第23話 大人の魅力を持ったお姉さんハイエルフ

 「久しいわね、フェンリルちゃん」


『これは『エルフィオ』殿。久しぶりよの』


 お、フクマロが知り合いっぽい。

 てことは、この人がエルフの里長、エルフィオさんか。

 

 見た目はスフィルより大人びているが、全く衰えてはいない金髪のエルフ。

 ボンッキュッボンのスタイルは健在で、なんとも美しい女性。


 スフィルと違うのは、うっとりと相手を眺めるような目と、布から大きくはみ出した足を組む大胆な姿勢。

 例えるなら、男子高校生が妄想する保健室の先生といったところか。


 まさにお姉さん。

 まさに大人の魅力……!


 不思議と、里で見かけたエルフにはスフィルのような半透明の羽は生えていなかったが、エルフィオさんには生えている。


 もしかすると、ハイエルフには羽が生えるのかもしれない。


「それでスフィルちゃん。その方たちは」


「はい。フェンリルさんと一緒にいた人間の方々です。特にこちらの方は魔力に精通していますので、何か分かるのではないかと」


「そ」


 そう言うとエルフィオさんは、すっと立ち上がり、すーっとこちらに来る。

 歩くというより、移動しているという感じ。


 その証拠に、若干地面から浮いている様にも見える。


 って、


「エ、エルフィオさん!?」


「ちょっと!?」


 リーシャが上げた声にも一切躊躇ちゅうちょせずに、彼女はぐっと顔を近づけてきた。

 それはもうキスしちゃいそうなぐらいに。


 森を体現したようなふんわりとした香りが、ほんのり伝わってきてドキドキする。


「ふーん。ふんふん。へえ」


「あ、あの……?」

 

 エルフィオさんは俺をじーっくりと観察した後、すっと離れた。


「君、名前は?」


「ル、ルシオです」


「ふーん、ルシオちゃん。あなた、良いものを持ってるわね」


「へ?」


 何の話をしているんだ?


「少しで良いわ。解放かいほうしてみてちょうだい」


「解放……あ、なるほど。ですが、結構刺激的かもしれませんよ?」


「良いわ」


 解放、という単語で“良いもの”の意味が分かった。

 これは良い香りがするという、俺の魔力の話だ。


 フクマロの時のようになってはいけないと思い、魔力を全力で抑えて隠していたが、この人の前では無意味だったか。


「では、いきますよ」


 俺は少し、抑えていた魔力を表に出した。


「──! これは!」

「ルシオさん!」

『ぐっ!』


 あ、まずい。


「もう大丈夫よ!」


「は、はい!」


「……はあ、はあ。中々に、刺激的ね」


「そ、それはどうも……」


 一瞬の出来事だったが、エルフィオさん・スフィル共に頭をくらっとさせ、俺の魔力の香りに浸っている様だった。

 フクマロなんかは目の焦点が合わず、段々上を向いてしまっていた。


 あのまま解放していったらどうなっていただろう、なんて冗談は置いといて。

 なんか、フクマロの時よりも効果が強くなってないか……?


 これからはより一層、気を付けていかなければ。


「スフィルちゃんも、これにやられたのね」


「は、はい……」


 スフィルが顔を真っ赤にした。

 うーん、これは喜んでいいものなのだろうか……?


 そんなやり取りの中で、さっとエルフィオさんは切り替え、続いてリーシャに向き直った。


「あなたの名前は?」


「私はリーシャです」


「そ、リーシャちゃん。可愛らしくてぴったりな名前ね」


「い、いえ……」


 エルフィオさんが俺に近づいてきた時には声を上げたリーシャだが、どうやらエルフィオさんに呑まれているよう。


 それほどに、何か神聖さと大人の魅力を思わせる雰囲気がある女性だ。


「刺激的なこともあったけど、見たところ悪い人たちではなさそうね。人間を見たのは初めてだけど、安心したわ」


「そうですか……」


 とにもかくにも、敵対はしなさそうなので良かった。


「では話をしましょう。そこに腰かけてちょうだい」


「はい」


 俺とリーシャは椅子に、すでに小さくなっていたフクマロは床に座った。


 そして、


「出てらっしゃい」


 エルフィオさんが後方に向かって声を出したかと思うと、


『はい! 師匠!』


「あ、君は!」


『こんにちは! 二日と一時間ぶりですね!』


 相変わらずちょっと賢そうな一言で現れたのは、


「モグりんじゃない!」


 俺たちに料理を提供してくれた、あのリスちゃんだった。

 それに今、エルフィオさんの事を……


「モグりんの師匠って、エルフィオさんだったのか」


『そうです!』


 「料理」の単語を聞いた時からまさかとは思っていたが、やはりそうだったか。

 里内で流行っているのも、何か関係があるのだろうか。





 久しぶりの再会に少しわいわいし、皆が落ち着いてから話が始まる。

 

 最初に口を開いたのは、スフィル。


「わたしから話をしましょう。実は、わたしがハイエルフになったのはつい最近のことなんです。そして、その要因を考えたのですが……」


「うん」


「わたしは、里長に料理を習う上で、魔力操作が出来るようになったのです。モグりんが使うような力です」


 あー、あれか。

 俺もリーシャも修行中の、野菜を変える操作の事だな。


「そしてそれは、精霊の力を借りるのではなく、自らの力で魔力を操作しました。すると、光が私を包んでハイエルフになったのです」


「そんなことが!?」


 分からん。

 分からなすぎる、この森に生きる種族。


「皆さんお気付きかもしれませんが、この里でわたしと里長にだけ生えている、半透明の羽がハイエルフの証拠なのです」


 やはりそうだったか。

 どう見ても神聖で、上位種を思わせる綺麗な羽だったからな。


「それで、料理が大流行したと」


「そうなんです」

 

 あくまで魔力操作じゃなくて、料理なんだな。

 まあ、他の里につっこむことはしないが。


「それで食料危機になっていちゃ、しょうがないんだけどねぇ」


 エルフィオさんも、少し恥ずかしそうに答えた。

 料理についてもだが、やはり気になるのはもう一つの理由。


「あの、収穫量自体が減っているというのは?」


「そうね。私たちは、“神秘の光”より恵まれる物を食料としているの」


「それって、エルフが生まれるという“神秘の光”と同じものですか?」


「スフィルちゃんに聞いたのね。そ、この里の最奥には『神秘の樹』があるのよ。それは二つの神秘の光に分かれていて、エルフと食料はそれぞれ違う方から生まれるわ」


「なるほど。それで、食料を恵んでくれる方の光からの供給が少なくなったと」


「ええ、理解が早くて助かるわ」


 エルフ自体を生み出す光に、そのエルフの食料を生み出す光。

 その両方を恵んでくれる『神秘の樹』とは、一体どれほどの……。


「事情は分かりました。それでは、案内してもらうことは出来ますか」


「ええ、もちろん。ぜひ調査をお願いするわ」


 そうして俺たちは、エルフィオさんとスフィルに続いて、エルフィオさんの家を奥へと進んでいった。

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