第7話 俺に備わる特別な魔力

 突如として、告白のような言葉をフェンリルに告げられた俺。


『お主の魔力が、我をあまりにも魅了する匂いを放っておるのだー!』 


 どういうこと!?


 まてまて、意味が分からない。

 これじゃまるで、「驚きはしない」とか考えていたのがみたいじゃないか!


 もれなくリーシャも大混乱状態だ。


『お主らが驚くのも分かる。かくいう我自身も、驚いておるのよな。こんなにも良い匂いのする魔力は初めてなのだ』


 やっと言えた、とすっきりした顔で歯切れが良くなるフェンリルさん。

 おかげで、こっちはパニックなんですけどね。


「ぐ、具体的には……?」


 もはや何の質問なのか分からないが、混乱している俺は思わず口走っていた。


『そうだな……甘くて、うっとりしてしまうような香りだ』


「そ、そうですか」


『うむ。始めは感じた事のない魔力を探知しただけであった。だが、興味本位で近づくほどに、我の足が自然と加速してな』


「……」


『途中で魔力が一気に放出された時は、理性を失いかけて思わず全速力になってしまったのだ』


 最後の方、俺の魔力探知をかいくぐるほどに速かったのは、そういうことか。


「……ええ、でも確かに。言われてみれば、ルシオは家畜や魚の魔獣にもよく好かれていたわね」


「あ、ああ。それでいずれ食べるのが辛くて、俺はその辺から身を引いたんだしな」


 リーシャの言うことは事実だ。

 家畜なんかがあまりに懐いてくるので、先の事を考えると俺は自然と近づかないようになった。


『なるほど。その者共も、我と同じだったのかもしれぬ。お主には、魔獣に好かれる匂いを持った、特別な魔力が備わっているのかもな』


「俺に、そんな魔力が……」


 疑うと同時に、どこか納得できる部分もあった。

 先程リーシャが言ったこと然り、そう考えれば辻褄が合う事柄がいくつも思い出せるからだ。


 周りに魔獣がいなかった環境のせいで、気づきにくかったのかもな。


 嬉しいか嬉しくないかはさておき、こんな優しい神獣と会えたのはラッキーだったかもしれない。

 今はこの、甘い香りを放つとかいう魔力に感謝しておこう。


『では、我からも良いか?』


「え、ああ、うん。どうぞ」


『お主たちはどうしてここに?』


「それの事かあ。実はね──」





 フェンリルが恥ずかしいであろう事を話してくれたので、俺も追放されてここまで来た経緯を話す。


 どうやらフェンリルは「ニンゲン」に興味があるらしく、じっくりと話を聞いてくれた。

 実際に関わったことはないそうだけどね。


『うーむ、ニンゲンの上に立つものがそんな者たちだったとは』


「それについては別に良いんだよ。俺もこの場所に興味があったからさ」


『ほう、それは嬉しいことよな』


「それともう一つ。これについて知らないかな?」


 俺が取り出したのは『森のけんじゃのたんけんきろく』。

 この森に興味を持つきっかけとなった本だ。


『……ふむ、“けんじゃ”か。知っておるぞ』


「本当か!?」


 いきなりヒット!

 これは幸先が良いぞ!


『うむ。そのけんじゃとやらが、我がニンゲンに興味を持つ理由だからな。実際にニンゲンに会えて嬉しいぞ』


「へへ」


 会えて嬉しいと正面から言われて、少し照れてしまう。

 そうか、この本のことは本当だったんだ!


「じゃあ、けんじゃにも会った事があるのか?」


 ならばと思い、満を持して聞いてみる。


 だが、返答は思っていたものと違った。


『いや……ない』


「え?」


『実際に会ったことはない。伝わっているのは、かつて“けんじゃ”という人間が森にいたということ、その者がとてつもない奴であったことのみだ』


「じゃあ、古い過去の話ということか?」


『そうだ』


「そう、なんだ……」


 勝手に期待してしまっていたばかりに、落ち込みを隠せない。

 本が色せていないので分からなかったが、古い話だったのか。


 いやそれでも、この本の信憑しんぴょう性が高くなっただけでも収穫と考えるべきか。


「ありがとう。助かったよ」


『うむ、役に立てたのなら良かったぞ。……それで』


「ん?」


『お主たちは、これからどうするのだ?』


「うーん、なんとかこの森で暮らせないかなーって思ってるんだよね」


『なる、ほど……』


 フェンリルは何か言いたげに、またも歯切れが悪くなってきた。


 ははーん分かったぞ。

 こいつ、俺にまだ撫でられたいな?


 神獣様はどんな奴かと思えば、可愛い奴じゃないか。

 そうと分かれば、俺が誘導しよう。


「だからなー。どこかに休めるとこを提供してくれる人がいれば、そいつをずっと撫でてやるのになー」


『……!』


 ちょっと白々し過ぎたか?

 ……いや、そんなことはなかったらしい。


『良ければなのだが……我の住処へ来るか?』


「お、いいのか!」


『う、うむ。他に行く場所がないのであろう?』


「そうなんだよ」


 よし、寝床確保!


 それで良いのか神獣様、とは思うがここはありがたく厚意を受け取っておこう。


「リーシャは大丈夫?」


「うん、大丈夫! さすがルシオね」


 あまりの白々しさに、さすがにリーシャは気づいていたようだ。


 どう見ても悪い奴ではなさそうだし、めちゃくちゃ助かった。


「じゃあ、よろしく」


『よかろう』


 俺たちは、フェンリルの住処へ案内してもらうことになった。

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