第35話 精霊さんは絶世の美女(あとちょっとわがまま)

 「大変、大変失礼いたしました!」


 スフィルが精霊さんに服を貸すなり、すぐに土下座。


 やってしまったことには、あれこれ言わずすぐに謝罪。

 元社会人たるもの、これは心得ていることである。


『……まさか、こんな人だとは思いませんでした』


「言い訳はございません……」


 俺は頭を下げたままの姿勢を崩さない。

 

 精霊さん側からすれば、急に具現化させられたかと思えば、裸の姿だったのだ。

 恥ずかしいどころではないだろう。


 ただ、そんな気まずい雰囲気の中で声をかけてくれるのがスフィルだ。


「あのっ! 精霊様、ですよね?」


『……ええ。わたくしはこの辺やエルフの里、人間側の森の端までを司る精霊。普段、あなたやエルフィオが借りているのは、わたくしの力よ』


「それは! いつもお世話になってます! 今回の件はこの人も悪気は無かったようですので、その……」


『しょうがないわね』


 そう言うと、精霊さんは両手でスフィルの肌をそっとでた。


『あなたに免じて、今回だけは許してあげるわ』


「!」


 俺はスフィルとバッと顔を見合わせ、


「「ありがとうございます!」」


 一斉に頭を下げた。

 そうなれば、ようやく本命のことを尋ねられる。


 俺から言うとまた機嫌を損ねるかもしれないので、スフィルに目で合図を送る。


「あの、精霊さんっ!」


『何かしら』


「実は、精霊さんをこうしてお呼びしたのは、ある許可を欲しくてなのです!」


『言ってみなさい』


「わたしたちに、この住処を中心として大規模に開拓する許可をください!」


『開拓ねえ……』


 グッジョブ、スフィル。

 お願いする役を任せてしまったので、後で何か埋め合わせをしようと思う。


『良いでしょう。ただし条件があるわ』


「なんでも聞きます」


 これに答えるのは俺だ。

 そうして、目をキッとさせた精霊さんは言い放った。


『今日一日、このわたくしを楽しませてみせなさい』


 えええ……、そういう感じで良いの。


 こうして突如始まった、精霊さんを楽しませる一日。







「スフィル! スープ出来たら持ってきて!」

「はいよ! リーシャ!」


 キッチンとテーブルを、うちの二人のシェフがあわただしく動き回る。

 それもそのはず、


『んん~。美味しいわね~!』


 精霊さんが、ものすっごい勢いで料理をたいらげるからだ。


 それはもう、野菜から肉、高級マグロだったあの湖の主など、今日までの森での生活全てを表したような、料理オールスターだ。


 昨日リーシャとスフィルが料理に関して和解しておいて、本当に良かったな。


わたくし、あなたたちの料理が羨ましくって!』


 リーシャに今回の事情を話すと、持ち前の優秀さから、まずは胃袋を掴むことからということに行き着いたらしい。


 そうして今に至る。

 まあ、リーシャもまさか精霊さんがここまで食べるとは思わなかったろうが。


 しかし、出るとこは出ているものの、その細い体のどこに入っていくのだろう。

 外から見る限り、大きさはリーシャ<精霊さん<スフィル……って、何を考察してるんだ俺。


 俺が使った魔法道具では、正確に体を表現出来るはずなので、普段見えていない精霊さんはおそらくこのまんまの姿なのだろう。


 というか、俺たちのことしっかり見てたのかよ。


「精霊さん。け、結構食べられますね~……」


『まだまだいけますよ!』


「まだ、まだ……?」


 この言葉に、あの料理大好きな二人が戦慄せんりつした。

 おいおいまじかよ、って顔だ。


 幸いなことは、ドラノアがいないことだけか。

 ドラノアがここに加われば、「あたしも!」などど言って、絶対にろくなことにならない。


 そうして、ようやく俺たちを落ち着かせる言葉が聞ける。


『はあ~。さすがのわたくしもお腹がいっぱいです~』


 よかった。

 聞こえたわけではないが、俺・リーシャ・スフィルの心の声は同じ言葉を発したことだろう。


『では、次は温泉に入りたいです!』


「「「……」」」


 そしておそらく、こちらも全員同じ事を考えた。 

 結構自由だなあ、この人。



 


『はあ~。とても気持ちよかったです~』


「それは良かったです」


 温泉から精霊さん、それにリーシャとスフィルが戻ってきた。


 格好もとても素晴らしいもので、最近女性陣の器用さも借りてようやく導入できた「浴衣」だ。

 なお、リーシャ・スフィルも付き合わされて浴衣姿だ。


 まだ日中なので、三人の格好には違和感がありまくりだが、精霊さんが着たいと言ったので黙っておこう。

 ……大変、眼福でもあるしな。

  

『ここは本当に素晴らしいですね』


「気に入ってもらえたなら嬉しいです」


 すっかり気分が良いのか、俺にも普通に話しかけてくれる。

 と、そんな軽い話の中で


『そういえば、開拓の件でしたね』


「!」


 告げられたのは、突如の本目的の話。


『良いですよ』


「本当ですか!?」


『はい』


 にっこり笑った精霊さんの笑顔を横目に、ガッツポーズ。

 これで、何の罪悪感もなく開拓を進められる!


「けど、本当にこんなことで?」


『用心深いのですね。そもそも、木をたくさん切り倒したからと言って、実はこの森への影響はほとんどありません』


「と、言いますと?」


『この膨大な森の魔力。切り倒した木の分は、また新たな場所ですぐに木を生やします。一つや二つ、新たなを作ったって全く問題は無いのですよ』


「じゃ、じゃあ、楽しませてみせなさいと言ったのは……」


『羨ましかったのです。普段見ているあなた方が、わたくしの知らない独自のものを作り上げていくその様が』


「なんだあ……」


 どっと、肩の荷が下りた気分だ。

 わがままな感じといい、そういうことだったのか。


 と、軽く一息ついた後で、今度は精霊さんの方から尋ねられる。


『そ、それでなのですが……』


「はい、なんでしょう」


『もしよかったら、今後定期的に今日のように体を具現化させてもらえませんか」


「!」


 さすがというべきか。

 精霊さんは体の寿命に気付いているようである。


 実は、俺のこの魔法道具は永久ではない。


 今の道具の限界というべきか、おそらくもうすぐ体を留めることが出来なくなって、また精霊さんは姿を見えなくなってしまうのだ。


 そんな、少し悲しげな答えには


「もちろんです。その内、ずっと体を保っていられるようなものも必ず開発してみせます」


『……! はい、ぜひよろしくお願いします!』


 そんな挨拶を皮切りに、少しづつ精霊さんの体が光となっていく。

 最後のお願いだったのだろう。


「「うるうる……」


 リーシャやスフィルは涙ぐんだ顔を見せる。

 なんだかんだ言って、意気投合したのかもしれないな。


 でも大丈夫。


「あの人なら、いつでも見守っててくれそうだからさ。俺もまた、すぐに呼び寄せてあげようと思う」


「うん」

「はい」


 そう言うと、二人も笑顔で精霊さんを見送っていた。


 よし、これで気持ちよく開拓も出来る。

 明日からもやることがたくさんあるぞー!







<三人称視点>


 ルシオ達が精霊さんをもてなしている頃、森の奥深く。

 少女の見た目をしたドラゴンが、一匹の小動物に向かい合う。


『探したわよ』


『……』


『聞かせてもらうわ。あなたが一体、何者なのか』


 ドラノアは、小動物に対して意味深な事を問う。

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