第40話 探し求めていたもの、それ以上のもの

 「モグりん、一体どうやってここに──」

『あんた、この前はよくも──』


『しいー。今はそんな場合ではないと思います』


 俺とドラノアが声を上げた瞬間、丸くて小っちゃい指を立てて静かにと言われる。

 たしかにその通りだが……相変わらずちょっと賢いんだよな。


 というか、ドラノアも知り合いなのか?

 急に現れては急に消え、顔も広い本当に不思議なリスちゃんだこと。


『もう一度言います。ルシオさん、コノハ姫を助ける手段はあります』


「本当か!」


『はい。ですが、おそらくあなたにしか出来ないでしょう』


「どういうことだ?」


 だが俺の問いには答えず、モグりんは姫様の方を向く。


『化け狐族の姫様。ルシオさん達を、ダンジョンへ案内出来ますか?』


 ダンジョン!

 まさに俺たちがここへ来た理由だ。


 スフィルのペンダントの話をきっかけに、話に聞いたダンジョンには、凄い物が眠っているんじゃないかと思い、俺たちはここまで来た。


 しかしコノハは、何やらすぐに首を縦に振ることはない様子。


「案内は出来ますが、あの場所は……」


『ルシオさんなら、かもしれません』


「わかりました」 


 それでも、モグりんの言葉にコノハは納得。

 ほんの会話の後、すっかり元気になったコノハはベッドから出る。


『ルシオさん。姫様を助ける手段はダンジョンにあります。付いて来てくれますか?』


「もちろん」


 元々探し求めてきたダンジョン。

 コノハを助けるのにも必要とあらば、行くしかないだろう。





 コノハの屋敷よりさらに奥へ進んだ先。

 里からは少し離れ、家も見えなくなってくる中、俺たちは異様な道を進む。


 下は石で出来た道。

 両サイドには、進む者を囲むように密集した朱色しゅいろの“鳥居”。

 その数は多く、ほどあるかもしれない。


 ますます「和」を思わせる道を進んでいく中で、自然とフェンリルの話題になる。


「本当に伝承にあるフェンリル様に会えるとは。一生の光栄でございます」


「そういえばコノハ達は、どうしてフェンリルを崇拝しているんだ?」


「里に伝わる文献。この里が作られたとされる時の本に、フェンリル様の事が載っているのです。いわく『フェンリルは至高。崇拝すべき神獣。そしてモフモフ』と」


「モフモフ!?」


 まじかよ。

 それって前世由来の言葉だぞ!?


 偶然にそれっぽい擬音ぎおんが重なって……とはさすがに考えられない。

 

「その文献より、私達はずっとフェンリル様を崇拝しておりました。ですが、『モフモフ』という単語の意味だけはずっと分からず、里でも解釈が別れているのです」


「そう、ですか……」


 俺はなるべく態度に出さないようにはしつつも、分かりやすく混乱していた。


 この里で見た、露骨なまでの前世との繋がり。

 さらには、そのどれも「和」を想起させるようなものばかり。


 俺は今、何かとてつもないものに足を踏み入れているのでは、そんな思考がずっと頭の中でぐるぐるしている。


 そんな中、


「皆様、着きました。あれがダンジョンです」


「……っ!」


 俺をさらに驚愕きょうがくさせる建造物が目に入ってくる。


 ずっと続いていた朱色の鳥居を抜けた先には、一つ大きな鳥居。

 そのさらに奥には、一際目を引く建造物。

 

「神社……?」


 全体的には鳥居と同じような朱色の柱を持ち、上部には湾曲わんきょくした形の特徴的な屋根。


 派手さとおごそかさをあわせ持ったかのような神社だ。

 それも……かなり見覚えがある。


 建造物の手前に置かれた二体の狐の像。

 細かな配置や造りは若干違っているものの、明らかに見た事のある光景。


 思えば、ここまでの道のりの鳥居。

 あれも、京都の有名な観光スポット『千本鳥居』を模したものだったのでは?


 それも踏まえて、今見えているもの。

 あれは……京都の『伏見ふしみ稲荷いなり大社たいしゃ』本殿みたいな建造物だ。


「ルシオは“ジンジャ”を知っているのですか?」


「え? あ、まあ……」


 あまりの光景にぽろっと出てしまった言葉を拾われ、コノハに尋ねられる。

 それより、コノハ達、化け狐族が神社を知っていることの方が謎だ。


「あれは、本当に神社なのか?」


「はい。あれは、森にいくつか存在すると言われるダンジョンの中でも『ジンジャ』という名で伝わるダンジョンでございます」


「そうか……」


 俺は驚きを隠せない中、こちらサイドの者はさっぱり。


「ルシオ。何よ、ジンジャって」

『我も聞いたことが無いぞ』


 そりゃそうだ、“神社”は前世の言葉。

 この世界の者には知る由もないのだから。


「あ、ああ。ちょっとグロウリア王国の文献で見たことあったんだよ……」


 だから今は誤魔化しておく。

 それよりも、俺はこのバクバクする感情に答えを見つけなければ。


「どうして、こんなものがここに?」


『それには私がお答えしましょう』


 ここで名乗りを上げたのはモグりん。


 思えば、今日の言動・行動はずっと謎だった。

 そんな小動物が、ここでようやく真実を明かす。


『ルシオさん、あなたは“けんじゃ”様を知っていますね?』


「──! ああ、俺はそのけんじゃの本を読んでこの森に来たんだ」


『それならば話が早いです。結論から言うと、このジンジャというダンジョンは、けんじゃ様のです』


「なっ!?」


 その愛くるしい表情を一切変えず、モグりんは淡々と言い放った。

 そんな、軽く話して良い内容ではないぞ!?


『さらに言えば、ダンジョンと呼ばれるものは全て、けんじゃ様がこの森に残したものになります』


「……!」


 驚きの連続で、もはや言葉が出てこない。


 と同時に、一つ疑問が浮かび上がる。

 この里の家々や「和」の様式、極め付きは神社だ。


 けんじゃってまさか、日本人なのか……?


『何か気になることでもありましたか?』


「……いや、話を続けてくれ」


 今すぐに確かめたい。

 けれど、俺は日本という国出身の元異世界人であることは打ち明けていない。


 モグりんがそれを知るかは分からないし、説明をするのにも心の準備が要る。

 今は我慢して話の続きを聞く。


『はい、では続けます。ですが……すみません。私は少し嘘をつきました。私もこの中に何が眠っているかは分からないんです』


「てことは……」


『はい。確実に姫様を助ける手段があるかは不明です。それでも、けんじゃ様なら何か役に立てるものを残しているのではないかと思うのです』


「そういうことだったのか」


 モグりんが、俺たちをここへ連れて来た理由は分かった。

 衝撃の事実の連続だが、話自体に嘘をついているようには見えない。


 けど、だからこそ確認したいことがある。


 ここまで詳しい、けんじゃの話。

 俺はどうしても尋ねなければならない。


「モグりん。君は一体何者なんだ?」


 モグりんは、一つ息をついて答える。


『私は……けんじゃ様の使いの者です』

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