第41話 千里の道も祈りから!

 「君が、けんじゃの使いだって……?」


『はい、その通りです』


「まじかよ……」


 ドクン、ドクン。

 その答えを聞いて、胸の鼓動がいつもよりうるさく聞こえる。


 俺の森に来るきっかけ、探し求めていた偉大な魔法使い“けんじゃ”。

 今、その近しい者が目の前にいる。


『納得してもらえましたか?』


 しっくりくるようで、いきなりすぎて受け止めきれない。

 それでも、一番納得のいく答えだった。


「ああ、ここまで詳しいのも納得した。そ、それよりっ! あ、いや……」


 そこまでいって、口が思ったように動かない。

 聞きたいことが多すぎて、まとまらないんだ。


 だから、この場は今やるべきことに目を向けようと思う。


「俺は、何をすればいい?」


『このダンジョンを開放してほしいです。これは、ルシオさんにしか出来ません』


 くりんとした目を持つモグりんから、目の前に見えているダンジョン『ジンジャ』についての説明を受ける。


 現在、俺たちがいるのは朱色の大きな鳥居の前。

 ダンジョンである、神社のような建造物が見えているのはその奥だ。


 だが、この鳥居より先に進むことが出来ないらしい。

 進めないという事の意味がイマイチ分からなかったが、うちの連中の見事な遊び心がそれを証明してくれた。


「え、どうして!?」

「進めません!」

『あははっ! 面白いわ!』


 リーシャ、スフィル、ドラノア。

 三人は、モグりんの話を聞くなり、鳥居に向かって走り出した。


 しかし、鳥居の中へ入れない。


 すかっ、すかっ。


 三人は、鳥居の向こうに足を踏み入れようとしている。

 だがその足は、鳥居を境界にして前に進むことはない。


 まるで、その場で足をブラブラさせているだけに見えるのだ。

 傍から見てると、めちゃくちゃ滑稽こっけいな様子だ。


 これが“進めない”ということなのだろう。


「モグりん。あれはどうすれば?」


『鳥居の向こうには、見えない結界が張られています。それを弾くように魔力を体に張り巡らせる。簡単に言えば魔力操作です。簡単にはいかないかもしれませんが」


「……ふむ、わかった」


 やっと三人のご愛敬な遊びも終わり、いよいよ俺が鳥居へ向かう。


 三人と同じように、まずは足を上げて、敷地内へ侵入しようとする。

 しかし……すかっ。


「なるほど」


 前に踏み出したはずの足は、気がつけば元の場所に着地している。


 だが、足を敷地内に入れる瞬間に何かを感じることは出来た。

 では、湖で遊んだ時の様な『水除け』の要領で、魔力を張り巡らせてみる。


 そしてもう一度……


「!」


 今度は、俺の足は敷地内に侵入。

 意識してみると、案外できるもんだな。


『やはりルシオさんなら進めた……』


 後ろから聞こえたモグりんには反応せず、集中を切らさない。


 鳥居の先は、海でも潜っているような感覚。

 息も出来るし、何か動きに抵抗力があるわけでもないけど、圧迫感というか、何かが周りにあるなあって感じる、不思議な感覚。


「……」


 集中状態から、ただ前を見つめて、一歩足を上げてはゆっくり前に下ろす。

 段々と慣れてきたのか、どんどんスムーズに歩けるようになる。


 結界を弾く魔力を、最小限に抑えることで動きに軽さが出てきたんだ。

 こうして、探り探り体の表面に張り巡らせる魔力を調整していく中で、感覚が研ぎ澄まされていく。


 実際にやってみて、ようやく分かる微調整。

 経験値ってやつか。


 そういえば、スフィルのペンダントに張られた結界も、今の俺の状態みたいにして薄~く膜を張っていたのかな

 出来るようになったか、帰ったら試してみよう。


 そうして、


「……来たけど」


 神社の本殿のような建造物の前まで辿り着く。

 さて、ここから何をすれば良いんだろう。


 けどまあ、これを思いつくことは……これかな。


 カラン、カラン。

 上部に鈴が繋がれたひもを掴み、参拝する要領で鳴らしてみる。


 それからは、俺もよくしていたお参りだ。

 お賽銭さいせん……はないので、箱には魔力をポイっと投げておいた。


 その後は当然「二拝二拍手一拝」。


 最後に祈願するのは「ジンジャを開放してください」、といったところか。


「!」


 その瞬間に、ふと周りからの抑圧がなくなった気がする。

 魔力を張り巡らせてはいても、プレッシャー的なものは感じ取っていた。


 これで……どうだろうか。

 と思って振り返ったのもつかの間、


「進めるわ!」

「本当です!」


 リーシャとスフィルが上げた声に反応して、続々と入ってくる人たち。

 付いて来ていた化け狐族の皆さんもびっくりだ。


『本当ね!』

『不思議なものよ』

「これがルシオの力……」


 ドラノア、フクマロ、コノハも鳥居から入ってくる。

 ……本当にこれで入れるのかよ。


『さすがですね』


「何が何だかって、感じだけどな」


 モグりんの問いにも、曖昧あいまいに答えた。

 自分でも謎が残るからだ。

 

 これが正しい開け方だったのか?

 本当にそうなら、日本に精通する者じゃとても無理だ。


 “日本の参拝を知っていること”が条件なのか、それとも“礼儀を知っている者”が条件で、参拝はあくまで開ける方法の一つに過ぎないのか……。


 けんじゃの意図はまるで掴めない。

 それでも今は、まだまだ遠く偉大な存在であるけんじゃに、一歩でも近づけた気がしたのが嬉しかった。

 

 お賽銭箱さいせんばこの奥には、左右に開くだけの引き戸だけ。


「入りましょう。ルシオ」


 生き生きとした顔を見せるリーシャと視線を合わせる。

 思えば、俺がけんじゃと森に関することを追い求めて、それに快く付いて来てくれたリーシャ。


 彼女抜きでは、ここまでは辿り着けていないだろう。


『我も楽しみだぞ』

「行きましょう、ルシオさん」

『さっさと行くわよ!』


 そうして、ひょんなことから友達になった友達、ラッキーハプニングから始まった友達、いつの間にか住み着いて今では友達の最強種族。

 

 そんなみんなと森の中で送るのは、騒がしくて賑やかながらも、どこかのどかで自由気ままなスローライフ。


「開けるぞ」


 待っていたのは、そんなスローライフをさらに自分好みに発展させる、素晴らしいものだった。

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