ボソッとつぶやく天音さん

 雨を浴び、馬鹿みたいにはしゃいでいたら元気が出た。

 童心に返った気分だ。



「「へっくち……」」



 けど調子に乗って雨に当たり過ぎた。

 天音も千年世も、可愛いくしゃみをした。

 俺も少し寒気がして、夏だというのに震えた。



「うぅ、寒っ。天音も千年世さんも下着姿のままだと風邪引くぞ」



 俺が注意すると二人はメドゥーサの石化攻撃でも受けたかのように固まった。

 ……もしかして、今更気づいたのか!?



「きゃあああっ!」

「は、早坂くん……こっち見ないでくださいぃ!」



 天音も千年世も涙目になって背を向ける。

 残念ながら、時すでに遅し。

 十年分は目に焼き付けた。

 当分は二人の姿を忘れられそうにない。



「わ、分かった。俺はあっち見てるから着替えてくれ」



 ――数分後。


 制服に着替えた天音が俺の前にやって来た。ジトっとした目を向けて。



「えっち……」

冤罪えんざいだ。自ら脱いだくせに痴漢ヘンタイ扱いかよ」

「そうじゃないけど、わたしの胸……見てたでしょ」


 そりゃ見るだろ。

 あんなデカメロンなんだぞ。

 見ない方が――いや、拝まない方が失礼ってモンだ。だが、俺はヘンタイでも“変態紳士”の類なのである。


 ここは紳士らしく振舞うべきだ。


「俺は胸より顔が好きなんだ……」

「……えっ、予想外の返答なんだけど!」


「そんな驚くなよ。ていうか、普通のことだろ」

「それはそうだけど、うん。ちょっと安心できたかも」

「どういう意味だ」


「早坂くんって襲ってきたりしないし。ほら、ここ無人島だし、女の子多いじゃん」

「襲うかっ! でも、男女の比率はバグってるな。他の男共は今頃どうしているんだか」


 海の底か……漂流しているのか、あるいは救助されているか。

 ホント、通信手段があればいいんだけどなぁ。


「信頼しているからね」


 天音がボソッと何か言った気がした。


「ん? なんか言ったか」

「ううん、なんでもない」


 天音の雨で透けている制服を眺めていたから、聞き逃した。声も小さかったしな。


「早坂くん、天音さん! こっちに洞窟があったですよー!」


 びっくりした、千年世の声か。

 いつの間にあんな場所に。

 草木が激しく交差する道なき道。


 そんなところに出口が?


 向かってみると、そこは確かに拠点前だった。



「こ、こんな近くにいたのか」

「うそー! あんなに迷ったのに」



 どうなっている、俺たちは迷子になっていたんじゃなかったのか。

 首を傾げていると、千年世が手に何か持っていた。



「あ~、これ、ここに落ちていたんです」



 それは俺が目印に撒いておいた▲形状の石だった。

 おかしい、さっきは無かったはずだ。


 ……なんだ、この違和感。



「難しい顔をしてどうしたの早坂くん。早く洞窟へ戻ろ」

「そ……そうだな、天音」


 俺の手を引っ張ってくれる天音。

 嬉しすぎて好きになってしまいそうだった。

 ただ手を握られただけなのに!


 俺ってばチョロすぎ!?


 ――じゃなくて、妙だな。


 俺は……俺たちは誰かの掌で踊らされている……?


 いや、そんなわけないよな。

 ここは、ただの無人島だ。



 * * *



 やっと拠点に戻ると、洞窟内に立派な寝床が出来ていた。

 なんだこりゃ……テントみたいな。


「凄いな、北上さん」

「おかえりなさい、早坂くん。天音さんに千年世さんも」


 ふぅと汗を拭う北上。

 俺と天音の距離感が近いせいか、なんか笑顔でナイフの先を向けられているような。おっかねぇ……。


 それにしても、なんてクオリティだ。


 丈夫な太枝と網を使った『キャンプベッド』が人数分設置されていた。


 高さがあるから虫対策にもなるし、地面が濡れても平気という万能ベッドだ。



「ベ、ベッドが出来てる……!? 北上さん、あなた何者なの」



 さすがの天音も仰天していた。

 その気持ち、凄くよく分かる。

 北上がサバゲー女子なのは分かっていたが、ここまでハイスペック女子とは思わなかった。女子力の次元が違う。



「普通の女の子です。あと、この島に流れ着いていたブルーシートを覆えば、簡易テントになります」


「いつの間にそんなモノを拾っていたですぅ!?」



 今度は千年世が目を白黒させた。

 あんなブルーシートまで漂着していたのか。

 海にゴミが多いとはいえ……いや、ありえるのか。


 ゴミなんて世界から流れ着くからなあ。



 そんなわけで寝床――いや、もはや“居住エリア”が完成した。



「ところで早坂くんたちは、なにか収穫あったのですか? あと、天音さんと離れてくださいね」

「あ、ああ……ナイフを向けるなって。とりあえず、俺たちはヤマモモをたくさん採ってきた。あと大きな貝殻。多分、シャコ貝かな」


「おぉ、この赤い実は確かにヤマモモ。まさかこんな島にもあるとは」

「少し食べていいぞ、ほら」


「ありがとうございます。……はむっ。ん~、甘酸っぱいですね。久しぶりに、ブドウ糖とクエン酸、ビタミンにナトリウム、カリウム、カルシウムなどの無機質を摂取できました」


「なんでそんな詳しいんだよ!!」


「色素成分は、ポリフェノールらしいですよ」

「もういいって!」



 どうやら、北上は食品の原材料に敏感なタイプらしい。たまに変な成分あるけど、毒にしか思えん。例えば、ソルビン酸カリウムとかさ。



「とりあえず、ベッドが完成したから寝てみて下さい」

「お、マジか。じゃあ、試しに」


 俺、天音、千年世はそれぞれ好きな場所を選び、ベッドに身を預けた。



「おー、マットはわらかな。フカフカじゃん!」



 天音は快適そうに体を伸ばす。

 確かに、寝心地はかなり良いな。

 地面よりは数億倍マシだ。


 これなら快眠できそうだし、北上に感謝だな。



「北上さん、凄いですぅ! なんでこんな技術スキルを持っているんですか?」

「サバゲーオタクだからね、あたし」

「サ、サバゲー?」


 混乱する千年世だが、彼女にはサバゲーは分からんだろ。というか、北上がただのサバゲー女子には思えなくなってきた。

 これは軍人レベルだぞ。



「そういえば、八重樫たちはどうした? 姿が見えないけど」

「まだ戻ってこないですね。ちょっと心配ですが……おや、戻って来たみたいです」



 外へ視線を移すと、三人組が見えた。


 八重樫、宝珠花、彼岸花だ。


 無事で良かった。



「……って、なんだか様子がおかしいぞ」



 三人とも慌ててこっちへ向かって走ってる。


 ……ん?


 なにかに追いかけられているのか。



「た、助けて……!」

「ニョロニョロがぁぁ……」

「ひぃぃぃ!!」



 叫んでどうしたんだ。

 ニョロって……うわ、あれはこの前の“大蛇”じゃないか!


 素早い動きで八重樫たちを追尾していた。



「ここはあたしが」

「だめだ、北上さん。イノシシも危険だったけど、ヘビはもっと危険だ。絡めとられたら、そう簡単には抜け出せないし……海外では人間を捕食するアナコンダやニシキヘビが度々ニュースになっているからな」



 というか、八重樫は弓矢を持っているんじゃなかったのか。……ああ、矢を切らしているのか。


 となると攻撃手段はないわけか。


「どうするの、早坂くん」


 天音が俺の肩を突く。


「俺が蛇を倒す。もともとは初日に成敗するつもりだったからな」

「わたしがあの時に逃げたせいだ……ごめん」

「天音のせいじゃないさ」


 地面に視線をやると、昨晩のスウェーデントーチの残骸が残っていた。ほぼ炭になっているけど、あれを使うか。


 俺は焦げた丸太を持って地面を駆けた。



 ぶっちゃけ、俺一人で怖すぎるし……手汗もヤバイ。でも、男の俺がなんとかしないと!

 ビビっている暇はない。こういう時はなるようになれだ。



『――シャッ!』



 蛇が俺の存在に気づいて身をくねらせる。よし、こっちに食い付いた。


 あとはこの武器で!!



「くらえええッ!!」



 ドカッと蛇のボディに食らわせた。



『――!!』



 しかし、炭になっている丸太はもろくて――、一瞬でボロボロになった。




「ああぁぁぁあ……丸太がああああぁぁぁああ……!」




 武器にもならず無惨に散るスウェーデントーチ。

 焦っていると蛇が牙を剥けて襲ってきた。



 ……やべ、俺、死ぬのか……。



「諦めないで、早坂くん!! 上を見て!」

「この声……天音」



 空から何か降ってきた。



 ……あ、あれは新品の丸太!



 そうか、予備があったんだな。

 これなら……この丸太なら蛇を倒せる!


 希望をありがとう、天音。

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