ツンデレの天音さん

「や、やったのか……北上さん」

「息の根を止めました。これで美味しいお肉が食べられますね」


 何事も無かったかのように微笑む北上。

 なんでそんな冷静でいられるんだよっ。


 あの戦闘民族みたいな動きといい、人類を超えていたぞ。戦闘力いったいいくつあるんだ。それとも何かの宝具かね。



 だが、これで『イノシシ肉』を入手ゲットできたわけか。


 普通二輪バイクのような巨体だ。

 これなら多くの肉を獲得できる。干し肉とか作れば、しばらくは食糧に困らないぞ。



「あわわ……」



 洞窟の出入り口付近で腰を抜かす千年世は、ぶるぶる震えていた。



「千年世さん、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます、早坂くん。私は平気で、すぅ……」



 立ち上がろうとしてもヘニャヘニャだ。千年世は、しばらく動けそうにないな。


 しかし、なにか忘れている気がする……。


 なんだ、何なんだこの違和感。



 ――って、そうだ……!



 天音の存在を忘れていたあああああ!!!



「すまん、北上さん、千年世さん! 俺、天音のトイレに付き合っていたんだよ! ちょっと行ってくるよ」



 二人ともキョトンとした顔をしていたが、俺は急いで茂みへ向かった。

 さっきは、この辺りにいたはずだけど……いない。


 ま、まさか……またイノシシとか動物が現れたのか。


 天音が襲われた!?


 焦って俺は更に奥の茂みへ足を運ぶ。



 ……のだが。



 天音がちょうどスカートをたくしあげている最中だった。



「「……あ」」



 俺も天音も固まった。

 ……さて、どうしたものか。


 とても気まずいタイミングに出てしまった。

 地面を見る限り、済ませた後らしいが。



 めちゃくちゃ反応に困る!!



 こんな時はギャグで誤魔化すべきか……それともスウェーデントーチで焼き土下座でもするか。


 しかし、それよりも前に天音は顔を真っ赤にして……叫んだ。



「きゃああああああああ! は、早坂くん!! ど、どうして!!」

「わ、悪い。さっき洞窟前にイノシシが出てさ……天音が心配で。天音こそなんでこんな奥にいるんだよ。危ないだろ」


「だ、だって……恥ずかしいじゃん! てか、恥ずかしい!! うあぁぁ、早坂くんの馬鹿あぁぁ……! お嫁にいけなくなっちゃうじゃん!」


「俺で良ければ貰ってやるけど」


「ちょ……それはそれで反応に困るし!」



 天音は顔から煙を“ぷしゅ~”を上げた。

 冗談で言ったつもりだけど、可愛すぎかっ。



「いいから戻るぞ」

「ちょっと待ってよ。手を洗いたい」

「水道なんてないからな、浜まで行くしかないぞ」


「じゃあ、お願い。このままは嫌だもん……」

「分かった。その代わり、さっきの件はチャラな」

「さっきの件? ……あぁ。まあいいけど……貰ってくれるんだよね」



 語尾の方、かなり小さい声で聞き取れなかった。



「ん? なんだって?」

「……な、なんでもないッ」



 なんでそんなツンツンしているんだか。

 けど、天音は機嫌が良さそうに歩きだした。



 * * *



 浜辺に着くと、青空と水平線が広がっていた。

 ギラギラ照りつける太陽と、生暖かい風が頬を撫でる。……暑いな。


 日が昇るにつれ、気温も上がっていく。

 こう暑いと海にダイブしたくなるな。


 腰を下ろし、手を洗う天音も同じ気持ちなのか……段々と海の方へ引っ張られていた。


「……早坂くん、ちょっと泳がない?」

「けど、北上さんと千年世さんが心配するだろうし」

「あのね、わたしは早坂くんと二人きりがいいの!」


「え、それって……」

「……ぁ。か、か、勘違いしないでよねっ! べ、別に……その、えっと……うぅ」



 今度は耳まで真っ赤にしていた。

 天音ってツンデレなのか……?

 それにしても、中途半端というか。

 これはこれで可愛いけど。


 そう思っていると、潤んだ瞳を向けらた。その瞬間、俺は行動不能に陥った。


 女の子から、こんな風に目線を向けられたことがなかったからだ。俺は、青春とは無縁の生活を続けていた。


 だが、今はどうだろう。


 美少女と浜辺で二人きり。



 ……これが青春ってヤツかなぁ。

 俺にはよく分からないけど、若干ノスタルジックな高揚感が俺を襲う。



「天音……」

「……わ、わたし」



 麦わらワンピースが似合いそうな天音と恋人同士なら……きっと毎日が楽しいだろうな。



 さざなみくるぶしの辺りを撫でる。

 冷たくて気持ちい。


 自然に身を委ねれば、辛いこと苦しいことなんて、どうでも良くなるな。人類がいかに矮小わいしょうな存在か思い知らされる。


 なんて感傷的に浸りつつも、俺は実のところ天音を愛でていた。


 顔も良いが、お尻もいわゆる安産型で素晴らしいのだ。国宝級だ。



 などと天音の姿を記憶メモリしていると、急に高波に襲われた。

 天音が波に押されて、俺の方へ倒れてきたんだ。



「「うわッ!?」」



 ……いってぇ。


 尻餅をついた。お尻が痛すぎる。

 それに、この柔らかいモノはなんだ?


 掴んだり離したりすると、それは形を変えて――。



「……は、早坂くん、そこだめぇぇ……」


「ん? ん!? ま、まさか……この超絶柔らかい物体は……うわっ! ごめん……!」


 なんてところに触れちまったんだ俺は。

 こんな柔らかいのか……。

 手にまだ感触が残っているぞ。



「助けてくれてありがとう。……いつも助けられてばかりだね、わたし」

「お互い様だろ。俺だって天音に助けてもらってるよ」


「そんなことない。わたし、サバイバル能力スキルもないし……役に立ってないし……早坂くんは、北上さんの方がいいよね」



 そりゃ北上は強化人間だが、まだ新人類ではない。

 その域に到達した者だったのなら、俺は一撃で惚れていたかもしれない。


 あの尋常じゃない動きは、俺の脳内補正も掛かっているし、勝手にそんな描写をしているだけだ。



「俺はオールドタイプが好きなんだ」

「ど、どういう意味?」



 俺とした事が、こんなところで日和ひよってしまった。

 我ながら情けないが……今こうして不可抗力で天音と抱き合えていることが、何よりも嬉しい。


 焦りや恐怖に押しつぶされそうになっていた俺だけど、天音が傍にいてくれるのなら……。



 せめて天音の頭でも撫でてみようと思った――その時だった。



『――――ピュンッ!』



 などと切り裂くような音が頬の寸前でした。



 ピュッと肌を切り裂かれて、血が滲む。

 ……な、なんだ。


 攻撃された!?



 地面を見るとそこには『矢』が刺さっていた。



 振り向くと後方には、制服の女子が三人もいた。

 険しい表情で弓を構える三人組。



 まだ女子がいたのかよ!

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