第18話

 どんな人かを知ったところで、私と霧島さんがどうなる訳でもない。それでも知りたいと思うのは何故だろう。

 秘められた優しさ。

 それが……私を突き動かしている?


「聞きたいことがあるんです。いいですか?」

「悩みの相談なら私で大当たりだ。私の答えは食堂でも評判でね」

「相談じゃなくて、動画のこと」

「こりゃまいったねぇ」


 勢いよくかき氷を食べ始めた桔梗さん。大丈夫かな、一気に食べたら頭がキンキンになっちゃうよ。


「いたたた、冷たいものはゆっくりに限る」

 

 ほらやっぱり。

 案の定、桔梗さんの手が止まった。


「動画のことを言われると照れくさくてね。かき氷がなかったら顔から火を吹いてるよ」

「お店の宣伝してましたよね。利用しようと思ったの沙月爺と桔梗さん、どっちなんですか?」

「利用ねぇ、そのつもりはなかったんだよ。はぐらかしたかっただけなんだ。オモイデサガシの話をね」


 桔梗さんが破いたキャンディの袋。

 キャンディを口に入れるなり、桔梗さんはガリガリと噛み砕いていく。


「動画なんて誰が出たいもんか。困ったことにね、私と沙月さんは頼まれたら嫌と言えない性分なんだ。断りきれず出ることになったんだよ」


 ふたりが動画に出たの渋々だったんだ。苦し紛れの宣伝が話題になっちゃうなんて、世の中は不思議なことだらけ。


「オモイデサガシ。私は懐疑的だけど沙月さんは違うんだ。ずっと前に、ある話を聞かされていてね」

「誰かが沙月爺に? どんな話を?」

「あずさちゃん、何も知らされてないんだね。沙月さんが黙ってることを、私が話す訳にはいかないよ」

「教えてくれませんか? ここで話すのは……私達の内緒話」


 桔梗さんの顔に浮かぶ困惑。

 少しの沈黙のあと『しょうがないねぇ』と呟いた。私達を包む店内のざわめき。桔梗さんは眉をひそめ、身を乗りだしてきた。


「あずさちゃんは孫みたいなもんだ。約束だよ? 私から聞いたって、沙月さんには絶対に言わない。いいね?」


 袋を破られたふたつめのキャンディ。桔梗さんの口の中でキャンディが噛み砕かれていく。溶けたかき氷の汁が皿の中でキラキラと輝いた。


「あずさちゃんが子供の時の話だ。沙月さんが聞かされたのは、オモイデサガシになったという家族の話」


 たぶん、霧島さんの家族のことだ。

 聞かされた話。

 それが……沙月爺が霧島さんを知ることになったもの。


「話してきたのは沙月さんの知人。高瀬という姓の若い男でね、男の子と一緒に訪ねてきたらしいんだ。被害に遭ったのは男の子の家族。妖魔に喰い殺されオモイデサガシになった。知人は男の子を連れて町から出て行ったって。このことを沙月さんが話したのは私だけなんだ」

「信頼されてるんですね、桔梗さんは」

「沙月さんが嘘をつかないのは、子供の時からよく知っていることさ。とはいえ、見えないものを信じるほど私は単純じゃないんだ。沙月さんから聞いたことは作り話として割り切っていた。黄昏時……倒れていた白夜君を見つけるまでは」


 霧島さんと会ってからびっくりすることばかり。

 白夜さんが現れ、悠華さんという占い師まで現れた。ちょっと前までの何もなかった日々が嘘みたい。


「あの時は驚いた。助けようと近づけば、オモイデサガシにそっくりじゃないか。この時さ、沙月さんの話が私の中で現実味を帯びたのは」


 高瀬さんってどんな人だろう。

 彼が霧島さんを連れて町から出ていった。彼と過ごしながら霧島さんが考え続けた復讐。


 絶望と苦しみに囚われながら。

 硬く……心を閉ざして。


「これからもあると思います。桔梗さんを驚かせることが」

「なんだって?」

「白夜さんに会う前、私は霧島という人に会いました。白夜さんにそっくりな人、沙月爺は霧島さんを知っています。……それで」


 見回した店内。

 目が合った店員がにこやかな笑みを浮かべた。


「沙月爺が白夜さんを気にかけるのは、彼と霧島さんの繋がりを察してるから……そんな気がするんです」

「確かにね、沙月さんは理由もなく動きはしない。あの人は賢くてね、それを誤魔化すのがまた上手いんだ」


 桔梗さんに話したほうがいいのかな。

 霧島さんの目的や和瀬兄妹のことを。彼らと私が関わったことで、何かが起きるかもしれないって。


「それでね、桔梗さん」

「あずさ‼︎ 見つけちゃった」


 親しげな声と見慣れた笑顔。

 ミサキが近づいてくる。あとを追ってくるのはミサキのお母さんだ。


「あずさに会えるなんて運命的。はじめましてお婆様」

「桔梗さん、彼女は譜賀ミサキ。私の友達です」

「そうかい、いいお嬢さんだねぇ」

「褒められちゃった‼︎ 今日の星占い、いいことあるって言われてたんだよね」


 ミサキの弾む声が響く。こんな所で会うとは思わなかった。桔梗さんったら嬉しそうに笑っちゃって。


「あずさ、私の家に来ない? いっぱい話そうよ」

「ごめん、今は桔梗さんと」

「いいよあずさちゃん、行っておいで」

「でも」

「私のことは気にしなさんな。友達との付き合いは大切なんだ」

「それじゃあ、会計済ませておきますね」

「あずさちゃん、それは私が。娘の突然のわがままなんだもの」


 頭を下げたミサキのお母さん。

 いつも思うけど、猫ちゃんみたいなミサキと正反対。お母さんのイメージはうさぎやハムスター、ふんわり可愛らしい雰囲気なんだよね。


「行こう、あずさ。外に出たらびっくりするよ? お母さん、車を買ったんだから」

「そうなの?」


 免許を持ってたなんて初耳だ。

 いつ教習所に行ってたんだろ。


「ほら、早く早く‼︎」


 ミサキに背中を押されるまま店を出た。なんだか……桔梗さんに悪いことしたな。


「あれよ、いい車でしょ?」


 ミサキが指さした黒い車。

 お母さんのイメージとかけ離れた大きさ。

 見覚えがある形だ。

 ミサキを追い近づきながら、何処で見たかを考える。

 つい最近、大学で? ……違う、確か悠幻堂のそばで


「霧島さんには会えた?」

「うん、ちょっとだけ話したよ」


 そうだ、和瀬兄妹が乗ってたのと同じだ。

 乗せられて向かった、霧島さんの家の跡地。


「教えてよ、どんな話をしたの?」

「たいしたことじゃないよ。ほんとにちょっとだけ」


 乗り込んだ車の中、運転席に座る人が見えた。変だな、ミサキのお母さんが運転してるはずなのに。


「ミサキ? あの人」


 走りだした車。

 ちょっと待って、お母さんが置いてけぼりだよ?


「ミサキ? ミサ……」


 先に乗ったはずなのに。

 ミサキが……消えた?


「あの、止めてくれませんか? 友達が」

「何を言ってるんです」


 振り向きもせず、運転手が答えた。


「乗り込んだのは貴女ひとりでしょう」

「そんなはずない、私達話しながら乗ったんですよ?」

「いいえ、貴女だけです。見たのでしょう幻を」

「何を言ってるんですか? 私は友達と」

「貴女を招待する特別なもの。幻を見せられたんですよ、妖魔にね」


 速度を上げた車。

 窓の外の知らない景色。

 運転手は妖魔と言った。これが意味するものは


「あの、降ろしてくれませんか?」


 運転手は答えない、聞こえないフリをするつもりなの?


「降ろしてって言ってるんですっ‼︎ 聞こえないんですか?」


 黙ったままの運転手。

 赤になった信号、今なら降りられる。


「私降りますから‼︎ いいですねっ‼︎」

「騒がれては気が散ります、黙って頂きましょうか」


 ゴボッ

 ズズズ……


 妙な音が響く。

 何かが泡を吹いて、這いずっているような。


「まったく、おとなしくしていればいいものを」


 振り向いた運転手。

 人じゃない……どす黒い何か。

 ゴボゴボと泡を吹いて


 ドクンッ‼︎


 体中が音を立てた。



 どろりとしたものが……私を飲み込んで……













 なんだろう。

 ミルクティーに混じる嗅いだことがない匂い。


 声が響く。

 荒い息遣いと何かが軋む音。


「……ここは?」


 見えるのは真っ白な天井。

 誰かの部屋にいるみたい。


 どうしてこんな所に?

 甘いかき氷、桔梗さんと食べながら話してた。ミサキがやって来て……そうだ、ミサキと一緒に店を出たんだ。それから……


「車に……乗って」


 軋む音が響く、何が……音を立ててるの?


 やけに瞼が重い。

 何も考えられない。

 

 音を追い動かした体。

 ぼやけた視界、見えるのはふたりの人影。

 ベッドの上、肌を……重ね……て……













「やっとお目覚め? あずささん」


 白い天井と悠華さんの声。

 変だな、悠華さんの声が聞こえるなんて。なんだか夢を見てるみたい。


「夢ではないわ。これは現実よ」


 前にも同じことを言われたっけ。

 オカルト研究会。

 ミサキと一緒に訪ねた占い師……そうだ、漆黒の姫君と呼ばれてる


「悠華……さん?」


 見えだした人影。

 露わになった裸身と微笑む顔。


「……っ」


 私を見てるのは悠華さんだけじゃない。 


 胸の間で


 ひとつだけの目玉が……私を。


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