第14話 ヅラリーノ

ヅラリーノ、こいつは同じ高校に通う同級生だ。

本名は…、知らぬ。

本名が何だったのか忘れるほど、こいつはヅラリーノなのだ。

勿論ヅラリーノってのは異名なのだが読んで字の如く、こいつの頭髪は偽髪、カツラなのである。

そしてこの異名の名付け親は俺なのだ。


あれは高校の入学式の日のことだ。

隣のクラスの入学生であからさまにカツラの奴がいて、それがこのヅラリーノだったわけなのだが、俺はそれを見て笑ってしまったのだ。

まぁ、仕方のないことだろうよ。

まるでパーティグッズみたいな安物のカツラを入学式で装着している、そんなふざけた野郎がいたのだからな。

俺がカツラを見て笑ったことに気付き、奴は事もあろうに俺を肥満児と呼びやがったのだ。

そこで俺の口から咄嗟に出た言葉が


「このヅラリーノが!」


だったのだ。

それでヅラリーノが激怒し、俺の胸倉を掴んできたから俺は奴の髪を鷲掴みにしたのだがな、これが思いの外、容易く外れ、俺はそのままカツラを明日に向かって投げてやったのだ。

その時以来、奴は全校生徒からヅラリーノと呼ばれることとなり、俺との因縁、抗争が始まったのだ。

俺としてはヅラリーノのことなど眼中に無いのだがな、事あるごとに因縁を付けてくるから、俺はその都度こいつのカツラを引っ剥がし、時にはそのカツラをトイレに流し、時には目の前で燃やし、時にはカツラの裏面に痰を吐き、そのまま奴に被せてやったこともあった。

そんなこともあったせいか、奴にしてみたら俺が一番の敵なのだろう。


「ヅラリーノか。またカツラを剥がされに来たのか?

それはいいとして、俺に剥がされたカツラの数は幾つになった?」


「カツラ?何の話だ?」


ヅラリーノが不敵な笑みを浮かべる。

今日のヅラリーノは何処かが違う。

何が違うのか?


髪だ…

カツラであることには変わりないのだが、いつもの東急ハンズで買ったパーティグッズみたいなカツラではなく、本物のカツラをしている。

しかも増毛とか植毛のテレビCMで、増毛後のちょっと格好いい髪型みたいなカツラをしてやがる。

だからヅラリーノはちょっとばかし、いつもより自信ある雰囲気なのか?


いや違う、それだけではない…

それだけではない何かを感じる。

この違和感は何だ?


ヅラリーノは野卑た中年男みたいな人相をしているのだが、今日はどことなく…

福山雅治に寄せているような気がしなくもない。

こいつ、顔のお直しでもしてきたのか?

こいつの家は高校生にして顔を直せて、精巧なカツラを買えるほど裕福だったのか?


そんなことはどうでもいい。

いつも通りにこいつのヅラを引っ剥がし、不快な光沢を放つハゲ頭を白日の元に晒す。

そしてそのカツラを蹂躙してやろう。


話はそれからだ…


俺はクロに近寄り小声で、


「おい、クロ。今日はお前がいつものアレをやれ。」


「シロタン、待ってよ。俺やったことないし、」


そうだ、いつものアレは栗栖がやっていたのだ。

仕方ない、


「それなら、今日はパリスがやれ。」


パリスはいつもの薄笑いを浮かべると、小走りでこの場を離れた。


後はパリスが配置に付くまで時間稼ぎだ。


「今日はその新品のカツラをどうしてやろうか?

また燃やしてやろうか?それとも糠漬けにしてやろうか?」


「だからこれはカツラじゃないんだよ。」


「ならば、植毛か?」


「違うぞ。これは地毛だ。」


俺の挑発にヅラリーノは冷静だ。


「見え透いた嘘はやめておけ。

お前という人間はカツラという業を背負って生を受けたのだ。

お前がカツラじゃなかったら、誰がカツラだと言うのか。

それは置いておくとして、今日のカツラは値が張ってそうだな。

しかしどれだけカツラに金を掛けようと…


お前のカツラは俺に引っ剥がされる運命にある。」


「カツラカツラしつこいんだよ、豚野郎。

これは地毛なんだよ。なんなら引っ張ってみるか?」


不思議なことに今日のヅラリーノには余裕さえも感じられる。

これは一体、何なのだ…


「そこまで言うならこっちへ来い。

いつものようにハゲを白日の元に晒してやろうじゃないか。」


ヅラリーノは嫌味に顔を歪ませ俺の前へとやって来る。

俺の手が届く距離まで来ると、車椅子に座る俺の目線の高さに合わせ屈む。

ヅラリーノの顔が近付く。

いつ見ても醜悪かつ野卑な中年顔だ。


「ほら、引っ張ってみろよ。

ただし、そっとだぞ?」


何がそっとだ。

思い切り引っ剥がしてやるよ…

俺はヅラリーノの頭頂部の髪を鷲掴みにする。


「え?」


いつものカツラならこの時点で間抜けな音と共に剥がせるのだが…、取れない…

意外なことにしっかりと根の張った感触がする。

カツラを両面テープで貼り付けたのか?それとも接着剤を使ったのか?

ならば、それごと剥がしてやろう!

俺は掴んだ髪を引っ張り上げる。


「痛えなっ!そっとやれと言っただろうがっ!」


ヅラリーノは痛がっている。

しかしこれは演技だろう。

その時、ヅラリーノの後方にパリスの姿が見えた。

俺がパリスへ目配せすると、パリスは持ってきた釣竿を構えた。


これがいつものアレだ。

俺が囮となり、ヅラリーノの背後に回った栗栖がヅラを一本釣りをする。

今回はパリスだがな。


パリスは釣竿を操る。

釣竿の先から釣り糸が垂れ下がり、その先にある釣り針をヅラリーノの頭頂部へ近付ける。

その釣り針がヅラリーノの頭上近くに来た時、俺は釣り針を摘みヅラリーノの頭頂部へ引っ掛ける。


「痛っ!」


とヅラリーノが声を上げた時、


「今だ、パリスっ!釣り上げろ!」


パリスは釣竿のリールのハンドルを回し引っ張り上げる。

ヅラリーノは声にならない叫びを上げる。


しかしカツラは取れない。

ならばと、俺は釣り針の刺さった辺りの髪を鷲掴みにし、渾身の力を込めて引っ張り上げる。

ヅラリーノの断末魔のような叫びの後、固く深く根の張ったものが引っこ抜ける感触がした。


ヅラリーノは頭を抱え屈み込み、苦痛に身悶えする。

俺は手を開き、掌にある物を見る。

血のついた釣り針と抜け落ちた無数の髪だ。

それを良く見た後、ヅラリーノの頭頂部を見る。

丁度、俺の拳の大きさぐらいのハゲが出来ていた。

釣り針を無理矢理引っこ抜いた傷からは血が流れている。

そして目を凝らしてよく見ると、頭頂部の地肌には無数の毛穴があったのだ…


これはカツラでは無い。

地毛だ…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る