恐ろしき計画、船を沈めた男

 俺の唇に、柔らかくてしっとりしたものが重なっていた。

 突然のことに俺は頭が真っ白になった。


 まさかキスしてくるなんて。


 お礼を言うか、それとも天音を連れて洞窟の奥へ逃げるか。いろんな思考を巡らせてみるが、それよりもキスの甘味が勝った。



「……天音さん、どういうつもりですか」

「仕方ないでしょ、北上さん。こんな醜い取り合いになるくらいなら、わたしが早坂くんを独占する」


「ずるい。それはとてもずるい行為です。万死に値する」



 ナイフを向ける北上は、距離をジリジリ詰めてくる。……やべぇな、あの目は本気っぽいぞ。俺も天音も殺される。


 だけど、そうはさせない。



「北上さん、ここは話し合おう」

「大丈夫。早坂くんは殺しません。けれど、天音さんはズタズタに引き裂きます」

「物騒なこと言うなって。仲良くやろう。今までもそうしてきただろ」


「早坂くんは、天音さんが好きなんですか」


「そ、それは……」

「好きって言ったら殺しますけどね」


「待て、待てって! 北上さん、こんなのは間違ってる」



 だが、北上はナイフを天音に向けた。


 やべぇ……これ以上は取り返しのつかないことになる。


 俺はみんなと一緒に島を脱出したい。なのに、これでは……!



 考えろ。

 なにか考えるんだ俺よ。


 まだ脳みそは腐っていないだろう。


 まだだ、まだ終わらんよ。


 きっと……きっと何か解決する糸口が――ん?



「きゃああ!?」



 急に天音が叫んで俺に抱きついてきた。な、何事だ!?



「どうした、天音」

「う、後ろから幽霊が……!」


「幽霊? 違う、これは人間だ」

「え……」



 闇の中から不気味に現れる人の形。

 この洞窟の奥に潜んでいたのか……?


 誰が!?



『……フハハハ、やっぱりここに繋がっていたのか』



「お前は……倉島!」



 そこに現れたのは『倉島』だった。

 邪悪な笑みを浮かべ、天音に視線を送る。


 どうしてここに!!



「は、早坂くん……この男にお尻触られた!! 最悪!」

「マジかよ。くそう、許せねえ……倉島。お前はまだ奴隷だとか考えてるのか」


「当たり前だ。俺はその為にこの事件・・・・を起こしたのだからなァ! 台風と爆薬を使ってわざわざ船を沈め、学年の百人を上手く漂流させたんだぞ」


「なんだって……?」



 ニヤッと笑う倉島は、天音を指さした。



「天音さんを俺のモノにする。だが、この楽園にアダムとイブだけは寂しいだろう。そこで奴隷さ。このルール無用の無法地帯の島でなら、なんでも好きに出来る。

 法律は俺だ。俺が全て支配するッッ!!」



 コイツは、神様にでもなった気でいるのか。


 全部間違っている。


 船を沈めたのもコイツの計画だったらしいし……とんでもないヤツだ。これはもう立派なテロだ。


 だとすれば、この倉島は悪魔だ。



「……倉島、お前の野望は叶わねえよ」

「フン、好きに言えばいい。だが……この前の俺と同じだと思うなよ?」



 スチャッと銀色に輝くモノをこちらに向ける倉島。


 その瞬間、北上が俺の前に。



「ッ! 早坂くん、倉島が手に持っているのは回転式拳銃の『キングコブラ』です!」



 け、拳銃だって!?

 馬鹿な。そんなモンがなぜこんな無人島に。



「よく分かったな、北上。そう、これはアメリカ製ボルト社のボルト・キングコブラ。装弾数はたったの六発しかないが十分だ」



 俺に銃口を向けてくる倉島。

 コイツ、こんな武器を持っていたなんて――以前は所持していなかったよな。それとも、たまたま持っていなかったのか。



「へっ、そんなオモチャで俺を殺すつもりか? どうせ、エアガンだろ」

「そうかぁ? じゃあ、試してみるか」



 オモチャでは……ないのか?

 本物なのか。

 だとしたら俺は死ぬ?


 いやいや弱気になるな。


 ここは一応日本だぞ。


 世界一安全と呼ばれていて、銃規制もどの国よりも厳しいんだ。本物の銃を密輸なんて出来るわけない。



「……天音、万が一俺の身になにかあったら……」

「そ、そんなこと言わないで早坂くん。それは死んじゃう時に言うやつだよ……」



 あぁ、そうだった。

 これでは死亡フラグだな。

 やっちまったな、俺。



「フハハハ! よほど死にたいらしいなァ、早坂ァ!! いいよ、いいよお前を直ぐにはぶっ殺さない。足を撃って動けなくて……お前の目の前で天音を犯してやろう!!!」



 直後、倉島は銃を撃った。




 ズドン、と凄まじい音が響いて俺は足を撃たれ――!? 


 やべえ、本物だったのかよ!!




「…………く、くそォ! いてぇなコノヤロウ!!!」




 そう叫ぶ俺だったが、足元に痛みはなかった。

 あれ、負傷すらしていないぞ。



 よく見ると、目の前に北上が立っていた。


 ナイフを構えて倉島と対峙していたんだ。



 なんか……ブチギレてる……?




「早坂くん、怪我はないです?」

「な、ないよ。でもどうして」


「あたしが弾を斬ったんです」


「「弾を斬ったぁ!?」」



 俺と天音の驚きの声が被る。

 いや、普通無理だろ。

 この至近距離では普通、不可能だ。


 だけど、北上なら出来るのか……。



「……は? は? はぁ!? おかしいだろ……待てよ、北上。お前、今……俺の弾を、そのナイフで斬ったっていうのかよ」


「一刀両断にしたんです。それが何か?」


「お前……人間じゃねぇな。……フハ、フハハハハ……面白いよ、北上。だがな!! 弾丸はあと五発あるんだよォ!!!」



 また攻撃を受ける。

 さっきはたまたま弾丸を斬ったかもしれない。だけど、二度目は通じないだろう。


 なら俺は、この手を使う。


 いつしかのイノシシ戦を思い出せ、俺よ。



 スマホを取り出し、ライトオン。




「くらえ、倉島ああああああああああああ!!!」



「――なにッ!? ぐ、あああああああああ、目が、目があああああああああああああああああああああ……!!!!!」




 ピカーっと光るスマホのLEDライト。

 強烈な光を放ち、倉島の両目を潰した。


 この暗すぎる洞窟内なら、余計に有効だろうな。



「今だ、天音……北上さん! 丸太を持て!!」



 洞窟内には備蓄用の丸太が転がっていた。薪やベッド、柵に使ったりなどで奥に転がっていたのだ。



「分かった!」

「準備はオーケーです!!」



 三人で丸太を持ち、構えた。



「よし、みんな丸太は持ったな!!! 突撃開始!!!」



 突っ走る俺たち。

 倉島は目が眩んで銃の無駄撃ちをしている。



「クソ、クソ、クソがあああああああ!! 早坂、お前よくも俺の目、目を盗みやがったなあああああああ!!!」



 目を押さえ、叫ぶ倉島に対し俺たちは丸太で突進した。


 強く、強く、強く、強烈な一撃を!



「倉島、お前は洞窟の奥で引き籠っていやがれ!!」


「――なッ、なに!? うああああああああああああああああああああああああああああ…………!!!」



 丸太の三連撃が倉島に命中。

 かなりの衝撃が与えられ、倉島はゴロゴロ転がっていく。

 洞窟の奥へ吸い寄せられるように消えていった。



「……終わったか」

「つ、疲れたよぅ」


 へにゃへにゃと脱力する天音さん。

 北上も病む病むになる気は無くなったようで、ナイフを懐にしまっていた。



「もう天音さんを殺す気も失せました。やっぱり、みんなで力を合わせるべきです」

「分かってくれて良かったよ」


「でも、キスは許せません。あたしにもして下さいね」

「そのうちな……」


「……はい」



 嬉しそうに微笑んだので、これは大丈夫そうかな?

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