夜明けのマーメイド

猫又大統領

第1話

 明け方から続いた戦いは私たちの勝利で終った。私たちの持って生まれた潜水能力を生かした奇襲攻撃。海中から飛び出し、沿岸部を攻撃。砂浜にはあちらこちらに転がる死体が、私達の実力を証明する。私たちの事情なんて興味もない無神経な波が代わる代わる砂浜に打ち付け、海水と敵の血を混ぜる。

「隊長やりましたよ。私達やりました……たいちょ……」そういうと、クロカは泣き出した。

「終わった。クロカ。ケガはない?」私は敵の血に染まるクロカに尋ねた。

 泣きじゃくるだけでクロカから返事はない。海から砂浜に上陸用のボートが波をかき分けて入ってきた。

「見事だ。はっはは。離岸流部隊! アイツらは死んだっけ? 予備の二人でこの戦果! 全ての沿岸部で目的を達成。これで出世だ。これで俺は首都の政治家になれるぞ。はっははは。人生はイージーだ。父の跡をついで政治家だ。はっはは」

 ボートから降り、こちらに向かいながら腹の突き出た仕立てのいい制服を着た将校はそう言った。もう一人の細身の将校の表情は浮かれていなかった。

「キサマアアアア」クロカは絶叫した。血に染まり、刃こぼれをした短刀を握り締めながら走り出した。政治将校の元へと。

 細身の将校が腰の拳銃に手を当てた。

 クロカは足を止める。

「適切な判断だ」細身の男はクロカにそう言った。

「クロカ、ダメ。もう終わったんだ」私は言った。

「アイツの膨らんだハラが我々の部隊に入るはずだった資金だったと思うと……」

 クロカはそう言いながら握った短刀が少し震えていた。

「犬の餌代にもならない金額だったぞ?」肉の付いた将校は笑みを浮かべながら言った。

「情報と装備があれば……隊長もみんなも死ななくてよかったんだ!」

「先週の作戦は完璧だった。実行部隊が雑魚だったのを除けばな」

「更新されない装備で警戒中の敵のど真ん中に突っ込ませることが完璧な作戦カアアア」

「はっはは。そうさ。 運と実力がなかったということだ。上が大勢いなくなったんだ。お前たちが部隊を建て直せばいいだろう。戦時は英雄でも平時は下級市民。特に化け物だろお前らは」

「下級? 血を流して王国に尽くした。それが……。国王はそういったじゃないか!」

「戦時の話だ。これから平和になる。お前たちは海でも生きられるらしいな? 嫌なら海に帰ればいい。それに今、王国は混乱状態だ。お前たちを反逆で処理するのは簡単だ」

「これが……私たちが血を流して勝たせた王国か……」クロカは横たわる死体を見ながら言った。

「お前らと私が同じ王国の民? 泳ぎと殺人が特技の魚が?」

「私達も、死んだ隊長たちも、みんな王国のために死んだ。贅肉を付けた制服のお坊ちゃんのだめじゃない」気持ちを抑えられず私が言った。

「お前たちはここで敵にやられて死んだ。名誉でよかったなああ。」太った将校はそういうと、腰の拳銃を抜いた。

 私はとっさにクロカを抱き寄せた。

 一発の乾いた音が空気を揺らした。痛みがない。ゆっくりと目を開くとそこには、太った将校が砂浜に倒れていた。頭に空いた穴から血が湧き出るように流れている。側にいた細身の男が握ている銃口から白い煙が昇っていた。

「国王への侮辱は許されない。軍人への侮辱も許されない。水中適性のある種族への侮辱も王国への侮辱である」細身の男はそういうと拳銃を腰に再び戻した。

「私たちはこれか……」私が尋ねる。

「心配はない。国王はすべての約束を守る」残った将校が言った。

「私戻れるかな。元の私に……」クロカは泣きながら私に聞いた。

「大丈夫。クロカ……血に染まった海も希釈され青くなる。何事もなかったように。八百屋さんやりたいんでしょ?」

「うん。昔からの夢」

「できるよ。必ず。今は信じよう」私は国王を信じる。国王が私たちを裏切るまでは。

細身の将校が近づいてきた。

「今回の作戦に参加した部隊などには勲章が贈られる。君達は何と呼ばれたい?」

「夜明けのマーメイド」二人の声がそろった。

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