深夜の戦い

 場を和ませる冗談だ、きっとそうに違いない。


 そう思って汗を拭う。


 だが。


「本気ですよ」

「…………ちょっ!」


 本気かよ。実際問題、それはそれでいいけどね。北上となら、上手くやっていける気がする。でも、それは天音に振られた時だ。


 だから今は――。



 ん……?



 森の方からガサガサ音がした。

 なにかの気配が迫って来ているような気がした。こんな深夜に……? 夜行性の動物だとすれば、危険かもしれない。



「啓くん、森の方から……」

「ああ……」



 大至急でドラム缶風呂から退避していく。気配から遠ざかって茂みに隠れた。


 すると……。



『…………』



 ガサッと音がして、それが現れた。



「――フンッ、ここが倉島の言っていた“拠点”とやらか。美女が集まっていると聞いたが、なるほど……ドラム缶風呂とはな。流れ着いた学生共か」



 茂みから現れたのは懐中電灯ハンディライトを持つ外国人の大男だった。迷彩服を着ているし、明らかに学生ではない。しかも、ハンドガンまで携帯しているようだし……。


 まさか、あれが録音で言っていた『ジョン・スミス』か。


 俺は小声で北上に話しかけた。



「北上さん、ヤツ……」

「でしょうね。とにかく、ここで様子を見ましょう」

「分かった。それにしても、日本語なんだな」

「とても流暢な日本語ですね。恐らく日本に滞在していた過去でもあるのでしょう」

「なるほど」



 ジョン・スミスらしき外国人は、周囲を見渡していた。



「ったく、よりによってガキの女に船が盗まれちまうし……。雇い主もどこかへ行ったっきりだ。どうしろって言うんだ」


 どうやら、学年主任の橘川とは別行動をしているようだな。ヤツは単独行動中ってところか。

 外国人の男は気怠そうな表情で洞窟へ向かう。……まずい、あの中にはみんながいるんだぞ。


「北上さん、俺はヤツを止める」

「いけません。あの男は銃を持っているのですよ。殺されてしまいます」

「だけど、天音たちを見殺しにできるか」


 どうするべきか悩んでいる間にも、男は前へ進む。行かせてなるものか!


 俺はそこらに落ちている石を拾った。


 それを投げつけた。ヤツの後頭部に見事命中。



「――がぁッ!? な、なんだ……! 石だとぉ?」



 ヤツが銃を素早く抜いて構えた。

 こちらに気づいて銃口を向けてきた。……やべぇ。



「……っ!!」


「ほう。男と女がいたとはな。しかも、ガキじゃねえか」

「お前、ジョン・スミスか」


 俺はそう聞くと、男は驚いていた。


「ジョン・スミスだと? なぜその名を知っている!」

「さあな。それより、あんたは橘川に雇われたのか」


「そこまで知っているとは……そうか、雇い主の学生か。フハハ……お前たちはヤツの駒にされたようだな」


「やっぱりか。こんな事は止めろ!」


「お前、自分の立場が分かって言っているのか? こっちは銃を持っているんだぞ。命が惜しければ両手は頭の後ろだ」


 抵抗すれば撃ち殺されえるか。

 渋々、俺と北上は両手を後頭部へ。

 そのまま洞窟の方へ歩かされた。



「……どうする気ですか」


 北上が外国人の男にに聞いた。



「女全員を起こし、ここへ並べろ。さもなければ、男を殺す」

「分かりました。啓くんを殺させるわけにはいきませんから」


 北上は、俺を庇って洞窟へ向かっていく。

 しばらくすると天音たちが眠たそうに向かってきて――直ぐに顔色を変えた。


 俺が銃を突きつけられている状況を見て、全員が凍り付いたんだ。



「早坂くん!!」

「来るな、天音……。コイツは橘川の傭兵だ。危険すぎる!」


「で、でも……そんな。ウソ……」


 天音が今にも飛び出して来そうだったが、千年世が抱きついて止めてくれた。ナイスだ。



「賢明な判断だ。――さて、女共は横に並べ」



 男の指示に従う天音たち。

 いったい、コイツは何をするつもりだ。


 動向を伺っていると、男は女子たちを吟味しているようだった。……ま、まさか誰か襲う気か?


 男はどうやら決めたようで、天音を指定した。



「……え、わたし?」

「お前は顔が良いからな。残りは後で楽しんでやる。さあ、ここで脱げ」


「そ、そんな……早坂くんがいる前で、そんなの出来ない……」

「早坂? あぁ、あの小僧のことか。そうか、お前達は付き合っているのか。フハハ、それは都合がいい。存分に楽しんでやろう」



 あの男……絶対に許さん。

 だが、銃を向けているし、手出しができない。どうすれば……。


 いや、思い出せ俺よ。


 数時間前に“ある武器”を俺は目にしたはず。それで長時間ぶっ倒れていたじゃないか。


 そうだ、こっちにだって武器はあるんだ。



 俺は、リコにアイコンタクトを送った。

 すると、向こうも理解してくれた。


 あとはタイミング次第だ。



 天音が男の前に立つ。男は、ニヤリと笑い天音の服に手を伸ばしていく。……今だ!



 俺は直ぐ近くにある松明を引っこ抜き、それを男に目掛けて投げた。顔面に命中。



「がっ、なんだァ!!?」



 だが、あれしきでダメージなんて与えられない。ただ不意を突いただけ。早くしないと銃で撃たれてしまう。その前に!



「啓くん、これを受け取ってえ!!」

「ありがとう、リコ!!」



 宙を舞って俺の元に届く“唐辛子スプレー”。それを華麗にキャッチする。そのまま前進して俺は男の目に向けてスプレーを吹きかけた。



「ほんぎゃあああああああああああああああああああ!!!」



 俺は直ぐに銃を奪い取り、男に向けた。……って、重ッ。どうやら、デザートイーグルのようだな。本物かっけえな。


 女子たちが一斉に向かって男を取り押さえた。そして、紐で縛り上げた。


 ……よし、これでヤツはもう身動きできない。



「男を確保したわ」

「助かったよ、八重樫さん」



 これで終わりだ。

 ……だが、男の様子がおかしかった。



「……ヒヒ、ヒヒヒヒ!」



 狂気じみた笑いを浮かべる男は、ポケットから何か落とした。



 それはコロコロ転がって――って、まさか手榴弾なのか!?



 やべぇッ!!!

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