第32話 それ、一番言っちゃいけないやつー!

 良くも悪くも刺激が強すぎた混浴を終え、風呂上がりの温泉入口にて。


 カン、コン、カン。

 仕上げの段階で、少し大工さんを真似てとんかちで木を打ってみる。

 結局は魔法でどうにかするんだけどね。


「よし、こんなところか」


『お主も精が出るの』


「これは俺のためでもあるからな」


 風呂上がり、リーシャ達女性陣が先にコテージに戻ったのを確認して、俺は早急に男女別の脱衣所を作った。


 今までは特に作る必要が無かったが、如何いかんせんドラノアが来たからには何が起こるか分からない。


 さらには破壊力抜群のスタイルを持つスフィルも来たので、俺の心臓を持たせるためにも、この機会にさっさと作ってしまったのだ。


 これで、「扉を開けたら、きゃー」みたいなラッキースケベがなくなったが、正解だと思う。

 

 さて、ほんの十数分の作業だったが、みんなを待たせるのも悪いので、さっさとコテージに戻ってしまおう。




 

『あ、やっときたわね!』


 温泉からの通路を通り、扉を開けるとこちらを振り向くのはドラノア。

 ただ、


「めーっちゃくちゃ、くつろいでんなあ……」


『これが良くないのよ~。うへぇ~』


 ドラノアが今にも溶けそうになっているのは、俺特性のソファ。

 それも通称「人をダメにするソファ」だ。

 

 もちろん、前世のyogib〇から着想を得ている。


「はっはっは、ドラノア。もう二度とそこから離れられないぞ。俺の勝ちだな」


『なにを! ……でもこれには勝てないかもぉ~』


 勝ち、という言葉に反応して一瞬立ち上がろうとするドラノアだが、やはりそれに吸い付かれてしまう。

 

 この威力の前には、たとえ最強種族ドラゴンであろうと完敗の様子。

 人類(前世)の叡智えいちの圧勝である。 


 なんて、謎の勝ち誇っていたのも束の間。

 

 ぐうう~。

 ドラノアのお腹が大胆に鳴った。


『ルシオ~、お腹空いた~、何かないの?』


「うむ、やはり自由。んー、そうだな……」


 そういえばさっき、リーシャが料理の仕込みを終わらせてたっけ。


「そうね、なら作ってしまいましょう」


『やったー! “この家のシェフ”はリーシャなのね!』


「「!」」


 “この家のシェフ”という言葉に、リーシャともう一人、スフィルが反応を示す。

 あれ……もしかして、これまずい流れか?


 スフィルは、エルフィオさんから魔力操作と料理を習い、ハイエルフへの進化を果たした存在。

 料理に関しては譲れないものがあるらしい。


 そんなこともあり、実はスフィルがこちらに来てからの二日間、どちらが俺の料理を作るかで幾度も戦いが繰り広げられていた。


 結局、交互ということで落ち着いたのだが、またその戦が始まりそうな予感……。


「ドラノアさん。本来のシェフはわたしですが、今日はリーシャさんに作ってもらっているんですよ」


『あら、そうだったの!』


「ちょ、ちょっとスフィル! 本来ってなによ! この森に来る前も来てからもずっと、ルシオの腹を満たしてきたのは私だわ!」


『ほうほう』


「じゃあ余計に、これからはわたしがルシオさんの料理を作ります」


「なっ!」


 売り言葉に買い言葉、なぜか俺も巻き込まれて、少々怪訝けげんな雰囲気が漂う。

 目が笑っていない笑顔のまま、お互いがお互いをにらみ始めた。


「大丈夫よスフィル。仕込みも終わってるし、今日は私が料理を振る舞うから」


「いいえ、リーシャさんこそよろしいですよ。仕込みなんてすぐできますし、ドラノアさんの初めての料理はぜひわたしが」


「「……!」」


 バチバチッ!


 しまった……。


『え、え、どうしたの。なにこの状況……』


 二人のただならぬ雰囲気に、あのドラゴン様が身を引いてしまった。

 それほどに、今の二人の間にはただならぬ電撃が走っている。


「そうだ。じゃあドラノアはどっちに作って欲しい?」

「当然、わたしですよね?」


『え、えと……』


 あのドラノアがあたふたし始めた。

 ドラゴンを追い詰めるって、この森でこの二人ぐらいなんじゃ……。


 そうして答えをゆだねられたドラノア。

 だがここで引き下がらないのが、最強種族ドラゴンたる所以。


 ドラノアは最悪の答えを出してしまう。


『じゃ、じゃあ、“美味しい方”で!』


「「!」」


 あ、終わった……。

 それ、一番言っちゃいけないやつ……。


 かくして幾度か目、この家の真のシェフを決定するべく、二人の料理人の戦いが始まってしまった。

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