第8話 貴婦人はぬいぐるみの夢を見るか?

22時。俺と栗栖はファミレス、サンデーサンの店の裏手にある、従業員出入り口から約5メートルぐらい離れた場所に来ていた。

一方、他の四人は一足先に店を後にした。


店の裏手は駐車場なのだが、従業員出入り口の上に灯りがあるだけの薄暗い場所だ。

ここで黒薔薇婦人が出て来るまで待機しているのだが、栗栖の奴は早くも浮き足立っている。

それも無理はないだろう。

俺でさえもあれだけ緊張したのだからな。

栗栖などもっと緊張するはずだ。


栗栖は緊張からか身体を細かく揺すっている。

その様は全身を使って貧乏揺すりをしているかのようだ。


「貧乏揺すりはその辺にしておけ。」


「うん。」


返事をした直後は全身貧乏揺すりが止まるのだが、10秒もしないうちに再開する。

それを何度も繰り返す。


その流れが繰り返され、いい加減うんざりしてきた時、不意に扉を開錠する音が聞こえドアノブを回す音がする。

息を飲む。

扉が開き、闇に包まれた店の裏手に光が漏れる。

逆光で出入り口から誰が出てきたのか認識出来ないのだが、その人影が


「お先に失礼します。」


と言った。

女の声だ。長身で細いモデルのような人影が浮かび上がる。

店内の光で女の姿が朧げに見えた。


黒薔薇婦人だ。


俺がそう認識したと同時に栗栖が動く。


「黒薔薇婦人、お疲れ様でした。

今日のショーはとてもよかったです。」


「いつも来てくださっているあなたね。

ありがとう。」


黒薔薇婦人が栗栖の方へ振り返った。

目が闇に慣れてきたのか、はっきりと黒薔薇婦人の姿が見えた。

帽子から靴までその名の通り、全て黒。

婦人の耳元や首元には闇の中でもアクセサリー類が煌めいている。

婦人の美貌もアクセサリー類に負けていない。

闇の中でも薔薇のように咲き誇っている。


これは現実なのか?

ファミレスの裏手の従業員出入り口という空間が、まるで舞台のセットのような非現実感を帯びてくる。

俺は演劇を観に来た客のような錯覚に陥った。

それだけ黒薔薇婦人はファミレスの従業員には見えないのだ。

豪奢を絵に描いたような御婦人がファミレスの裏口から出てくるなんて場違いも甚だしい。


栗栖は黒薔薇婦人を前にして直立不動だ。

栗栖は身長約160センチ弱、一方の黒薔薇婦人は180センチは超えてると思われる。

視線の高さが違うのだ。

多分、栗栖はいつものエサ待ちの犬みたいな表情をして、黒薔薇婦人を見上げていることだろう。

そして、俺は栗栖の後方数メートルの位置にいるのだが、この状況下においても栗栖は半ケツを晒しているのだ。

今はまだ夜が寒い季節だ。

栗栖のケツは鳥肌が立っていることだろう。

それに加えて、栗栖は黒薔薇婦人を前にして陰毛を見せつけていることだろう。

想像したくもない現実だ。

その想像したくないものほど想像してしまう…

これも俺の損な性分さ…


「婦人っ!よかったらこれを受け取って下さい!」


栗栖は唐突に斜め掛けにしていた鞄から何やら取り出し、それを差し出した。


白い動物のぬいぐるみのように見える。

これが栗栖の言っていたプレゼントなのか。

栗栖はこの豪奢を絵に描いたような御婦人がぬいぐるみを貰って喜ぶとでも思っているのか…

この先に訪れるであろう現実を想像すると頭痛がしてくるようだ。


そうだ。

俺は栗栖がプレゼントを渡すまで付き合うとこが約束だった。

プレゼントを渡した今、これ以上付き合うことは無い。

俺が栗栖の振られる様を楽しみにしていたとは言え、この状況は俺の想像を超えていた。

いくら俺が悪趣味だとしても物事には限度がある。

これ以上のキツい現実を見せつけられるのは御免蒙りたいからな。

この場から静かに立ち去るのみだ。


俺が車椅子のハンドリムに手を掛けた時、栗栖の頭上越しに黒薔薇婦人と視線が合った。


「あら、貴方はヒロタンじゃなくて?」


その一言に俺の全身は凍りついた。


名前を間違えられたからではない。

何故、その名を知っているのか?

何故、俺をその名で呼ぶのか?


得体の知れない…、まさに得体の知れない何者かに背後から睾丸を掴まれた、そんな衝撃だ。

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