第26話 裏で手を引いていた者

 「ドラゴン……!!」


 ドラゴンは見る限り眠っているようだが、俺同様、こちらサイドはその猛々たけだけしい姿にもれなく全員固まった。


 ただ一人を除いて。


「やっぱりあなただったのね、テトラ」


「エルフィオ……!」


 エルフィオさんが、近づきながらまるで犯人が分かっていたかのように話しかけたのは、ドラゴンのそばにいる女性。


 その女性は、金髪に長い耳とエルフの特徴を持つものの、という今までのエルフとは違う点を持っている。


「エルフィオさんは、あの人と知り合いなんですか?」


「……ええ。黙っててごめんなさいね。ドラゴンには驚きだけど、あの子が手を引いていることは、なんとなく分かっていた」


「いえ。それよりあの人は」


「“ダークエルフ”のテトラ。あの里で私と同じタイミングで生まれた、私にとっては双子の妹みたいなものよ」


 ダークエルフ……。

 定義は分からないが、肌や黒い瞳の見た目から、そう判断できるのはたしかだ。


「エルフィオ、あんたがを追ってくるなんてね」 


「このルシオちゃんのおかげではあるけど、神秘の樹の魔力が奪われているんだもの。当然よ」


「そうだね。あんたはうちとは違って、立派な里長だもんね」


「……」


 エルフィオさんとテトラさん、はたから見ていてもギスギスしているのが分かる。


「エルフィオさん。テトラさんとの間に一体何が」


「そうね──」


 エルフィオさんは、簡単にテトラさんとのことを話してくれる。

 

 もう何百年も前のこと。

 それまで普通にエルフであったテトラさんは、ある日突然ダークエルフと化し、それが原因でかつての里の者に迫害されてしまったそうだ。


 そんな当時は、エルフィオさんも生まれて数年。

 里での権力は持ってなかった頃の話だそう。


 あの穏やかに見えたエルフの里で、そんなことがあったことに驚きだ。

 

 もしかすると、今のエルフの里はエルフィオさんが里長として変えていったゆえに、あの穏やかな里になったのかもしれない。


 そうして軽く説明をしてくれたところで、エルフィオさんはテトラさんに向き直る。


「テトラ。そのドラゴンに魔力を供給しているのは分かってる。返せとは言わないわ。でも、これ以上は里も困るの。どうか回路を切ってほしい、この通り」


 エルフィオさんは、今までの態度とは一変。

 テトラさんに深く頭を下げた。


 彼女にとっては、里を守ることに比べれば頭を下げることなんて何でもないのかもしれない。


「それに、分かっているでしょう? ドラゴンがどんな存在なのか」


「……」


 エルフィオさんに対して、今度はテトラさんがだんまりだ。


「かつて、ドラゴンはその火で森を荒らし回った。濃厚な魔力で守られているはずの森の木が、強力すぎるドラゴンの火の威力が上回って散々燃えたの。それが唯一、この森に残る火事災害の言い伝えよ」


 この森の木々が燃えた……?

 それほどに、ドラゴンは強力な存在だということなのか。


「だからどうか分かってほしい。テトラ、あなたももう一度──」


「里に戻れって言うの!?」


「!」


 テトラさんが声を上げた。


「うちをあんなに迫害したのに! 今更どう戻るって──」


「あの世代のエルフはもう誰も残っていない。あなたを支えてあげられなかったのは……ごめんなさい」


「いいのよ、謝らなくて。出て行ったのはうちだから。けど、里には戻らない」


「でも! ……それならせめて、ドラゴンには近づかないで」


 エルフィオさんは力強く言った。

 これはテトラさんが心配が故の、姉としての言葉だ。


「……嫌だよ。この子は、行く場所がなかったうちに話しかけてくれた。目を覚ましてはいないけど、心の声でうちに語り掛けてくれたんだ」


「テトラ、そんなことは──」


「あるんだよ。これはうちだけが聞いた声。里を出てからうちが無事だったのも、ここでこの子と過ごしていたからだよ。うちはこの子を復活させて遠い所で暮らしていくの」


「テトラ……」


 聞いている限り、予想以上に深いものがあるのかもしれない。

 赤の他人である俺が、中々口を出せるものでもないと思う。


 でも、ドラゴンには今も魔力が供給され続けている。

 その魔力は神秘の樹によるもの。


 ずっとこの状態が続けば、どちらかが不幸になる。

 どうすれば……。


 って!


「これは!」


 まさか……!


「ルシオ?」

「ルシオちゃん?」

『どうしたと言うのだ』

 

 俺が勢いよくドラゴンの方を向いて声を発したからか、一斉に尋ねられる。


 だが俺は、探知に全神経を向けた。


 感じる。

 人間が魔力を巡らすように。

 植物が水を巡らすように。


 ドラゴンの魔力が、流動している……!


 まずい、これは……!

 

「ドラゴンが……ドラゴンが起きるぞ!」


「え!」

『なんだと!?』


 俺の声に反応して、全員が驚いたのもつかの間、


『ギャオオオオオオ!!』


 ドラゴンが産声を上げた。

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