第8話 大森林の中の秘境

 ここまで乗せてもらったフェンリルの背中から降り、少し歩くと森林の中の開けた場所に出る。


 すると、


 「うおおー! すっげー!」

 「わあ……!」


 そこには、清流と言うべき綺麗な“泉”や、寝床であろう入口が大きな“洞窟”。

 木々は、生えているが密集しておらず、足元は不思議と森より暖かい。


 今まで見てきた場所より、さらに優しい黄緑色をした美しい住処が広がっていた。


 その景色は、まさに秘境。


 そして、気になるのはその泉。


「あれは……魔力が吹き出しているのか?」


『さすがよの。普段目の見えない形で空気中を浮遊する魔力。それが、濃すぎる密度を持って見える形となっておるのだ』


「すっげえ!」


 黄緑や水色、目に優しい幻想的な色を持った魔力が、まるで噴水のように湧き上がっている。


 俺はもちろん大興奮。

 だが、それ以上の反応を見せたのは意外にもリーシャの方だった。


「え……えっ!?」


 その声に反応して振り返ると、リーシャがぺたぺたと自分の頬を触っている。


「どうしたんだ?」


「す、すごいっ! すごいよルシオ! 肌がつるっつるなの!」


「えぇ?」


 そんなことある? と疑問に思いながらも、自分の肌の感触を確かめる。


「ええ! まじじゃん!」


 頬だけでなく、腕から足、装備で隠れているはずの太ももや上半身なんかも本当につるっつる!

 まるでサロンに行った後みたいだ!


『お主なら知っておろうが、生命はみな、魔力をみなもとに出来ておる。つまり、この濃厚な魔力の泉が、お主らを潤しておるんだな。病気や怪我なんかもすぐに治るぞ』


「すっげー!」

「すごい!」


 今まで、フェンリルに怯えて若干無言気味だったリーシャも、ここにきてようやく口を開き始めた。

 それもかなり嬉しそうに。


 リーシャも美容には気を使っていたし、これには俺よりも興奮してるな。

 そんな彼女を見てると、俺まで嬉しい。


 だが、目に入った時から気になっていたことがまだある。


「あれってもしかして……果物?」


 少し遠くに見える、新鮮な実がなった木々。

 ここまでくる間は見なかったけど、見る先にはかなりの実がなっている。


『そうだ。この泉からの濃厚な魔力を存分に吸った果物でな。あれらが我の主食だ。他には野菜なんかもあるぞ』


「まじかよ!」


 フェンリルから「果物」とか「野菜」という単語が出てくるのも中々面白いが、あるものは仕方がないだろう。

 

「美味しいの?」


『ああ、自信を持って言える。食べてみるか?』


 そんな自信満々なのか。

 濃厚な魔力を吸った果物や野菜か……。


「どう?」


「私は食べてみたい」


 隣のリーシャがそう言うので、ここは頂くことにしよう。


「じゃあ頼むよ」


『うむ』


 俺たちの返事を聞くと、フェンリルはしゅばっとその場から消えた。

 と思えば、次の瞬間には遠くに見える果物の木にいた。


 そして驚いたのもつかの間、


『持ってきたぞ』


「「はっや~」」


 五十メートルぐらいはありそうだけど、あっちまで行って収穫、そして帰ってくるのに要したのは約二秒。


 とんでもないスピードだ。


『食べてみよ』


「おお……」

「なにこれ……」


 そうして目の前に置かれたのは、なんとも瑞々みずみずしい果物と野菜。


 見た目は若干違うが、果物はいちご、ぶどう、桃……と思わしき物々。

 野菜はトマト、トウモロコシ、枝豆などだ。


 どうやら今直接食べられそうな物を選んでくれたらしく、あちらには他にもいくつか種類がある。


 では早速……がぶりっ!


「「!」」


 リーシャと同じタイミングで大きく一口いってみる。

 次の瞬間には、俺たちは互いに顔を見合わせた。


「「うまー!」」


 そしてハモる。


 え、なにこれ、感動なんだけど!


 グロウリアという大国でも、こんな美味しい物はなかったぞ!

 それも、素材のまんまで!


「どうなっているんだ……?」


『言ったであろう?』


「うん、ここまでとは思わなかった」


 俺も日本出身ということもあり、食にはそれなりに気を使っていたつもりだ。

 グロウリアの飯もかなり美味しいはずなんだけど、これは別格。


 もう同じ野菜や果物とは思えない。

 ポテンシャルそのものが違う。


 それほどに、甘さや味が色濃く出ている。


 そうして、フェンリルが少し恥ずかしそうにしながら聞いてくる。


『その……この場所、気に入ってもらえたか?』


「「うん!」」


 俺たちは口を揃えて答えた。


 先程の美容といい、この食べ物といい、リーシャも満足そうで本当に良かった。


 となれば、最後にもう一つ。


「リーシャも、モフらせてもらえば?」


「モフ……」


 警戒心は薄れてきたのか、リーシャは真っ直ぐな目でフェンリルを見つめ、フェンリルもまたそれに応える。

 


『……うずうず』


「……」


 フェンリルも撫でてもらうのも待っている様子であり、リーシャ徐々に手を近づけていく。


 そして。


 モフッ。


「!」


『……クゥン』


「……気持ち良い」


 手を触れてからの彼女は、早かった。


 これは、ちたな。

 

「気持ち良い!」


 モフモフモフモフ……。

 

 リーシャは初めてのモフモフに衝撃を受けたようだ。


「すごい! 何これ! これがモフモフ!」


 リーシャの手は止まらず、撫でられているフェンリルも気持ちよさそうだ。

 リーシャは、そのモフモフを全身で堪能しようと、すでに体をぴったりとくっつけている。


『ウォォ~ン』


 二人のやり取りは、しばらく続いた。





『こほん。では寝床を案内しよう。特に作ってあるわけではないが、場所は広いからな。好きに使ってくれ』


「ありがとう」


 これで、今日帰る予定はなくなった。


 サタエル王にはあらかじめそう伝えていたし、もし俺が帰ってこなくても、一切責任を負わせないための書類も残してきてある。


 心配はかけるかもしれないが、帰るのも難しい距離だし、ここは泊まらせてもらうとしよう。


 ようやく、俺の腕の見せ所でもあるしな。


「ふっふっふ……」


「?」

『?』


 俺の不敵な笑みに、リーシャとフェンリルは不思議そうな顔を浮かばせていた。

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