第6話 魔獣が恐れられる世界でモフモフを堪能する

 「リーシャ、大丈夫だよ」


「……え?」


 リーシャは閉じていた目を開け、信じられないというような言葉をこぼす。

 まあ、そうだろうな。


 なんたって、


「ははっ、なんだよこいつ~」

 

 目の前で俺と、伝説の神獣フェンリルがたわむれてるのだから。

 正確には、フェンリルは俺の顔や体をペロペロ、俺はフェンリルの腹辺りをさすさすしている。


「どういう……こと?」


 そんな俺たちに対して、リーシャは呆然としてしまっている。


 でも……うん。


 ミシミシ……。


 『強化魔法』を最大限にかけていなかったら、今頃全身の骨が粉々だったかな。 





「このこの~」


『ウォンッ!』


「……」


 俺とフェンリルがじゃれ合うのを、距離が開いたところに座って見守るリーシャ。

 まあ、怖いのも無理はないか。


 魔獣の中でも最上級、「神獣」と称される伝説上の生き物フェンリルが……


『ルシオ、我をもっと撫でるのだ』


「ははっ、見た目の割に甘えん坊だなあ」


 まさか、こんな甘えん坊だとは思わないだろうし。

 しかも言葉を話せるみたい。


 こいつが、俺たちを見た時にぼそぼそと呟いていた言葉は、『ニンゲン』だった。

 それに、宿す魔力の流れから、俺たちを襲う気が無いのも序盤で気づいた。


 リーシャの心臓には悪かったかもしれないが、俺は確信を持って近づいたのだ。


『クゥ~ン』

 

 フェンリルがすーっと下ろしてきた頭部分を、俺も楽しみながら撫でてやる。


「ああ……モフモフ」


 やばい、癖になりそう。

 そういえば、俺も猫ちゃんや犬ちゃんをモフモフしていたなあ。


 実に懐かしい感覚だ。


 この世界には、人が住む場所には人しかいない。

 食用や家畜用の魔獣を除けば、だけど。


 それは、人以外はどんなに小さな生き物であろうと、みな等しく魔獣だからだ。

 そして、魔獣に対しては討伐する、もしくは食すという選択肢しかない。


 つまり「ペット」や「愛玩動物」という概念は存在しないのだ。

 食用や家畜用の魔獣を愛でろと言われても、それは中々難しい。


 そんな俺は、前世ぶりにモフモフと出会い、癒されていた。


「あ~、モフモフモフ~」


 すっかり恐怖心が消えていた俺は、フェンリルの体の上で寝転がり、目一杯それを堪能たんのうする。


「も、もふもふ……?」


 対して、リーシャは不思議そうな顔をする。

 ペットの概念がないので、当然「モフモフ」の概念も存在しないからね。


 あまりにも目につかないので思い出すことがなかったが、本来モフモフは至高、人生の癒しなのだ。


 長らく忘れていたよ。


「よし」


 いつまでもこうしていたいが、聞きたいことも山ほどある。

 後でまたモフらせていただくとして、今はこの状況の聞き出しからだ。


「ねえ、君はどこから来たの? 名前は?」


『我はここよりさらに奥へ行った先、住処としている場所に身を置いている。名前はない。我はフェンリルには変わりないからな』


 なるほど、やはりこの魔の大森林にんでいるのか。

 フェンリルもそう何匹もいるものじゃないだろうし、名前はないと。

 

 ふむふむ。


「じゃあ、どうして俺のところに? 結構遠くから一直線に来ていたよね」


『ほう、我をそんな遠くから探知していたのか。ニンゲンにもそんなことが出来る者がいるとはな』


「そ、そりゃどうも」


 いきなりのお褒めの言葉に少々照れるが、質問に答えてもらっていない。


「俺を探して来たんだよね? やっぱり、異物だと思ったから?」


『コホン。そ、それなのだが……』


「?」


 たった今までその威厳を保っていたフェンリルは、急に歯切れが悪くなる。

 何か言いにくいことでもあるのか?


 でも、俺もタダでは食い下がらないぞ。

 今は何よりも情報が欲しいのだ。


「そっかー、そうだよな〜。所詮、俺たちは出会ったばかり。撫でるのも迷惑そうだし、これ以上は出来ないな〜」


『なっ!? そんなことは!』


「ないって言うの? 俺の所に来た理由も教えられない関係だって言うのに?」


『ぐっ、それは……』


 どうやらフェンリルは、揺らいでいるようだ。

 よしよし、これならあと一息だ。


 俺の言葉は、もちろん本心ではない。

 情報を聞き出すための、ちょっとした悪戯いたずらだ。


「……はあ」


 何やってのんよ、という顔でリーシャがこちらを見るが、もう少し待ってろって。

 俺がなんとしても聞き出してやるから。


『ぐっ……分かった。では話そう。実は、お主の魔力が問題なのだ……』


「俺の魔力が?」


 まだ歯切れは悪いが、口を開き始めた。


 まあ何を言われようとも、多分驚きはしない。

 なんたって俺は、理論大好き、天才魔法使いだからな。


『お主の魔力が……』


「うんうん、俺の魔力が?」


『我を……我をあまりにも魅了する匂いを放っておるのだー!』


「「……」」


 リーシャと顔を見合わせ、今聞いた言葉を徐々に頭に入れる。

 声を上げたのは、全く同じタイミングだった。


「「えええええ!?」」

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