第23話
車を止め執事さんが振り向いた。
「着きました、お客様」
「はい、ありがとうございます」
ドアを開け降りた場所。
月と車のライトが照らすのは、閉ざされた門と古ぼけた屋敷。
「では、私はこれで」
走りだした車、私だけになった場所。
真っ暗な屋敷、人がいるとは思えない。本当に……霧島さんは来るの?
「……この屋敷」
誰が住んでたんだろう。
近づいた門。
鍵はかかってないみたい。ゆっくりと手を伸ばして……
「何をしている」
背後からの声と掴まれた腕。
「霧島さん」
「君か、こんな所に何しに来た」
「霧島さんも……何のためにここへ?」
「用もなく来はしない。君と違ってね」
心の中がざわめく。
腕に残る手の感触がやけに熱い。
なんだかあの頃の気持ちに似てる。
初恋の男の子。
彼を見るだけで嬉しかった。そばにいたいのに、近づいたら胸が苦しくなって……それでも彼のことばかり考えていた。
こんな気持ちにさせるのは、微睡みの中見ていたあの夢だ。
——お兄ちゃんが、私の成長を重ねてる人。
——あずささん、お兄ちゃんをよろしく。
私に笑いかけた瑠衣ちゃん。
あるはずがない、霧島さんが私に瑠衣ちゃんを重ねてるなんて。
「和瀬悠華。君がここに来たのは、あの女に言われてのことだろう」
霧島さんの手で開けられた門。
錆びた鉄の匂いが風に流れる。
「悠華さんの屋敷……連れていかれて会いました。妖魔……蒼真君に」
霧島さんを追いながら話した。
悠華さんが妖魔を閉じ込めた経緯と、蒼真君が私に語ったことを。彼が足を止めたのは庭の片隅。しゃがみ込むなり、枯れた葉を払いだした。
「探しものですか?」
返ってくる声がない。
聞こえなかったのかな。
「あの、霧島さん」
「君の話を整理している、黙っててくれ」
やっぱりあるはずがない。瑠衣ちゃんと私を重ねてるなんて。ほんとに重ねてるなら、少しくらい優しくしてくれてもいいのに。悠斗さんが悠華さんに接するような感じで。
ちょっと待って、なんで……優しくしてほしいんだろう。
手を止めてあたりを見回す霧島さん。
何を探してるのかな、それにこの屋敷。
悠華さんが導いた場所。
蒼真君が語ったことと彼が殺された過去。もしかしてここは
「……蒼真君」
私の呟きに霧島さんがピクリと反応する。
間違いない、蒼真君はここに住んでいた。
それじゃあ、私達がいる場所は。
脳裏をよぎる残像。
蒼真君の体を貫いた剣。
まさか……ここが
「ここ、蒼真君が死んだ場所ですか?」
「そして、僕が妖魔を解放した場所」
心の中、ざわめく気持ちの奥に感じた痛み。
蒼真君が待ち続けた……助けてくれる誰か。
自由になれた喜びは同時に、妖魔としての衝動に支配された。運命を受け入れた子供、彼がしたことは……
「あの時、僕を動かしたのはふたつの力だった。剣を抜かせようとする妖魔のものと、死を恐れた魂がそうさせたもの。動かされるままに抜いた剣。落ちているはずなんだ、粉々になった剣……それと鞘が」
「使うつもりですか? 蒼真君への復讐に」
「君の家族、その護身にと考えただけだ。力があるかわからないが、何もないよりはいいだろう。せめて鞘だけでもあれば」
遠くから響く音がある。
車だ、誰かがここへ?
「霧島さん、誰か来たみたいです」
「そんなはずはない、誰が来るっていうんだ?」
「わかりません、でも車の音が」
「こんな場所、僕達の他に来るもの好きはいない」
「わっ私は‼︎ ……来たくて来た訳じゃ」
「僕を追ってここにいる。連れてこられようと帰る選択肢はあっただろう」
「知らない場所ですよ? どうやって帰れって言うんですか」
「調べればいい。僕が悠幻堂に行かなければ君は帰れないままだ。僕と行動を共にすることになる」
「そんなこと言われても」
霧島さんとふたりきりの日々。
想像するだけでなんだかくすぐったい。
妖魔のこと、それ以外に話せることはあるのかな。食べるものは霧島さんの好みを優先して。
宿泊先は……もしかして野宿?
私が一緒でも霧島さんは気にしなさそうだし。
ミサキはどう思うだろう、野宿だなんて話しただけで笑うよね、絶対に。
「長い時が過ぎている。ないのは仕方ないとしても」
霧島さんは立ち上がり、コートについた土を払う。
「代わりになるものが……何か」
歩きだした霧島さんを追う。
剣の代わりを探そうとしてるんだ。
——お兄ちゃんをよろしく。
私の中、巡り続ける瑠衣ちゃんの声。
瑠衣ちゃんは望んでるのかな、霧島さんがやろうとしていることを。私が瑠衣ちゃんなら、望むのはひとつだけなのに。
少しでも……幸せになって。
「霧島さん、復讐のあと考えてることは?」
「何故、そんなことを聞く」
「思ったんです。あとに続く目標めいたもの、それがあればいいなって」
「僕がどうなろうと君には関係ないだろう。復讐を遂げる、それ以外にあるものなど」
「……瑠衣ちゃん」
足を止め、振り向いた霧島さん。
月明かりが照らす顔、浮かぶのは……驚きと戸惑い。
「妹の名前、知ってるのは何故だ?」
「夢の中で瑠衣ちゃんに会えたんです。私に言いました『お兄ちゃんをよろしく』って。……それに」
心の中のざわめきと、体を熱くしていく何か。
なんだか……見られてることが恥ずかしいような。
「なんだ? 何が言いたい」
「言われたんです。霧島さんが私に、瑠衣ちゃんの成長を重ねてるって」
廃墟となった屋敷と闇、静けさすら気味が悪い。
その中でこんな気持ちになるのは何故だろう。
霧島さんは運命の人。
ミサキについた嘘。それなのに……そうであってほしいような。
「君にとっては迷惑な話だな」
否定しない?
それじゃあ、本当に?
「町を出る前に訪ねた家、そこで見かけた小さな靴。その持ち主が君だっただけのことだ。……先を急ごう」
「霧島さん」
「ここを出たら悠幻堂に向かう。ずっと、僕といる訳にはいかないだろう」
背を向けた霧島さん。
夢の中、瑠衣ちゃんの中で触れた彼の手の温かさ。
もう1度、触れることが出来るなら。
「今からでも見つけませんか。復讐の先の……あなたの生きる意味を」
瑠衣ちゃんが私に笑ってくれた意味。それが何かはわからないけど。
彼が……少しでも幸せになれるなら。
「瑠衣ちゃんもあなたの両親も願っているはずだから。あなたが生きて……幸せになれるのを。私に出来ること……あるならなんでも」
違う、1度だけじゃない。
何度でも、ずっと……触れていたい。
彼の手が……私に触れてくれるなら。
そう思ってしまうのは。
私は……彼を……
「霧島さん、私は」
「今見つけるのは剣の代わりだ。君の家族を守るもの」
「……そう、ですね」
胸の奥がズキリと痛んだ。
幸せになってほしい。
私の想いは……届かないのかな。
霧島さんを追って近づいた扉の前。
ひび割れた外壁と落ちた石のカケラ。
「開いている、誰かが来てるのか?」
少しだけ開かれた扉。
本来なら閉まっているはずのもの。
「動画の撮影とか。この頃多いんですよ、心霊系の動画が。ここにもそういう人達が来てるんじゃ」
「その可能性もなくはないが」
霧島さんの手で開けられた扉。
埃の匂いと私達を呼ぶ漆黒の闇。やけに冷たい空気……夏なのが嘘みたいだな。
「入るんですか?」
馬鹿なことを聞いた。
入らなきゃ、扉を開ける意味なんてないのに。
霧島さんの手に握られた懐中電灯。
「どうやら電池切れらしい」
チカチカと点滅する光。
見え隠れする大きな階段がやけに不気味だ。
「何もないよりはいいじゃないですか。カーテンを開ければ月の光が」
「君に言われるまでもない」
ゆっくりと霧島さんのあとを追う。階段を横切って入った最初の部屋。点滅する光が照らすのは、ボロボロになったソファと崩れ壊れたテーブル。それと壁に見えるいくつもの落書き。
やっぱり、ここに来る人達がいるんだ。
廃墟というだけで、興味と好奇心を
そして、真実と違う嘘や噂を生みだしていく。
霧島さんの手で開けられたカーテン。
窓の外に見える漆黒の闇。
微かな光を頼りに入った部屋。私が何に役立てる訳じゃないけど。
「霧島さん、足元に気をつけて。床が落ちている可能性も」
何かの心霊動画で観たことがある。
ボロボロの廃墟、床が落ちている部屋を。まさか私がそんな状況に立ち会うなんて。
「霧島さん、何かあり」
ガタンッ‼︎
奥から響いた大きな音。
誰かが……いるの?
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