあるヤツだ。
何の気なしにその掲示板を見たのだが・・・あれ?何が書いてあるのか、さっぱり読めない。
漢字やひらがなは一文字もなく、アルファベットと数字のみの文章で
”NDKyh58JkppdUrAmMLHFDDEFreUkMM"
みたいな文章が羅列されている。
「ど、どうしよう・・・本当に頭がおかしくなっちゃったのかもしれない」
ドキドキしてきた。
どうしちゃったんだ、オレ!?
不安で居ても立ってもいられなくなった俺は、思いっきり走ってアパートへ帰った。
が、アパートの前についた俺は愕然とした。
俺の住んでいた鉄筋4階建てのアパートは建物のカタチこそそっくりだが、見るからにみすぼらしい雑居ビルのような建物に変わっていたのだ。
入口の横に取り付けられていたアパート名の「フローラ北新宿」というアパート名は「QLLLKNA」なんてワケのわからない表示になっている。
俺は自分の部屋である401号室へ行こうと階段を駆け上がったのだが・・・
4階が無かった・・・この建物は3階までしかない。
な、なんなんだよ!ワケわかんねぇ!
どうしよう、どうしたらいい?
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろオレ!!
病院へ行くか?いや、保険証持ってないしこの時間で受付してくれる病院で一番近い所ってどこだ?
それとも友達に電話・・・ってスマホ壊れてるし、公衆電話・・・ってどこにあったか?
そもそも小銭持ってねえし、だったらコンビニでなんか買って小銭の釣銭貰って・・・
いや、そんなメンドクサイ事しなくても交番とかで電話借りれば・・・そうだ、交番行こう!
俺は電話を借りるために中野坂上の交差点にある交番へ走った。全速力で。
中野坂上の交差点は山手通りと青梅街道が交差する大きな交差点で、3か所の角にそれぞれ大きな商業ビルが建っている、ハズだった・・・
今、俺が立っている中野坂上の交差点にはそのようなビルはまったく建っておらず、1階には商店らしきテナントが入っている2階建てや3階建ての建物がごちゃごちゃと乱立していた。
そして交差点を行きかう車やバイクの形が変なのだ。
丸みを帯びていて、どこかスチームパンクを思わせるようなデザイン。エンジン音もゴボゴボと変な音を立てて走っている。
信号はあるにはあるが、赤黄青ではなく赤のみ。どうやって判断したらいいのか分からなかったので他の人達に付いて横断歩道を渡った。
交番は横断歩道を渡ってすぐの場所にある。
見覚えのある交番と同じく、入口の上に丸型の赤い電灯が光っていた。
交番の中には見慣れた紺色の制服を着たお巡りさんが2人座っていた。
あー、良かった、事情を話して電話貸してもらおう。
俺は少し、いやかなりホッとして交番のドアを開けた。
「あのー、すいません、電話貸してもらう事ってできますか?」
俺が話しかけるとお巡りさん達は怪訝そうな顔でこっちを見ている。
「えーっと、ちょっと体調が優れなくて・・・スマホも壊れちゃって・・・知り合いに連絡したいので申し訳ありませんが電話をお借り出来ないかと・・・」
怪訝そうな顔をしていたお巡りさんはすぐに優しそうな笑顔でこう言った。
「あー、はいはい、じゃあちょっとここに座って」」
俺はお巡りさんと向かい合うようにデスクの前の椅子に座った。
「えーと、何ですって?何かを借りたいって?」
「はい、お電話をお借り出来ないかと」
俺がそう言うとお巡りさん2人はまた怪訝そうな顔つきに変わった。そして片方のお巡りさんが無理やり作ったような笑顔で聞いてくる。
「あの、その”でんわ”って・・・な、何かな?」
「え?電話ですよ、で・ん・わ。スマホ壊れちゃって、小銭も持ち合わせていなくて・・・知り合いに連絡したいんです」
「すまほ?」
「はい、スマホ壊れちゃって・・・」
お巡りさん達は困ったような顔をしてお互いの顔を見あっている。
「わ、わかりました、じゃあちょっとこの用紙に必要事項を記入してもらえる?」
片方のお巡りさんがそう言いながら用紙とペンを渡してきた。
いや、ちょっと電話借りたいだけなのに・・・まあいか
そう思って用紙を見ると・・・
何が書いてあるのかサッパリ分からないのだ。
恐らく「名前「とか「住所」とか、記入する項目が書いてあるのだと思うがまったく読めない。
あの掲示板に書いてあったようなアルファベットの羅列なのだ。これでは記入のしようがない。
「あのー、これって・・・なんて書いてあるんでしょうか?」
「キミ、字が読めない?目が悪いの?」
「いえいえ、そりゃ読めますけど・・・これって何なんですかね?」
俺の言葉を聞いたお巡りさん達は固まっている。
「じゃ・・・じゃあ何か身分証とか、持ってる?」
俺は財布から運転免許証を取り出してお巡りさんに渡した。受け取ったお巡りさん達は物珍しそうに裏表をひっくり返したりして眺めている。
いったい何なんだ。
突然字が読めなくなった?
俺は狂ってしまったのか?
さっき頭を打っておかしくなってしまったのか?
お巡りさん達は何やら2人で相談していたが、しばらくすると1人が何か思いついたように慌てて奥の部屋に入って行った。
そしてもう片方のお巡りさんがお茶を持ってきてくれ、笑顔で何か話しかけてくれたが俺は完全に上の空だった。
持ってきてくれた物を一口飲んでみたが、甘いような塩辛いような、それでいてほのかにハッカみたいな香りのする不思議な味だった。
ずいぶん待たされた。
時計を見るともう午前2時半だ。
腹が減った。
おまけに眠くなってきた・・・
と、その時、5人の警官がバタバタと交番に入ってきた。
交番に居たお巡りさんと何やら話している。俺の方をチラ見しながら。
そのうちの1人が俺に話しかけてきた。
「ちょっと場所を移すから一緒に来てもらえる?」
警官は俺の手を取って外に出るように促した。
5人の警官に囲まれて外へ出たが交番の前は大きな交差点にもかかわらず車の往来がほとんど無い。深夜と言えども山手通りや青梅街道はそれなりに交通量があったはずだが・・・
俺は交番の前に停めてあったワゴン車のような車に乗せられた。
どこへ連れていかれるんだろう?
また不安で心臓がドキドキし始める。
その車は3列シートになっており、運転席と助手席にひとりずつ、2列目の真ん中に俺とその脇にひとりずつの警官、3列目のシートにひとりの警官と、がっちり囲まれるような形で座った。
そして車は青梅街道を西に向かって走り出した。
車は環七を超え、環八を超え、新青梅街道に入ってさらに西へ進む。
そして米軍横田基地に続く路地を入り、しばらく走った民家もまばらな場所に差し掛かった時だった。
前方から突然強烈にまばゆい光が迫ってきた。
俺が乗っている車は急停止したが、前方から相変わらずまばゆい光が照射されており、ほとんど目を開けていられない状態だった。
光のせいで何が起こっているか目視することは出来ないのだが、後ろと助手席の警官が車から外に出て行ったようだ。その直後、俺の乗っている車がガクンと前のめりになった。
そしてパンパンという銃声らしき音と警官達の怒号が聞こえ、運転席の警官が何かを叫びながら車を急発信させた。
しかし車は数メートル走った所で何かに激しくぶつかり、運転席の警官はフロントガラスに頭を突っ込んで動かなくなった。
俺は恐怖でガタガタ震え、頭を両手で抱えてシートの間にうずくまっていた。
車のドアを開ける音が聞こえ、両脇の警官と誰かが激しくもみ合っている。
怖い怖い怖い怖い!
何が起こっているんだ!
俺は相変わらずガタガタ震えながらシートの間で小さくなっていた。
パン!と銃声らしき音がした。
今度はすぐそばで、耳をつんざくような音だ。
乱暴な手が俺の腕と首根っこを掴み、俺は車の外へ引きずり出され、前方に停まっていたまばゆい光を放っている車の後部座席に押し込まれた。
そして俺が車に押し込まれるとほぼ同時に車は急発進した。
「うあー!なんだよ、なんだよー、どうすんだよ、なんだオマエらー!!!」
俺は完全にパニックに陥っており、車の後部座席で思いっきり手足をバタバタさせようとしたが両脇から何かクッションのようなものでガッチリと抑え込まれており、身動きが出来ない。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
助手席に座っているヤツが聞いてきた。
「うるせーよ!なんなんだよ!なんなんだよお前ら!」
俺は恐怖のあまり怒鳴り散らした。
助手席のヤツはさらに続けて言った。
「本当にごめんなさい、でもこうするしかなかったの、もう大丈夫だから、大丈夫だから落ち着いてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます