第39話 神獣フェンリル様の威厳

 「「「すみませんでした」」」


「いえいえ、そういうことなら大丈夫です。どうかお気になさらず、頭を上げてください」


 目の前には土下座をかました化け狐族の皆さん。

 今しがた、俺たちに矢を放ってきていた三人だ。


 どうやら彼らが襲ってきた理由は、単に侵入者を排除しようとしたのではなく、「フェンリルを連れていたから」らしい。


 彼らはフェンリルを崇拝していたのだ。

 なんだか、ここにきて初めて神獣フェンリル様の威厳を見られた気がする……。


 だけど、フクマロは彼らの事を知らないようだし、何がどうなって崇拝されているのかはまだよく分からない。

 その辺は、これから聞いてみるつもりだ。


 とりあえず、これ以上は敵対することがなさそうなので良かった。


「こんなところで話すのも悪いですので、どうか里内へ」


「ありがとうございます」





 しばらく奥へと歩き、ぽつぽつと明かりが見え始めたところで、里が徐々に姿を現す。


「お、おお……。これはまた……」


「雰囲気あるわねぇ」


 エルフの里よりもしっかりと作り込まれた家々に、整理された道と区画。

 木々の高い所には明かりが灯っており、街灯のような役割を果たす。


 そしてなにより、


「和風の家……?」


 二階建てに三角の屋根、中からちらりと見えるのはふすまに茶室など、それはまさに日本家屋。


 控えめに装飾されており、京都や鎌倉の古民家を思い浮かばせる「和」の家々。

 派手さはないが、どこかおごそかさがある。


 周りの森の風景も相まって、びというか、趣がある里。

 この異世界において「和風」という言葉は存在しないが、俺にはそう思わせる雰囲気が漂った里だ。


「どういうことだよ……」


 情景には反して、俺の頭は混乱するばかり。

 たしかに『化け狐』も和を想起させる種族ではあるが……そんなのアリか?


「気に入ってもらえましたか?」


「というより、正直驚いています」


 化け狐さんの問いにも、少し気後れ気味に返事をする。

 俺の周りは「おおー」となんとなくすごいとしか感じていないけど、この光景は俺にとっては不思議でたまらない。


 この先、何かとんでもないことが待っているのではないか、そんな思いが俺の心を大きく占める。


 ただ、そんな中で、


「兵長!」


「どうした」


 俺たちを案内してくれている人に、里内から来た人が声を掛ける。

 俺たちが相手をしていたのは、どうやら「兵長」さんらしい。


「姫様の容態が!」


「! 分かった、すぐ行く! 皆さん、すみませんが案内は他の者共に──」


『いや』


 兵長さんがこちらを振り返って声を上げるが、途中でフクマロが口を開いた。


『何か良くない事が起きているのではないか? それならばこの者、ルシオに相談するが良い。こやつは魔法に精通しておる』


「フェンリル様……。ほ、本当ですか?」


『我が嘘をつくとでも?』


 フクマロの奴、なんだかんだ崇拝される側になりきってんじゃねえか。


「どうする」

「し、しかし……」


 化け狐さん達は少し小声で会話をした後、


「分かりました。どうかご同行願います」


 俺たちにも助けを求めた。





 案内されたのは、里の一番奥の屋敷。


 赤茶色の屋根に、赤い柱や建物。

 まるで沖縄の首里城を思わせる様な素晴らしい建物の中で、「姫様」と呼ばれる女性が眠っている大きな部屋に案内される。


「ケホ、ケホッ」


 ベッドに半身を入れて起き上がる彼女は、とても美しい。

 美形ばかりだった化け狐族の中でも、輝く黒髪を持ったその清楚な容姿は、最も整っていると言っても良いだろう。


 しかし、俺たちが来た時からも咳が止まらず、顔はやせ細っている。

 容態が良くないというのは本当のようだ。


 それでも上に立つ者としての責務なのか、姫様は俺たちを前にして歓迎する様子を見せる。


「伝承にあるフェンリル様……。お使いの方まで。わざわざありがとうございます。私は『コノハ』と申します。ぜひコノハとお呼びください。ケホ、ケホッ」


『大丈夫か、無理をするのではない』


「は、はい。ありがとうございます」


 彼らはフェンリルを崇拝しているので、俺たちが付き人ということになっている。


 こちらの方が都合が良さそうなので、このまま話を進めようと思う。

 フクマロもここに来てから随分ノリノリだし。


『今からこのルシオという者がお主を少し調べる。良いか?』


「はい。フェンリル様と一緒にいる者ならばぜひ」


 了承を得られたので、俺は早速、そっと姫様、コノハの手に触れる。

 まずは、魔力の流れを感知して異常がないかを探ることから。


「!」


 異常はすぐに分かった。


 姫様の体内の魔力が、

 俺の五十分の一以下、下手したら人間の赤子よりも少ない……。


 これは、病気と言うより衰弱だ。


「失礼ですが、普段は何を食べているのでしょうか」


「里で獲れる物でございます」


 コノハがそう言うと、先ほどの兵長さんが即座に食物を持ってくる。

 すごい、気が利くな。


「ふむ、特に問題はないか」

 

 持ってきたのは、俺たちの住処でも獲れる野菜や魚、肉などもある。

 決して悪い物には見えない。


 ならば、


「すみません、お腹が減っていないかもしれませんが、今少し食べてもらうことは出来ますか?」


「は、はい。構いませんが……」


 実際に食事をしてもらうことで、その後の魔力の流れを掴む。


 俺の言葉には不思議そうにしながら、コノハは用意された物を口に運ぶ。

 その間、俺はコノハに触れたままだ。


「!」


 そうして理解する。


 やはりか……。

 俺の推測は当たっていたようで、みんなへ向けて説明をする。


「コノハは、食物から効率的に魔力を摂取出来ないようです」


「え」

「なっ」


 俺の言葉に、化け狐族の皆さんは驚きを示す。


 この世界の食事とは、魔力の摂取とほぼ同義。

 もちろん、空いたお腹を満たすためでもあるが、生物はそれと同時に魔力を摂取して、日々のエネルギーにしている。


 今分かったことは、コノハは「食べ物に含まれる魔力を体に入れると同時に、そのほとんどを逃がしてしまっている」ようで、魔力を溜められていない。


 つまり、常に極度の貧血状態みたいなものだ。


 そうなってしまう原因までは突き止められないが、これでは危ない。


一先ひとまず、俺の魔力を分け与えます」


「魔力を、分け与える……?」


 ドラノアを鎮めた後にも行った魔力の分け与えだが、実はかなり高度な魔力操作の精度が要る。

 俺以外で出来る者は見たことないし、コノハが疑問に思うのも無理はない。


「ちょっと刺激が強いかもしれませんが、どうか我慢を」


「刺激?」


 一つ注意を入れて、コノハに魔力を流し込む。


「……!」


 姫様は驚いて目を見開くと、段々と顔がほうけていってしまう。

 やはり俺の魔力は、甘く誘惑するようなものらしい。


 合法的にれさせようとかではないので、勘違いはしないでほしい。

 これは助けるためにやっていることなんだ!


 そうして、


「このぐらいで良いかな」


「……はっ!」


 姫様は声を上げて我に返る。


 けどその声の調子に現れている様に、先ほどまでとは打って変わって元気に見える。

 顔色もかなり良くなった。


「姫様!?」


「あれ……私、なんだか元気みたいです」


「「「姫様ー!」」」


 その様子を見た兵士さん達が、一斉に駆け寄る。

 

「さすがね、ルシオ」

『信じておったぞ』

『あたしの指示通りね!』


 最後に一人訳の分からない事を言っているドラゴンがいるが、みんなも信じてくれていたようだ。

 

 けどこれは、完全な解決ではない。

 魔力は、生活すれば当然消費するからだ。


 今のはあくまで一時的な応急処置であって、俺も常にコノハの隣にいてあげられるわけではない。

 ならば、他に何か策を考える必要がある。


「どうするか……」


 と、頭を悩ませる中で、ふいに足元の方から声がした。


『方法はありますよ』


「!」

『あんたは!』


 俺とドラノアが同時に目を見開く。

 下に目線を向けた先、何かをモグモグしながらそこにいたのは、


「モグりん?」


 見た事のある小動物だった。

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