第13話 コーラを如何にして味わうか

芽が出ない…、それはその後の俺の人生を示唆していたものかもしれない…


しかしだな、今は違う。

状況が変わり、今や有名人なのだ。

何故状況が変わったのか、未だに訳がわからないのだが、この際そんなことはどうでもいい。

これから俺はこの知名度と高いカリスマ性を活かし、今世紀最大最後のプレイボーイへと変わるのだ。

今までは自称に過ぎなかったが、やっと自称の冠が外れるのだ。

こんなに嬉しいことはない…


「ちょっと、話を聞いていないのかしら?」


黒薔薇婦人の声で現実に引き戻された。


「すまん、考え事をしていた。

で、何だ?」


黒薔薇婦人は呆れたような表情を浮かべ、


「よく晴れた朝ね。朝の光を浴びて命あるもの達が芽吹いていく。朝は新しい始まりって感じがするでしょ。

私はこんな朝が好き。って話。」


朝は新しい始まりか…


「昨日までの俺にとって朝なんてものは鬱の続きの始まりに過ぎなかったのだがな。

今は不思議なことに違う。」


「貴方もやっと気付いてきたみたいね。」


俺は大事なことを忘れていた。

そうさ、朝と言えば俺には欠かせないことがあるのだ。


リムジン内に持ち込んでいたコンビニ袋からコーラの2リットルペットボトルを一本取り出し蓋を開ける。

炭酸ガスの抜ける音の後にやってくる芳香。

この芳香が鼻腔を心地良くくすぐり、否応無しに期待感を高めてくれる。

俺はペットボトルを掲げ、一気に液体を喉の奥へ流し込む。


至福の瞬間…


数秒と掛からずに2リットルペットボトルを空にする。

これが俺の朝の日課だ。

俺はこれを物心ついた時からやっている。

俺の1日はこれがないと始まらないのだ。

朝のコーラ2リットル一気飲みの無い人生なんて不毛なものさ…


黒薔薇婦人が若干呆れたような表情を浮かべていた。


「新しい始まりにコーラは相応しくないんじゃなくて?」


「そんなことはない。

朝の始まりこそコーラに限るのだ。

そうだ、あんたに良いことをおしえてやろう。

人類の進歩は常に自然との戦いであった。

自然環境ってやつは必ずしも人類の生存に適したものではない。

だから人類は生存に適した環境を作り進歩してきた。

そうさ、俺達は人の手で作り出した環境、人工的な環境の中で生きているのだ。

そして、このコーラの人工的な味こそ人類の叡智であり最高の発明なのである。」


俺はここで一呼吸置き、流し目加減の視線を送り、


「あんたにはわかるか?」


「わからないわ。」


黒薔薇婦人は当然とでも言いたげな表情だ。

しかし俺は諦めない。

コーラに関しては譲れないのだ。

俺はここでもう一本のコーラ2リットルペットボトルを差し出し、


「あんたもこれをやってみろ。

これを一気に流し込めば俺の言っていることがわかるだろう。

そしてその人工的でありながらも深いテイストを味わってみろよ…」


俺はここで黒薔薇婦人から視線を逸らした後、銀縁眼鏡を外し間を置く。

そして流し目を送り、


「話はそれからだ…」


なんて事だ…

俺は女の前で緊張せずに決め台詞を吐いていた。

台詞回しの声のトーンに台詞と台詞の間や動作のタイミング、流し目等、全て完璧だ。


黒薔薇婦人は破顔一笑、


「貴方のそれ、初めて生で見た。」


黒薔薇婦人には俺の決め台詞が効かなかったようだ。

しかし、今の俺には効果よりもこの一連の流れを失敗せずに決められたことの方が大事なのだ。

女の前では殆ど話せなかった俺が流暢に話せている。

これはかなりの成長だ。


「そのコーラは頂戴していいのかしら?」


「駄目だ。」


コーラを試してみろといったが、それとこれはまた別の話だ。

このコーラを渡すわけにはいかない。


「着いたわ。」


黒薔薇婦人の呟きに窓の外を見ると、車は高校の校門前に着き停車した。

黒薔薇婦人がテーブル上にあったマイクに向かって、


「ジージョ、手伝って。」


と指示を出すと運転席からジージョさんが降り、小走りにリムジンの後部へ向かったのが見えた。

しばらくするとリムジンの後部席のドアが開いた。

そこには俺の車椅子が設置してあり、ジージョさんは手慣れた動作で俺を車椅子へと移乗させる。

同時に黒薔薇婦人も車外へと降りる。


「ジージョさん、なんで運転手をしているんですか?」


俺の問い掛けにジージョさんは無言だ。


「あとは私に任せて。

ジージョは車に戻っていなさい。」


黒薔薇婦人の言葉にジージョさんは、はいと返事をしてリムジンの運転席へ向かう。

黒薔薇婦人が俺の背後へと回り、車椅子を押す。

そのまま校門を抜けて校庭へと入っていく。


いつもなら遅刻するかしないかの時間に来るのだが、まだ15分も余裕がある。

そのせいか、通学路から校庭の中まで多くの学生がいる。

その誰もが俺を見ている。

俺一人でさえも、その高いカリスマ性故に人からの注目や熱狂を浴びるのだが、今この時はその比じゃなく注目を集めている。

それは納得のいくことだ。

俺の背後で車椅子を押すのが黒薔薇婦人。

今時のテレビの中でさえも中々お目にかかれないレベルの美女、しかも浮世離れした存在感を放っている。


この光景はさぞかし神々しく目に映っていることだろう。

そのせいか、皆が俺達の進行方向先の道を開ける。

まるでモーゼの十戒だな…


「放課後は何か予定あるのかしら?」


黒薔薇婦人が俺に耳打ちをしてきた。

放課後はいつもファミリーの会合なのだがな、そんなことはどうでもいいだろう。


「何も無い。」


「それなら放課後にディナーはどうかしら?」


「いいだろう。

放課後か、何処へ行けばいい?」


「よかった!

それなら放課後に校門前で待ってるから。」


またいつもの黒薔薇婦人の大袈裟で芝居がかった発声だ。

顔も大袈裟に嬉しさを表現している事だろう。


校庭の真ん中辺りに差し掛かると、前方からクロとパリスが走ってきた。


「迎えが来た。

この辺でいいぞ。」


「じゃあ、また放課後。」


「わかった。」


黒薔薇婦人が去る。

俺は車椅子を操り、クロとパリスの元へ行く。


「シロタンっ!凄いじゃないか!

あの女性は昨日の黒薔薇婦人だろ?」


クロだ。

顔を上気させている。


「まぁな。」


「パリスに聞いたけど家まで迎えに来てたんだって?凄いっ!凄いよ、シロタン!」


「あぁ、俺も信じられないのだがな、

これも俺の高いカリスマ性故に、だろうよ。

俺は…


罪な男さ。」


「なぁ〜にが、罪な男だ?

笑わせるなよ、この肥満児が!」


その怒号混じりの声はちょうどクロとパリスの後方からだった。

クロとパリスが声の方へ振り返ると、その声の主の姿が見えた。


奴だ。

ヅラリーノだ。

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