みんな幸せにしたいんだ

 チョコレートを食べて体力を回復したところで、外の様子を伺った。


「……こりゃ出れないな」


 横殴りの雨が強くて覗き穴から浸水してきている。ブルーシートで覆っておくか。

 俺は穴を埋めて雨水が入らないように施した。


「ありがとう、早坂くん」

「いいってことさ、琴吹」


 さて、あとは明かりだけど『懐中電灯』はあんまり使いたくないな。電池がもったいないし。


「さぶ……。ねえ、焚火にしない?」

「だめだ、天音」

「えっ……?」

「建物内での焚火は危険だし、下手すりゃ一酸化炭素中毒で死ぬぞ」

「え、ええッ!?」


「ほら、よくニュースになってるだろ。テント内とか山小屋で死亡する事故。あれって、焚火とかガスを使ったせいで中毒で死んでしまうんだよ」


 トーチカは密室ではないけど、危ないものは危ないのだ。用心するに越したことはない。


「とはいえ、雨を浴びすぎて……ちょっと冷えてきたな」



 俺も天音も北上もビショ濡れだ。

 このままだと風邪を引いてしまう。

 服を乾かせないので着替えるしかない。



「では、ジャージに着替えましょう」

「それを言おうと思ってたよ、北上さん」



 北上のスクールバッグの中に人数分のジャージを入れてあった。受け取って、着替えようとするが……俺も天音も手が止まる。



「……み、見ないでよ、早坂くん。あっち向いてて」

「お、おう」



 俺は背を向けた。

 天音の生着替えを見るわけにはいかないよな。


 背後では慌しく着替える音が聞こえる。


「良かった、下着は無事だった。今着替えちゃうからね」

「早くしてくれ、俺も寒いんだ」


「――うん、もういいよ」



 どうやら、着替え終わったらしい。俺は振り向いた。



 すると。



「あたしはまだですけど」



 下着姿の北上がいたあああああ……!



「ちょ、ちょ、ちょ!! 北上さん……!」

「啓くん、そんなにあたしの下着を見たかったのですか」

「違う違う、見せつけてきてるのは北上さん!」



 隣で呆然となる天音は、ハッと気づいて叫んだ。



「ちょぉぉ!! 北上さん、なんで下着のままなのー!! 早坂くんが見てるでしょ。早く着替えて。ていうか、早坂くんもジロジロ見ないの!!」


「は、はい……」



 怒られたので俺は再び背を向けた。……北上のせいなんだけどなぁ。

 おかげさまで良いモノが見れた。



 * * *



 ようやくジャージに着替え終えた。

 しかし、ここで問題がまた発生した。


「どうしました、啓くん。あたしの顔をジロジロ見て」

「あのな、北上さん。なんで下着を干しているんだよォ!」

「残念ながら、あたしの下着は濡れてしまっていたので」


 だからって、俺の視界に入るところに干すかぁ!? しかも、今はノーブラ・ノーパンってことだよな。なんてことだ。


 スカートじゃなくて良かったけど。


「……あぁ、もう。それにしても外は大荒れだな」

「ええ。八重樫さんたちの無事が気になります」

「そうだな……今頃どうしているのかな」


 天音と琴吹も心配そうな表情を浮かべていた。

 俺たちに出来ることはない。

 ただこうしてトーチカ内で嵐が過ぎるのを待つだけ。


 きっと明日には天気は回復する。


 そしたら、周辺を探索してみよう。

 もしかしたら、八重樫たちが読んでくれた救助が来て帰れるかも。そうだ、良い方向に考えよう。


 気づけば、琴吹が眠っていた。


「眠っちゃったね、琴吹さん」


 天音が琴吹の顔を覗く。

 お腹いっぱいになって眠気に襲われたんだろうなあ。



「俺たちも眠ろう。明日から行動開始だ」

「そうだね。でも……」



 天音が俺の横に来た。

 北上も対抗するように俺の隣に。



 ……挟まれた。



「……二人とも」


「早坂くん、わたしとお話しよ」

「いえ、あたしとです。天音さんは眠っていていいですよ」

「な、なによ、北上さん。ちょっと前から早坂くんにベタベタと!」


「天音さんこそ離れてください。彼は、あたしのものです」

「も、ものぉ!? ちょっと、どういうことなの早坂くん!」


 ジロッと睨まれ、俺は頭が爆発しそうになった。まてまてまて! 北上さんの言い方には語弊があるぞ。

 いや、嬉しいけどこれでは、ますます二人の仲が最悪に!


 仕方ない、ここは取り持つか。



「天音、北上さん……前から言いたかったけど、二人とも仲良く!」



 俺は二人の手を取り、強制握手させた。


 すると天音は、かなり渋々ながらも握手を。北上もぎこちないながらも握手に応じた。


「つまり、早坂くんはひとりを選びたくないの……?」

「そ、その、俺は恋愛経験が壊滅状態だからな。どうすればいいのか、まったく分からん。だから、俺なりに考えた結果……みんな幸せにしたいんだ」



 気持ちをありのままに吐露すると、二人とも顔を合わせて――噴き出した。



「「ぷ……ぷはははは……」」



「ひでぇ、そんな笑うことないのに~」



 二人ともお腹を抱えて笑ってるし。どんだけツボったんだよぉ。



「ごめんごめん。そっかぁ、まあ恋愛経験ないのは、わたしもだけどね」

「そう言っていたよな、天音も」


 こんなガチの現役アイドルがね。ちょっと信じられないけど、本人がそう言うのだから、そうなのだろう。俺は天音の言葉を信じたい。


「あたしもですよ、啓くん」

「北上さんもか。サバゲーオタクならモテそうな気がするけど」

「いえいえ、それがそうでもないんです。それに、あたしは啓くんみたいな強い人がタイプなんです」


 天音も北上も落ち着いた表情で、俺の肩に頭を預けてきた。


 ……そ、そんな風にしてくれるなんて思わなかった。


 二人とも俺をそこまで信じてくれていたんだ。


 知らなかったな。


 あぁ、しかも幸せ……すっごく幸せだ。



 天音と北上の体温が、ぬくもりが温かくて俺は眠気に襲われた。



 俺も二人に身を預けよう。



 * * *



 ――翌朝。


 重いまぶたを開け、周囲を見渡す。

 コンクリートの壁だけがあって――俺は、トーチカの中にいることを思い出した。


 あれだけ轟音だった嵐の音も、今はない。



「……っ」



 太陽の陽射しがまぶしい。

 外は朝なのか。

 起き上がろうとすると、天音と北上に挟まれていたことに気づく。二人ともまだ眠っていた。


 ……天音と北上の寝顔……可愛すぎだろ。



 しばらく観察していると、天音の方が何か言っていた。耳を傾けると、こう言っていた。



「早坂くん……好き」

「…………!?!?!?」



 ドキッとして、俺は頭が真っ白になった。ま、まさか今のって天音の気持ち? でも、寝言だから分からないや。


 焦っていると北上がパチリと視線を向けていてた。


「おはようございます、啓くん」

「い、いつの間に!」


「では、おはようのキスを」

「い、いきなり!」



 俺が動けない事をいいことに、北上は顔を近づけてきた。しかし、琴吹が目を覚ましたので、事態は回避された。



「おはよ~。って、早坂くんが天音さんと絆にサンドイッチにされてるー!? な、なにこれー!?」


 俺の方を見て大慌ての琴吹。普通、そう思うよね。


「ちなみに、あたしの発音はサンドウイッチ派です。芸人にもいますし」

「それはどうでもいいよ、北上さん……。それより、離れてくれ。外の様子が見たい」

「仕方ないですね」



 北上は離れてくれた。あとは天音を起こすだけなのだが……俺は重要なことに気づいてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る