血塗れのナイフ

「き、君たちはいったい……」


 天音を守りつつ俺は、振り向いて――三人組に問う。


 すると、ショートヘアの少女がまた俺に矢を向けた。

 あの弓矢はどこで手に入れたんだ……?



「……! 倉島くらしまじゃない!」


「なに言ってんだ。俺は二年A組の早坂だ。早坂 啓だ」



 誰かと勘違いしたらしく、三人組は弓を納めてくれた。……いきなり攻撃されてビックリしたぜ。


 汗を拭っていると、天音が三人組に話しかけた。


「あ、あなた達も遭難者よね? 助けに来てくれたわけじゃなさそうかな」


「ウチらも流されてきたの。目覚めたら……こんな島にいた」

「だからって早坂くんを襲うのはおかしいでしょう」


「それについては謝罪するわ。ウチらは『倉島』を追っていたの」


 倉島?

 そんな奴、ウチのクラスにいたっけな。

 少なくとも同じクラスのヤツではないはずだ……多分。



「その倉島がどうした?」



 今度は俺が聞いてみた。



「倉島は、二年B組の男子。ウチらと同じクラスだったの……けどね、アイツは船が転覆する前にひとり・・・で救命ボートに乗り込んで脱出したの! それをウチを含めた三人が全員目撃しているわ。だから許せなかったの」



 な、なんだって……!

 そんな男子生徒がいたなんて、酷いな。

 俺はそいつに間違えられたらしい。



「せめて顔を確認してからにしてくれ。危うく命を落とすところだった」

「それについては……申し訳ないわ。天音さんが襲われているように見えたので」


「おいおい。……って、天音を知ってるのか」


「当然よ。天音さんって、アイドルだから。ほら、ウィンターダフネって聞いたことがない?」



 生憎、俺はアイドルに興味がないのだ。

 だけど、天音ってそうだったのか。

 だからこんなに可愛いのか。



 俺は改めて天音に「そうだったのか?」と聞いた。天音は複雑そうな顔をして――けれど、その事実を認めた。

 本当にアイドルだったのかよっ。


「ナイショにしていてごめんね、早坂くん」

「いや、天音がなんでこんなに可愛くてスタイル抜群なのか理解できた」


「か、かわ……! うぅ」



 照れているところも、いちいち可愛いな。

 天音にアイドル属性があったとは、これは見る目がちょっと変わるな。


 とりあえず、追及は後にして俺はショートヘアの女子の方へ。



「で、その倉島をどうする気だ?」

「捕まえて罪を償わせる。

 救命ボートが使えなくなって流された生徒も多いはず……溺死した被害者たちもいるかもしれない。だから……」


「分かった。なら、協力しよう。こっちは俺と女子三人がいるんだ」

「本当? それなら戦力が増えて助かるかも」


「とにかく、こんな未知の島で争っても仕方ない。倉島の件は一旦置いておき、拠点へ行こう」


「ついていくわ。

 ……ああ、そうよ。自己紹介がまだだったわね。ウチは、八重樫やえがし 舞桜まお。弓道部の主将よ。

 こっちの眼鏡が同じく弓道部の宝珠花ほうしゅばな。愛称は“ほっきー”。あと赤髪は将棋部で彼岸花ひがんばな。以上、三名」



 なるほど。

 二人を引っ張っているリーダーっぽいのが八重樫ね。

 で、黒縁の眼鏡を掛けた物静かそうな女子が宝珠花か。図書員にいそうなタイプだが、弓道部なのか。


 赤髪の子は、彼岸花か。

 ……あれは地毛なのか?


 明らかに校則違反な気がするが、今は突っ込まないでおこう。

 ちょっと気の強そうな感じがするな。



 挨拶を交わし、俺は三人を洞窟へ案内した。



 * * *



「ここが洞窟。俺たちの拠点だ」



 新たに迎えた女子三人は「おぉ~」と声を上げた。



「こんなところに洞窟があったんね」


 興味深そうに周囲を見渡す宝珠花。

 丁度良いので俺は質問してみた。



「君たちは昨日、どこで一泊したんだい?」

「ぼ、僕に聞いてます……!?」

「そ、そうだよ、宝珠花さん」


「…………っ」



 宝珠花は顔を真っ赤にして俯いてしまった。恥ずかしがり屋さんなのかな。

 てか、僕っ子かよ。

 これは俺的ポイント高いぞ。


 和やかな気分に陥っていると、天音が肘で小突いてきた。



「……むぅ」

「ど、どうした天音。ハムスターみたいに顔が膨れてるぞ」


「不思議なんだけどさ、なんで女の子ばかりなんだろうって」

「ああ……そういえば、これで女子が『六人』になるのか……」



 よく考えれば、これってハーレムなのでは!?

 俺……美少女たちに囲まれて生活するのか……。やばい、身が持つかなぁ。


 どこを見ても綺麗な顔や胸、お尻が視界に入ってしまう。


 くぅ、煩悩退散ッ!



 油断すれば、俺は鼻血ブーになってしまう。そんな醜態を晒すわけにはいかないな。



 ともかく、天音と千年世を紹介しよう。

 洞窟へ向かうと、中から北上らしき人物が出てきた。


 右手にはナイフを持ち、半身が血塗れだった。



 え……?


 滴る血が不気味すぎて、俺は身の毛がよだった。



「「「「「ぎゃあああああああっ!!!」」」」」



 俺も他の女子も全員絶叫した。


 そして、俺以外の女子は全員、次々に地面にぶっ倒れて――気絶してしまった。

 まるで覇王色の覇気を浴びた時の光景だな、こりゃ。



「……猟奇殺人鬼、いや、北上か?」

「そうですよ。早坂くんの帰りを待っていました」

「待っていたって、血塗れじゃないか。ま、まさか……千年世を」

「そんなわけないでしょう。イノシシを解体していたんです」


「そうだったのか。千年世は?」


「千年世さんは気絶してしまいました」



 北上以外、全員アウトか。

 ていうか、北上ってワイルドすぎるだろう!

 俺以上のサバイバーだと思うし、一人で生き残れそうだな。



「なんてこった。血抜きしていたんだろうが、普通の女子には刺激が強すぎる。なんとかしてくれ」


「命を戴かなければ、人間生きてはいけませんからね。動物も植物にも命がある。だから“いただきます”と感謝して祈るんです。

 我々の糧となってくれた命に敬意を」



 屠殺とさつした以上、責任をもって美味しく食べないとな。

 そうだ、肉を食えるんだ。


 血がなんだ。

 そんな細かいことを気にしていたら、この先、生き残れない。



「ありがとう、北上。おかげで大切なことを思い出せたよ」

「いえ。それより、天音さんはともかく……地面に倒れている三人組は誰です?」



 そうだった。

 天音もだが、八重樫や宝珠花、彼岸花がショックのあまり倒れていたんだった。


 俺は北上にこの三人のこと、倉島という男がもしかしたら潜伏しているかもしれない、ということを伝えた。



「――そんなわけで、協力関係になった」

「なるほど。倉島……ですか」

「二年B組らしい。知ってるか?」


「知りません。あたしが興味あるのは早坂くんだけですから」

「そ、それ、反応に困るな」


「まあ、こちらは七人です。大丈夫でしょう」

「それはそうかもしれんが……」


「それと早坂くん」

「なんだ?」

「天音さんやそこの女子三人と……深い関係になっていたり、しませんよね??」



 血塗れのナイフを俺に向ける北上。

 目が据わってるし、めちゃくちゃ怖ぇぇ!



「ナイナイ……」

「それなら良かったです。このナイフが早坂くんの血で染まることはなさそうです」


 だから顔が怖いって。

 物騒すぎるだろうっ。



 俺は誤魔化すように薪拾いへ向かった。

 北上って、俺を食べる気なのか……!?

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