第24話

 泥棒?

 それとも動画の撮影者?

 車の音、屋敷に入った誰かのものなんじゃ。


「誰かいるのか」


 近づいてくるなり、部屋から出ようとする霧島さん。

 怖くないの? 

 どんな人がいるかもわからないのに。


「霧島さん」

「君はここにいろ、すぐに戻る」


 相手の出方によってはすぐに戻れないんじゃ。それにこんな所にひとりでいるなんて。


「待ってください、私も」


 振り向きもせず出て行っちゃった。

 そっけなさすぎ。

 私に瑠衣ちゃんを重ねてるようには見えないけど。


 すぐに霧島さんを追いかけた。

 点滅してても懐中電灯だけが頼り、ゆっくりと床を踏みしめて歩く。


「霧島さん、あの部屋」


 1番奥に見えるドア、少し開いてる?

 漏れ見える光、懐中電灯か何かだよね。



 ゴンッ‼︎



 また音がした。


「誰かいますよね」

「静かにしろ」


 足音を立てないよう、慎重に近づいていく。

 霧島さんがドアに手を伸ばそうとして……



 バンッ‼︎



 勢いよく開いたドアと向けられた光。


「霧島君? 何してるんだ?」


 呑気な声が響く。

 今……霧島って言った?


「高瀬さんこそ」


 高瀬?

 霧島さんを町から連れだした人?


「ちょっとした探し物だよ。何が妖魔を生みだしたのかわかるものがないかと思ってね。わかってると思うけど、僕は帰ってきたばかりだよ」


 懐中電灯の光越しに見える、茶色い髪と縁なし眼鏡。私を照らすなり『あっ⁉︎』と妙な声を出した。


「女の子を連れ込むなんて‼︎ 霧島君の帰って来た目的はなんだったのかな⁉︎」

「相変わらず、くだらないことを」


 霧島さんの態度、誰に対しても変わらないんだ。

 ちょっとだけ安心する。


「剣を探しに来ただけだ。彼女は鹿波あずさ、和瀬悠華に近い立場にいる」

「蒼真を閉じ込めた者の……ね。なるほど?」


 言うなり懐中電灯を放り投げた。

 霧島さんが受け取ってすぐ、高瀬さんが手にしたのはペンとメモ。


「この子が知ってるなら調べる手間がはぶける。……っと、メモを取ることもないか。まぁ、これは取材癖ってことで。僕は高瀬蒼波、オカルト雑誌の編集長兼霧島君の保護者。よろしくねあずさちゃん」


 なんだか、掴みどころがない人だな。

 ミサキがいたら間違いなくイライラしそう。


「剣を探しにか。残念だけど、霧島君の目当ては見つかりそうもない」

「代わりになるものは」

「同じだよ、2階も見てきたんだ。僕の探し物も含めめぼしいものはない。引っ越しの時、ほとんどのものは持ち出されてるからな」

「あの、調べものが終わったなら出ませんか? 話すなら外で」

「ドライブしながら話そうか。霧島君が免許持ちなら話に集中出来るんだけど」


 やっぱり、ここには車で来てたんだ。


「高瀬さん、話が終わったら彼女の家に向かってくれ」

「なんと‼︎ 僕を差し置いて君は」

「用があって行く、ふざけることじゃない」

「ふざけてないけどね。霧島君と違って、僕は女運がないんだよ」


 霧島さんの肩を叩いて『まぁ、行こうか』と高瀬さん。

 本当に掴みどころがない人だ。

 だけど気のせいかな、霧島さんの肩の力が抜けたように見える。







 夜の町、車を走らせながら色々なことを話した。

 悠華さんと妖魔のこと、高瀬さんと蒼真君の子供の時の思い出。

 思い出と言っても寂しいものだった。家から出ることを許されず、部屋に閉じ込められていた蒼真君。

 話すことや遊ぶものも限られていた。蒼真君のために出来ることが他になかったのか。高瀬さんには今も兄としての悔いが残り続ける。


 ——妖魔の力。誰の子供が引き継ぐかは、生まれなければわからないことだった。引き継いだ目印は生まれた時の浅黒い肌。蒼真だと知った時、母さんは泣き崩れてね。両親は蒼真の存在を隠そうとした。……残念なことに一族には存在するんだ、妖魔の力を追い生まれる見張りのような者が。物心ついたそいつは、蒼真の存在を一族に知らしめた。知られた以上、決まりに背くことは出来ない。蒼真は……僕ら家族の前で殺された。


 今も続くドライブ。

 後部席に座る私と霧島さん。彼がどうして助手席に行かないのかと思ったら。


 ——東京で車を買った時、決めたことがあるんだよ。助手席に乗せるのは僕の大切な女性ひと。何があっても男は乗せないってね。強い決意を持ってしても女運のなさは続いてる。霧島君はいいねぇ、帰ってくるなり女の子を連れ回してさ。


 高瀬さんの軽口に、霧島さんが答えることはなかった。


 ——なんだ、寝ちゃったのか。霧島君はからかうと面白いのに。



 今も霧島さんは眠ったまま。

 疲れてたんだろうな、高瀬さんに会えて安心したのかも。だけど……霧島さんの寝方ってば。


「高瀬さん言ってましたよね。『何が妖魔を生みだしたのか』って。一族って何者なんですか?」

「知りたいのは霧島君のため?」

「なっ……違いますっ‼︎」

「これは失礼、君は随分と彼を気にしてるから」

「そんなことっ」


 やけに体が熱い。

 霧島さんは私の肩にもたれ寝息を立てている。

 こうなってるのは後部席の隅。霧島さんの横に置かれた、大きなペットゲージのせいなんだけど。

 気まずいのにこのままでいたいって思う。なんだか車から降りるのが嫌になってきた。


「この町で高瀬の姓を持つ者は一族の人間だ。町の人口で見れば人数は少ないが、それぞれが家庭を持って暮らしている。遠い過去、妖魔を生みだしたもの。僕ら一族はその血を引き継いでるんだ」

「妖魔を生みだしたもの。それを調べようと思ったんですね」

「雑誌を作りながらも調べはしてたんだ。わかっているのは、彩芽あやめという少女と動物が関係してること。ここからはあずさちゃんが答える番だ、霧島君が君の家に向かう理由は?」

「会うためです、霧島さんと……オモイデサガシに似てる人に」

「興味深い話だな。僕もお邪魔していいんだろ?」

「もちろん。助かります、家に送ってもらえて」

「着いたら何か食べさせてもらえるかな。僕と愛犬のチロ、町に来てから何も食べてないんだ。……あの時と同じだな」


 信号待ちの車の中、振り向くなり高瀬さんは笑う。


「霧島君と町を出る前、訪ねた家でも食べさせてもらったんだ。今と同じ深夜の訪問でね、こっぴどく叱られたよ」

「また叱られると思います」

「だろうね、覚悟しとくよ」

「覚悟というか」

「うん?」

「高瀬さんが前に訪ねたの、私の家なんです」


 信号が青になり走りだした車の中。

『なんとまぁ』と高瀬さんは呟いた。


「あずさちゃん、沙月さんの孫なんだ」

「はい、沙月爺は引っ越した先でお店を。悠幻堂という和菓子屋です」

「沙月さんなら叱られてもいいか。あずさちゃん、家までの案内を頼むよ」


 ペットゲージの中で、チロちゃんが『クウン?』と鳴いた。










 悠幻堂の前に止めた車。

 霧島さんはまだ眠っている。

 高瀬さんが勢いよくドアを開け、ペットゲージを出す音にすら気づかずに。


「君がいるから安心してるんだろ」

「そんなこと‼︎ 高瀬さんと会ってホッとしたんです。私にはそっけないし」

「なるほど、優しくされたいんだ」

「違いますっ‼︎ そうだ、疲れてるんですよ。野宿続きで」

「野宿? 霧島君が? たくましく育てた覚えはないんだけどなぁ」


 高瀬さんに見られてるのやけに恥ずかしい。

 私がそばに……なんて言われたらどうしていいかわからない。動揺を察したのか『ふっ』と笑みを漏らした高瀬さん。


「チロと歩いてくる。霧島君が起きるまでゆっくりしてていいよ」


 ワンッ‼︎ ワンッ‼︎


 ペットゲージから出たのが嬉しいのか、チロちゃんが元気よく鳴きだした。


「落ち着けチロ。さぁ、行くよ」


 窓越しに見えたチロちゃん。

 高瀬さんと同じ、茶色のふわふわ毛。



 チロちゃんの声が遠のいた静けさの中。

 霧島さんに触れようとした手を引っこめる。

 何してるんだろ私、霧島さんを起こさなきゃ。

 起こすんだけど。

 緊張を遠ざけようと息を整える。

 少しだけはいいかな、気づかれないよね?

 彼を引き寄せて目を閉じた。



 思いだした夢。

 私に笑いかけた瑠衣ちゃんと、男の子の姿をした霧島さんの笑顔。




 黄昏。

 何もかもが金色に染まるひと時。



 眩しくて。




 優しさと

 残酷さを


 生きる者に与え消える




 ズズズ……




 金色の空が引き裂かれた。

 割れたガラスのように、粉々になった空が落ちていく。滲み生まれていく暗闇の中、響くのは少女の声。


 ——カナタ。ねぇ、カナタ。


 カナタってなんだろう。

 何かを呼んでるような響き。


 ——カナタ、カナタ。


 闇の中、輝き現れた一頭の鹿。

 雪を思わせる真っ白な毛並み、金色に輝く大きな角。


 ——カナタ、私の……カナタ。


 鹿に向け伸びていく、白く細い腕。




 目を開け見える車内。

 耳元で響く霧島さんの寝息。


 なんだろう、今見えたもの。

 少女の声とカナタと呼ばれた真っ白な鹿。


 高瀬さんが言った、彩芽という少女と動物。

 もしかして……見えたものが?


 落ち着こうと深呼吸。

 霧島さんを起こさなきゃ。

 このまま朝を待つ訳にもいかない。


「霧島さん、起きてください。霧島さん」


 耳元に寄せた唇。


「家に着いたんです、霧島さんっ‼︎」


 出せるだけの大声とピクリと動いた眉。

 とっさに、霧島さんの体を引き離した。


「眠ってたのか? ……僕は」


 車内を見回した霧島さん。


「高瀬さんはどうした?」

「チロちゃんと散歩に」

「そうか。……相変わらず空気を読まないな」


 呟きながら、乱れたコートを整える。


「高瀬さんが戻ったら君の家に行こう。何をしてる? 外に出るんだ」


 霧島さんに言われるまま車のドアを開けた。

 体に残る彼の感触に心をたかぶらせながら。

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