第10話

 私の悪い癖は衝動に流されること。

 いつもはすぐに動けない。だけど驚きや苛立ちに弾かれるまま暴走してしまう。今もそう、話すことをためらってたのが嘘みたいに。

 

「彼は白夜と呼ばれてます。真っ白な髪と青い肌。彼には記憶がありません」


 霧島さんは何も言わずペンを走らせる。取材する時もこうなんだろうな、聞いたことを書き込んで記事にしようとする。


「どう思いますか? 自分に似た人がオモイデサガシの姿で現れたこと」

「白夜が現れた経緯は?」


 霧島さんってば、私の問いに答える気はないの?


「あの」

「経緯を聞いている」


 とんでもなく気難しい人だ。話が終わったらすぐに別れよう。これからも会い続けるなんて考えただけで気が重くなってくる。


「霧島さんと出会った日、私の家に連れて来られたんです。私のお爺さんが彼を気にかけて」

「特徴は?」

「目の色は私達と同じ。霧島さんと違うのは顔に傷がないこと」


 霧島さんの手が止まった。

 私に向けられた鋭い眼光。


 オモイデサガシになった霧島さんの家族、彼らはどんな気持ちで私達を見てるだろう。霧島さんの帰りを喜ぶ一方で私を邪魔に思ってるんじゃ。生きた体を持つ私は、人でなくなった彼らにとって絶望でしかないんだから。彼らが探している思い出は何? 思い出を探す亡霊達……妖魔が彼らにそうさせるのは何故?


「白夜さんは霧島さんに会いたがってます。会うことで記憶が戻るんじゃないかって」

「話は終わりか?」

「会ってくれますか? 白夜さんに」

「終わりなら立ち去れ」

「霧島さんっ‼︎」

「家族を待たせてるだろう、早く帰るんだ」

「会ってほしいんです、記憶が戻らなきゃ白夜さんは」


 行く場所も帰る場所もわからないまま。


「なんとも思わないんですか? あなたと関係あるかもしれないのに。彼がどうなっても」

「僕を待つのは地獄だ。君は僕を追うつもりか? 家族を巻き込んでまで」


 ……地獄。


 誰が望むだろう。家族を巻き込んでまで、恐ろしい世界に踏み込んでいくことを。

 霧島さんと悠華さん、ふたりを繋いでいる妖魔。彼らの世界に足を踏み入れてしまった私。


「冗談じゃありません、あなたを追うなんて」


 私は望まない。私のそばにいるだけで、家族や友達が恐ろしい世界に飲まれていくことを。だけど……


「あなたに会ったことで私は、白夜さんが現れたことで家族は妖魔の世界に足を踏み入れています。白夜さんの記憶、白夜さんが何者なのか。知らなきゃいけないんです、みんなを守るためにも」

「『守る』……僕が出来なかったことを」


 何かが私に触れた気がした。

 強い力を込めてしがみつくように。

 霧島さんの家族、見えない誰かが……私に?

 手を伸ばせば触れることが出来るのかな。見ることは出来なくてもその姿に。


「君はそっくりだな……妹に」

「え?」

「家族思い、それだけが」


 風が揺らすコートの襟。

 月明かりが照らす艶やかな髪と整った顔つき。


「生きていたらどんな娘になっていたのか。ここに来たのは今日が妹の誕生日だからだ。その祝いにと」


 霧島さんがポケットから取り出したガラス玉。綺麗だな、キラキラと光り輝いて。


「僕が渡した誕生日のプレゼント。妹の宝物だったんだ。死ぬまで持っていたもの。妖魔に喰われながらも……ずっと」


 手が握られ、見えなくなったガラス玉。一瞬、手を濡らす血が見えた気がした。


「僕が持ち続けたひとつだけの形見だ」


 開かれた手から落ちたガラス玉。転がり、雑草に飲まれたのを見届け霧島さんは目を閉じた。


「いいんですか? 大切なものなんじゃ」

「だから手放すんだ。妹が探す思い出は、たぶん」



 遠のいた誕生日の、幸せなひと時。


 

「要望を受け入れよう。会わせてもらおうか、白夜に」

「ほんとですか?」

「君は馬鹿か? 嘘を言ってどうする」


 悠華さんも霧島さんも、簡単に馬鹿って言わないで。子供の頃言われなかったの? 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだって。


「霧島さん、知ってますか? 悠幻堂という和菓子屋」

「知らないな。それがなんだ?」

「白夜さんがいる場所です。店主を務めるのは私のお爺さん、名前は沙月です」


 私の家だとは言えない。

 会ったばかりの男の人、黙っててもすぐに知られることだけど……それでも。


「悠幻堂に来てください。沙月爺は勘がいいから、霧島さんを見ればすぐに気づきます」

「随分と自信があるんだな。それほど似てるのか、白夜という男は」

「それと……ですね」

「なんだ」

「私の名前ですけど」

「聞くことでもないな。僕に必要なのは妖魔とオモイデサガシの情報だ」


 今話してること全部、ミサキに聞かせられたらな。運命の人、ミサキが喜ぶと悠華さんに言われるままついた嘘。押し寄せる後悔、これから何度繰り返すだろう。ごめん……ミサキ。


「だが名無しのまま接する訳にもいかない。一応は聞いておこう」

「一応……ですか?」

「不服か? 知らないままで僕は構わないが」

「いいですよ‼︎ 名無しで光栄です‼︎」


 まただ。

 衝動に流されて暴走しちゃってる。この癖どうにか治さなきゃ。まずは落ち着こう、深呼吸……っと。


「でも礼儀は大事なので。私は鹿波あずさといいます。大学ではオカルト研究会に」

「なるほど、僕とはオカルト繋がりか。彼らを待たせているな。早く戻れ」

「言われなくても戻ります。オカルト研究会のメンバーは和瀬兄妹です。今後も私絡みで霧島さんに接してくるかと」

「願ってもないことだ。和瀬悠華、彼女の中に妖魔がいるんだからな」


 月明かりが照らす霧島さんの笑み。

 それは残酷なほど美しく……夢のように儚い。













 ——あずささん、ほんとですか? 会えるんですか……その人に。


 晩御飯を食べたあと、白夜さんに話した霧島さんのこと。


 ——ありがとうございます。記憶が戻ったら恩を返さなければ。


 白夜さんが浮かべた笑みと穏やかな声。


 私の中に響き続ける歌声もの

 それは白夜さんを前にひとつの想像を呼び寄せた。


 私が知らない霧島さんの過去。

 妹さんに向けられた笑みと話す声は、どれだけの優しさを秘めていたのだろう。

 血に濡れたガラス玉と奪われた命。呼び寄せた絶望が頑なに閉ざした霧島さんの心。

 

 ノートに描き込んだ下手な落描き。

 それは想像するままの妖魔。

 蛇のような体と長い角と牙、尖った目と大きく開いた口。妖怪や化け物と呼ばれる者の姿。


「何やってんだろ、私ったら」


 ペンで塗り潰し妖魔を消していく。

 こんなものを描いたってなんの意味もないのに。


 ——君は僕を追うつもりか? 家族を巻き込んでまで。


 ——『守る』……僕が出来なかったことを。


 たぶん、霧島さんの中には後悔が息づいている。

 過去、何があったのかわからないけど、家族が巻き込まれて死んだ。守ろうとして守れなかった。

 家族が喰い殺された中、ひとり生き延びた霧島さん。

 妖魔が霧島さんを殺さなかったのは何故?


 それに沙月爺。

 霧島さんに何があったのか、知ってるとしか思えない。

 私にはわからないことだらけ。

 これから、どれだけのことを知っていくだろう。


 霧島さんと和瀬兄妹。


 彼らと歩んでいく日々の果て、私を待っているものは何?


 私を待つ運命。

 知っているのは妖魔だけ。



 妖魔は何を考えてるの?




 妖魔は


 何を……望んでいるの?

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