好き、大好きっ

 あの大きなヒレ。

 不気味に泳いでいる物体は『サメ』だ。

 そういえば、奄美大島沖でイタチザメから襲われた事件が過去にあったと聞いたことがあった。


 ま、まさか……イタチザメなのか。


「みんな、急いで逃げろ! サメは俺がなんとかする!」

「そ、そんな……無茶だよ! 早坂くんも早く避難して!」


 天音が俺を強い口調で呼ぶが、ダメだ。逃げられない。

 こういう時は逃げても殺られるだけだ。戦うしかないんだ。


 いいさ、ぶっ倒してフカヒレにしてやるッ。



「早坂くん、丸裸では戦えないでしょう! 丸太を受け取ってくださいッ!」



 ビュンと風を切り裂いて飛んでくる丸太。千年世が投げてくれたようだ。力持ちさんだな!


 丸太は俺から少し離れた場所に落下した。ナイスと言いたいが、少し泳がねばならない。リスクは承知の上だ。



 やるっきゃない――!



「うおおおおおおお……!」



 全速力で泳いで丸太に捕まった。

 背後からサメの影が猛追。あまりのスピードに俺は命の危険を感じた。やべぇ、やべえよ……ガブリと噛まれたら骨ごと持っていかれると聞いた。


 そうなれば俺は死ぬ。

 出血多量であの世逝き。


 そんな無惨な終わり方はしたくない。まだ生きたい……生きていたい。


 まだ女の子に告白だって……していないんだぞ。


 俺は丸太を強く握り、口を大きく開けるサメの中へ突っ込ませた。



『――――!』


「この、ヒレのついたゴミ箱野郎が!!」



 ちなみに、イタチザメはマジでそう揶揄されるらしい。なんでも食うことから、そう呼ばれるんだとか。


 なら、丸太をくれてやるッッ!



 口の中へ丸太を捻じ込み、俺は対抗した。だが、サメの力も強くて押されていく。コ、コイツ……!


 丸太があっさり食い千切られた。


 なんて顎の力なんだ……。


 それでも俺は丸太を押し込んだ!


 しかし、それも噛み砕かれてしまい……とうとう丸太は食われてしまった。イタチザメがなんでも・・・・食うというのは本当らしい。こんな丸太ですらも丸のみするのか。


 バケモノめ!!



 万事休す。

 丸裸の俺では、成す術なし……諦めて食われるしか……ないのかよ。童貞のまま俺は死ぬのか。せめて天音とキスの先をしたかった。


 絶望の淵に立たされた、その時だった。



「諦めないで、早坂くん!!」

「天音!? どうして!」

「これを届けに来たの!! スコップを!」



 それはリコから借りたスコップだ。軽くて持ちやすくて、穴を掘るのに最適だ。……まてよ、あれは攻撃力もかなり高い代物だ。


 あのスコップは穂先が包丁のように鋭利。又、ノコギリのような刃も備えられている。

 これで勝てるかもしれない。



「ありがとう、天音! おかげでサメに勝てそうだ」

「良かった。わたしも傍にいさせて」

「……ああ、お前を守るよ」



 イタチザメが丸太の残骸を噛み砕いている隙に、俺はスコップを振り上げた。そのまま脳天に打ちつけ、切り裂いていく!


 ノコギリの要領でギコギコと一刀両断に。


 スコップのダメージを受け、暴れまくるサメ。俺はそのまま奥へ奥へとサメの皮膚を引き裂いていく。



 やがてサメは力尽きて絶命した。



 ……た、倒したのか。



「や、やったの……?」

「イタチザメは動かなくなった。……これでもう大丈夫だ。……あ、そうだ。天音のジャージと下着、拾っておいたぞ」


「……早坂くん、それ」

「約束だからね。天音、着替えてきなよ」


「ありがとう、早坂くん! とても……とっても嬉しい。好き、大好きっ」


 裸の状態で抱きつかれて、俺は別の意味で死ぬかと思った。


 ま、まさか裸のまま密着してくるなんて思わなかった。しかも、好きだとか言われて……俺はもう幸せでしかなかった。

 胸がキュンキュンする。苦しい、けど最高の気分だ。



 * * *



 イタチザメを運ぶのは止めておいた。

 ヤツの体長は二メートル以上あるし、重さも三百か四百kgはあると見て間違いないからだ。そんな怪物を拠点どころか浜まで運ぶのは不可能だ。


 自然に還すしかない。


「……はぁ、疲れた」

「とても心配しましたよ、早坂くん……」


 涙を流し、俺の体を労わってくれる千年世。その傍らで桃瀬は腰を抜かしていた。


「ありがとう、千年世。俺は大丈夫だ。ところで、天音の姿が見えないが」

「心配いりません。天音さんは着替えに行っただけなので」

「そ、そっか。ずっと裸だったからな」


 という俺もまだ素っ裸だった。


「そ、そのぉ……早坂くんも着替えて下さい。ずっと見えています……」



 顔を赤くして目を逸らす千年世。なんだかずっと視線を感じていたが――あぁッ! 俺も着替えてくるか……。



 ――十分後――



「ただいま」

「戻ったか、天音。これで元通りだ」

「そういえば、わたしたちって何しに来たっけ……」


「海水の確保だ。サメと戦っている場合じゃないぞ」

「って、そうだった! ごめんね、わたしが海水浴したから……」


 責任を感じているのか、天音は申し訳なさそうに頭を下げた。


「それは違う。自然はいつだって牙を剥く。味方してくれるのは同じ仲間だけだ。……だから、ありがとう」



 そう、天音は危険を承知のうえでスコップを渡してくれた。……俺はその行動がとても嬉しかった。


 危険だから止めて欲しい行動ではあったけど、あれがなかったら俺は食われていただろう。だから、命の危機を救ってくれたのは天音だ。


 天音は自分の才能の無さを憂いていたけれど、十分なサポートをしてくれている。それだけで十分にありがたいし、ずっと支えて欲しいなって感じた。


 俺には天音が必要なんだ。



「お、怒らないんだ……」

「感謝してる。これからも何かあったら……助けて欲しいな」

「も、もちろんだよ。その、仲間だからね」


 頬を紅潮させながら、天音は笑う。

 なんて素敵な笑顔だ。


 ぼうっと天音を眺めていると、桃瀬が叫んだ。


「あの大きなサメを倒すとか……早坂くん、人間なの!?」

「に、人間だよ。北上さんみたいなサーヴァントじゃないからな、俺」

「あ~、彼女はヤバいよね。でも、君もかなり変人だと思う。普通、サメを倒すなんて無理だと思うけど」


 いや、そうでもないと思う。

 過去、イタチザメに襲われた船乗りは素手で戦ったようだし……俺より立派な戦士だと思う。


「いいじゃないですか、桃瀬さん。早坂くん、とってもカッコ良かったですよ」

「ん~、千年世ちゃんの言う通りだけど。確かに、こんな才能の塊だと思わなかったなぁ。クラスで一緒だった時は全然目立たなかったし、言葉を発するところすら見たことなかったもん」


 さりげなく俺の黒歴史を暴いてくれるなって。天音はともかく、千年世は別のクラスだから、知らないんだぞっ!



「待て、桃瀬さん。それ以上は禁句だ」

「え~。早坂くんの過去を知りたい人もいるでしょうに」

「速攻魔法カード発動・過去話禁止を発動する」

「ちぇー。なら、恋バナならいいかな~?」


「なに!?」


 恋バナって、そんな話題があるのか。

 天音のことなら……ちょっと興味あるかもしれない。いや、でも他の男の名前とか出てきたらショックで寝込む自信がある。


 止めておこう。

 それは天音も同じようで却下した。



「桃瀬ちゃん、今は海水でしょ」

「あ、そうだった。急ごっか」



 サメで忘れていたが本来の目的があった。俺たちは『海水』を確保。ペットボトルなどの容器に溜め込み――再び拠点へ戻った。

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