漆黒の姫君〜友達と占い師〜
第5話
講義を終え廊下に出るなりざわめきに包まれた。
世の中を騒がせる事件や噂、芸能人やファッションのこと。それらがカケラとなって耳に飛び込んでくる。ほとんどがすぐに忘れてしまうもの。
霧島さんと出会い、白夜さんが家に泊まりだしたのは2日前のこと。あの日、晩御飯のあとの慌ただしさときたら。沙月爺と白夜さんが話している間私達が任されたこと。それは空き部屋の掃除や、白夜さんの着替えの準備。次の日、買い物に行かされたのはお母さんだった。
白夜さんに行かせれば? と思ったけど慎重だった沙月爺。オモイデサガシを思わせる白夜さんの髪と肌の色。噂に妙な
考えすぎだと思った。
町を盛り上げようとする中で誰が悪いことをするだろう。その考えがすぐに消えたのは霧島さんが言ったことを思いだしたから。
——過去と今は違う。
霧島さんの過去と彼が感じた町の変化。過去の何かが今に落とす闇があるとしたら、この町を恐怖に突き落とすものはなんだろう。
妖魔、オモイデサガシ、霧島さんの目的である妖魔への復讐、霧島さんに似た人が現れたこと。それらが繋がった時、町の人達はどうなってしまうのか。
「あずさったらぼけっとしちゃって」
明るい声が響く。
「いつものことか。相変わらず、悠幻堂さんは好調なの? なんて、聞きたいのは違うことなんだ」
ミサキがペロリと舌を出した。
「お母さんから聞いたよ? あずさったら男の人と歩いてたんだって?」
霧島さんのことを言ってるのか。
あの日、ミサキのお母さんがどこかにいたんだな。色々あって全然気づかなかった。
「かっこいい人だったってお母さん浮かれてた。どうやって知り合ったのよ」
「町のことを聞かれただけ。一緒にいたの出版社の人なんだ」
「ふうん? つまらない言い訳だなぁ」
「ほんとだってば。これ……もらった名刺だけど」
見せるなり奪われた名刺。顔つきといい動きといい、ミサキは猫ちゃんにそっくりだ。『どれどれ?』と名刺に興味津々。
「ミステリーショウ? 聞かない名前ね」
「オカルト雑誌、売れないって本人が言ってた」
「メジャーなものには敵わないよ。オモイデサガシに目をつける時点でセンスがないっていうか。それで? あずさが聞かれたことは記事になるの?」
「ううん、聞かれたの泊まれる場所だから」
吹きだしたミサキの顔がみるみる赤くなっていく。笑い上戸でお笑い好き、どうやらミサキのツボを押しちゃったみたい。笑い声にみんなが振り向いてるよ、ミサキってば気づいてる?
「もう、霧島さんは真面目に」
「雑誌の取材だよ? 聞かれたのがそんなことって」
取材で来たんじゃない、彼は復讐を果たすために帰ってきたんだから。
霧島さんの家があった場所を沙月爺は知っている。霧島さんに何があったのかももしかしたら。沙月爺と圭太さんの他どれだけいるだろう、霧島さんを知っている人が。
——君には関係のないことだ。
知らなくていいこと。なのに考えてしまうのは、妖魔……いるはずのないものが私を不安にさせるからだ。霧島さんが何をしようと私には関係ない、それでも考えてしまう。
ちょっと前までは想像出来なかった。不安に支配された私がいるなんて。
「あずさったら、またぼけっとしてる。霧島愁夜ってどんな人?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「さっき真面目って言ったじゃない。どうしてそう思ったのかなぁって」
黒ずくめの残像が浮かぶ。頬の傷痕と私に向けられた目。
出会ったあの日。
感じたのは目的へのまっすぐな思いと、関わった人達への秘められた優しさ。千代おばさんへの配慮や、圭太さんに見せた柔らかな態度。私と話した時もそう、突き放しながらも問いかけに答えてくれた。
「あずさ? むずかしいこと聞いてる?」
「ごっごめん。霧島さんの雰囲気が……そう思わせてるのかな」
「かっこよくて真面目、絵に描いたようないい男ってことか。残念なのは仕事だけ。で? 霧島さんに会う予定は?」
「そんなのないってば。名刺をくれたのは社交辞令だし」
『まぁ、そうだよね』とミサキは苦笑い。
私のことなんて忘れてる、妖魔とオモイデサガシのことしか頭にないんだから。
「あずさ、今日もお店を手伝うんでしょ? 行く前に時間ある?」
「少しだけなら、どうして?」
「一緒に行きたい所があるんだ。いいでしょ?」
私の腕を掴むなりミサキは笑う。
「どこに行くの?」
「占い師の所。知ってる? 漆黒の姫君って呼ばれてるんだけど」
占い師にしては洒落た名前だな。
何かの物語に出てきそうな響き。
「驚かないでよ? その占い師、
予想外の答えが返ってきた。生徒の誰かが占い師ってこと?
「もともとは友達の相談に乗ってた子みたい。よく当たるって評判になったんだって。今はオカルト研究会にいるって話」
オカルト研究会、サークル活動のひとつか。
それぞれの盛り上がりを見せるいくかのサークル。ボランティアや語学、興味はあるものの一歩を踏み出せないでいる。ミサキが一緒ならって思ってたけど、声をかけるより早くミサキはお笑いサークルに入ってしまった。
「当たることもだけど、美人だって評判だよ」
ミサキの弾む声と軽い足どり。興味を持ったことに積極的なのは子供の時から変わらない。
「何を占うつもりなの?」
「決まってるでしょ? あずさのこと」
「私? どうして?」
「出会いを無駄にしないため」
「霧島さんのことで? そんな、やめてよ」
私とは何の関係もない、ミサキったらなんてことを。
「ただの占い、困ることじゃないでしょ?」
「だけど」
「悪い印象じゃなさそうだし。こうでもしなきゃ、あずさに縁は巡ってこないでしょ?」
「そんなことっ……ないと思うけどな」
小悪魔的なミサキは、女の私から見ても魅力的。ちょっと前に彼氏と別れたばかりだけど、新しい彼氏候補は何人もいるって嬉しそうに話してる。
平凡でつまらない私。
ミサキが言うとおり出会いを引き寄せるのは難しい。
「ここよ、漆黒の姫君があずさをお待ちかね‼︎」
ドアの向こうにいる占い師。
ほんとに当たるなら、自分のことを見てもらえばいいのにミサキったら。
「ねぇ、自分のことはいいの?」
閉ざされたドアを前に問いかける。
言いだしたら聞かないことはわかってる。それでも嫌だ、こんな突然に……1度会っただけの人と。
「ミサキにだってあるでしょ? 不安なことや悩みごとが、占い師を信じるなら自分のことを」
「私が優先したいのは、あずさの幸せだもん」
私の……幸せ?
「あずさは1番の友達だから。知ってる? 私女子にめっちゃ嫌われてるんだよ。あずさだけなんだ、私のそばで笑ってくれるのは」
「ミサキ」
「もうっ、あずさが渋るから本音を言っちゃったじゃない。そういう訳だから会ってもらうよ? 漆黒の姫君に……ね?」
にっこりと笑うなり、ミサキはドアを開けた。廊下のざわめきと室内の静けさ。空気の違いがやけに不気味だ。
ミサキの背中越しに中を見ると、古ぼけた本棚が見える。一面の壁を覆う大きさ、びっしりと並ぶ書物。ノートと筆記用具が並ぶテーブル、幽霊やモンスターの小物の群れ。明かりがついてるのにやけに薄暗い、本棚が窓を塞いでるから?
「ミサキ、誰もいないよ?」
私から離れミサキは室内を歩く。勝手にいいのかな、誰かが入ってきて怒られでもしたら。
「出ようよミサキ」
「駄目よあずさ、よく考えてみて?」
私を見るあずさの目がキラリと輝いた。
「ここはオカルト研究会、何かが隠されてるはずよ」
そんなふうには見えないけどな。
ミサキってば考えすぎだよ。
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