第7話 不審者バンチ

近くに給仕する黒薔薇婦人の姿が見えた。


俺は婦人に見えるように右手を挙げる。

飲食店ではいつもその体勢から指を鳴らし店員を呼ぶのだ。

俺にとっては定番の動きなのだが気障だろう?

しかしそれが俺のやり方なのだ。

そんな気障な仕草さえもさり気なく決めてしまう所が俺の伊達男たる所以。

ブラックファミリーの面々がこれをやればただの勘違いのお笑い草でしかない。


挙げた右手の中指を親指の付け根に滑らせるように当てる。


鳴らない。

ならばもう一度だ。


鳴らない。

もう一度。


それでも鳴らない。

ならば鳴るまで中指を親指の付け根に叩きつけるのみだ。


しかし何度やっても鳴らない。


何故だ⁉︎

いつもなら鳴るのに一体、どうしたというのだ!


「何故だ何故だ何故何故何故何故何故なんだ!」


いつもなら余裕で出来ることが何故出来ぬ!

何故こんな事も出来ない!


そうだった…、俺の人生は


(何故こんな事も出来ない)

(何故こんな事もわからない)


の連続だった。

そしてこの二つが俺の父である風間烈堂の口癖だ。


父である烈堂は事あるごとに、俺を優秀な弟の達彦や親戚の優秀な奴らと比べ、例の口癖を言ったのであった。

そうだ、夕食時の団欒中にたまたまつけてあったテレビのクイズ番組で、正解を繰り返すタレントと俺の頭の出来を比べるなんてこともあったな。

俺はテレビという虚構の中の幻想とも比較される。

俺は一体、何なのか…


「シロタン、シロタン…」


小声で誰かが俺の名を呼ぶ。

俺は現実に引き戻された。


俺の横には黒薔薇婦人が立っていた。

その手にはマイクではなく、黒薔薇でも無く携帯端末が握られていた。


黒薔薇婦人と視線が合った。

眉毛下で綺麗に切り揃えられた前髪下の眼差しが、悪戯っぽい笑みを浮かべたように見えた。


その刹那、俺の身体全ての汗腺から冷たい汗が滲み出した。


「え、え、え〜と、え〜と、わっ和風はんばーぐ、大根おろし抜きででででっ」


あり得ないぐらいに思い切り噛んでしまった…


隣に座る栗栖が俺の脇腹を肘で押してきた。


「シロタン、違うよ。」


栗栖の囁きに我に帰った。

そうだった、大事な事を忘れていた。


「あど、ぎょうのじごどばなんずにおわりまずがっ?」


今度は舌が回らない。

何故だ⁉︎何故こんな事も出来ないのか?

俺は…

俺は…


「午後10時です。」


黒薔薇婦人は携帯端末を操作しながら言った。

舌が回らなかったのに、俺の言葉が通じたようだった。

ふと黒薔薇婦人の表情を見るが、噛みまくりで舌も回らぬ俺を馬鹿にするふうでもなく、仕事中といった表情だ。


その後、黒薔薇婦人は注文を繰り返した後にメニューを下げ立ち去った。


これで俺の任務は完了だ。

俺は奴らに出来ないことをやってのけた。

例え噛みまくろうと舌がもつれようと、誰にも文句は言わせない…

俺は達成感を感じている。

こんな達成感は久しぶりのことだ。

安堵感に全身を包み込まれ、同時に疲労感もやってきた。

そうだよな、俺は今まで自分から異性に話しかけたことなど皆無だったのだ。

それは疲れるだろうよ。

となれば、疲れを癒すにはアレだ。

言わなくてもわかるだろう?

アレだ…


「榎本さん。コーラをトリプルで。」


榎本さんは俺のその一言でドリンクバーへ向かう。


「シロタン、ありがとう。」


栗栖だ。


「ああ、これで終わりだよな?

俺はハンバーグ食ってコーラ飲んだら帰るからな。」


「実は…、あとちょっと…」


栗栖の野郎っ、まだ俺に何かさせようってのか⁉︎

こいつ、図々しいにも程があるってもんだ。

俺は湧き上がりつつある怒りを抑えながら、


「栗栖よ…、黒薔薇婦人に退勤時間を聞くだけだと言ったよな?」


「そうだよ、栗栖。

これ以上は付き合いきれないよ。

そろそろ9時だし、もう家に帰らないと補導されちゃうよ。」


クロが俺に同調したのだが、言うに事欠いて補導されるときたか…

昭和が終わり平成になって何十年も経ったというのに、未だ補導という概念が出てくるとはな。こいつは驚きだ。

百歩譲って俺が補導されたとしても、俺以外のブラックファミリーは補導じゃないだろう。

こいつらは職質だ。

クロは挙動不審、栗栖は半ケツと陰毛露出で猥褻物陳列、糞平と妻殴りは完全に不審者、榎本は…

榎本も多分、不審者の挙動不審。

職質されて署へ連行だろうよ。

俺以外、不審者揃いだからな。


栗栖は両手の掌を合わせ、お願いだとでも言いたげに、


「ごめん…、プレゼントはちゃんと自分で渡すから、一緒に居てくれるだけでいいんだよ。誰でもいいから頼むよ…」


俺以外のメンバーの視線が俺に集まる。

ドリンクバーから戻ってきた榎本さえも俺に残れと言う視線を送っている。


「わかった。

俺が残ればいいのだろう。

しかしな、本当にプレゼントは自分で渡せよ。俺は見てるだけだからな。」


「ありがとう、シロタン!

恩に着るよ。」


「ただしな、栗栖よ。

今日からお前が俺の介助担当専任だからな。いいな?」


「わかったよ、シロタン!何でもするよ。」


栗栖の野郎、餌を目の前にして飼い主の許可待ちをしている犬のような目をしやがる。

自分が困った時だけ、従順な犬みたいな振りをするのにはいい加減うんざりだ。


この席に案内した中年女性の店員が俺の和風ハンバーグを持ってきた。

俺はハンバーグに箸を付けてから、グラスを手に取り、一気にコーラを流し込む。

立て続けにコーラのグラス、三杯を全て空にする。


「プッハーーーーッ」


「ゴボゥゥエ〜〜〜ッ」


溜息とゲップが一気に出る。

至福の瞬間だ。


「美味い!榎本さんっ、もう三杯!」


榎本がドリンクバーへ向かう。


栗栖のプレゼント渡しまで付き合うことになったが、それはそれで面白いかもしれない。

栗栖がどんなプレゼントを渡し、どんな玉砕っぷりをするのか見るのも悪くはないからな…

我ながら悪趣味だと思うが、期待で身体が軽くなってくるようだ。

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