第36話 巧妙で美しきペンダント

<三人称視点>


 時は少々さかのぼり、ルシオ達が精霊さんをもてなしていた頃。


『モグモグ』


 森の中で、一匹の小動物が食べ物をモグモグする。

 ルシオ達とも顔見知りのリス、モグりんだ。


 その行方は人知れず、どこへでも現れるかと思えばすぐに消える。

 そんな不思議な小動物に、


『探したわよ』


 ザッ! と立ちはだかったのは、最強種族ドラゴン。

 今は、人間の幼き女の子の姿をしたドラノアだ。


 この日、ドラノアは用事があると言ってルシオ達の住処を飛び出していた。

 その行き先はここだったようだ。


『あんた、前にあたしが暴れた時、あの場にいたわね?』


 暴れた時と言うのは、ドラゴンとして復活したばかりの時の事だ。

 しかし……


『モグモグ』


『聞いてるの?』


『モグモグ……』


 モグりんは食べるのを一切やめず。

 耳に入っているのか、いないのか。


『そう。どこまでもしらを切るつもりなのね』


『モグモグ、ごっくん。……どうして』


『ん?』


『どうして分かったんですか? 私が、あの場にいたこと』


『あまりドラゴンを舐めるんじゃないわ』


『そうですか』


 モグりんが口を開き始める。

 ただ、ドラノアが聞きたかったのはこんなことではない。


『単刀直入に聞くわ。あんた、何者?』


『……ただの、ちょっと賢いリスですが』


 ダッ!

 そう言うと、モグりんは森の奥の方へ走り出す。


『あっ、こら! 待ちなさい!』


『……』


 突然走り出した事と、入り組む森の複雑構造が相まって、ドラノアはモグりんを見失ってしまう。

 それでも、


『甘いわよ!』


 ルシオと同等、もしくはそれ以上の魔力探知を広がらせる。

 しかし、


『……いない?』


 モグりんの魔力は、ドラノアの探知に引っ掛かることはなかった。


『あいつ、本当に何者なのよ』


 ドラノアはそう言い残して、またルシオ達の場所へと飛び立った。

 疑問への回答を得られなかったため、少々悔しそうな顔だ。


『本当にあの凶暴なドラゴンまでなずけてしまうとは。ルシオさん、あの人になら……』


 そんなモグりんのこぼした言葉は、ドラノアには届かない。







<ルシオ視点>


「ふう~」


 ここら一帯を司るという精霊さんから、正式に開拓の許可をもらったのも

 額に流れる汗をぬぐい、周りを見渡しながら一息つく。


「だいぶ完成してきたな」


 俺たちが暮らすコテージは増築され、元の倍ほどの大きさに。

 もちろん中身もリフォーム済みだ。


 さらには、その周囲にもいくつかのコテージ。

 それに続く簡単に舗装した道など、村っぽいと言えば村っぽい形。


 あれから、俺たちは日々街づくりに励んでいた。


「一旦休憩にしよう」


『分かったわ!』

『うむ』


 作業にはフクマロやドラノア、手が空いている時にはリーシャとスフィルも手伝ってくれる。


 みんな「ルシオにはお世話になっているから」、だってさ。

 これほど嬉しい言葉は中々ないだろう。


 そんな心強いみんなが手伝ってくれていることもあり、それなりに作業は進んでいる。


 けど、


「うむむ……」


『どうしたのよ』

『我が何か失敗してしまったか?』


「あ、いや、それはないよ。二人には本当に助かってるんだ」


 作業を進めていれば当然、問題点も見えてくるわけで。


 例えばその見た目。

 形は俺の魔法さえあればどうにでもなるのだけど、結局木の形を変えて作っているだけなので、色や装飾は物足りない。


 森の中で贅沢ぜいたくな話かもしれないが、人を招くつもりならばそういったものが欲しいのはたしかだ。


 けど、ペンキや色を作り出す魔法なんてものはないし、どうしようもないと言えばどうしようもない。


 端的に言えば、行き詰まってしまった。


「みんなー、お昼ご飯よ~」


『リーシャ! やったー!』

『ワフッ!』


 リーシャが新コテージから顔を出して、俺たちを呼び掛ける。


 ドラノアもフクマロも朝からたくさん手伝ってくれたので、目一杯食べて休んで欲しいな。


「よし」


 今日の午後から、それと明日はオフにしよう。

 行き詰った時に急いでも、何も良い事がないしな。





 お昼時の食卓にて。

 最近では人数も増え、フクマロも何故か椅子に座るすべを覚えたので、みんな仲良くわいわい食卓を囲む。


 来たばかりの時よりもさらに賑やかで、変わらず大切な時間だ。


 そんな中でふと、リーシャがスフィルの胸元を見ながら尋ねる。


「そういえば、スフィルのそれ、綺麗よね」


「これですか」


 スフィルの首からかかっているのは、輝くペンダント。

 思えば、彼女が温泉でのぼせていた時なんかも付けていたし、片時も外しているのを見たことない。


 大事な物かなにか、なのだろうか。


「これは、わたしがあの里を脱走した時にたまたま発見したものなんです」


「え、脱走?」


「はい。わたしにも反抗期がありまして……」


 スフィルは恥ずかしそうながらも話してくれる。

 ていうか反抗期って……エルフにもそういうの存在するんだ。


「こんな森の中ですし、まだ生まれて年も経っていなかったわたしは、精霊の力も使えず。どんどんと里とは逆方向に進んでしまっていたのです」


「それは大変だな」


「はい。ですが、たまたま拾ったこの綺麗なペンダント。これに勇気をもらってから歩き続けると、エルフィオ様が最終的に見つけてくださって」


 エルフィオさん……さすがだな。


「これは、その時からずっと付けています。その時の戒め、そして勇気の証として」


 うん、とても良い話だ。

 俺、リーシャ、フクマロは「うんうん」と後方彼氏面でうなづいている。


 違った反応を見せたのは、意外にもドラノア。


『……それ、どう見ても森で作れるものじゃないわ』


「えっ?」


「どういうことだ、ドラノア」


 突然の発言に、俺たちは混乱する。


『魔力……というより、何らかの魔法で作られているわね。それもかなり巧妙よ。ルシオ、あんたにはこれ作れる?』


 ドラノアに聞かれ、スフィルのペンダントをじっと見つめる。

 

 深い青色の、しずくを模したようなペンダント。

 前世の言葉で表現するなら、その色は宇宙、深海が正しいだろうか。


 加えて、改めてめちゃくちゃに精工だ。

 俺の『魔力結界』のようなものが薄く張られており、全く壊せそうにない。

 何百年と生きてきたスフィルが、ずっと付けていられるわけだ。


 深く観察してみての感想は、


「……無理だ。今の俺じゃ、どうやっても出来そうにない」


 魔法、それも「何かを作る」という得意分野で出来ないのはとても悔しい。

 それでも、悔しさより感動が勝ってしまうような美しさだ。

 

『となれば、やはりルシオよりも魔法に優れた者が作ったのね』


「でも、ルシオよりも優れた者なんて……」


 リーシャは、信じられないといった表情をするが、これは事実だ。


 それにドラノアは「やはり」と言った。

 ならば、俺と浮かばせている人物は同じなのかもしれない。


 もしかすると、俺がこの魔の大森林に来るきっかけとなった本『森のけんじゃのたんけんきろく』。

 その“けんじゃ”……なのだろうか。


「気になるな」


 俺がこぼした言葉には、みんな同意の様子。

 だが、


「そう言われるとわたしも気になりますが……すみません、正確な場所までは覚えていなくて」


 スフィルが申し訳なさそうにする。

 それもそうだ、もう何百年も前の話なのだから。


『それなら一人、頼れる子がいるかもしれないわ』


 なんだなんだ、今日のドラノアは一味違うぞ。

 あのドラノアが頼もしく見える。


「誰だ?」


『ダークエルフのテトラよ』


 まさかこの会話が、のちに街づくりに大きく発展するきっかけになろうとは、この時は思いもしなかった。

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