第19話 ムフフな展開?

 「はあ~、今日は楽しかった」


「うん、俺も大満足」


 テントの下、俺たちは向かい合って寝袋にくるまる。


 夜の森は暗く、俺たちもそれなりに疲れたしな。


 なぜテントが一つなのか、だって?

 この状況で二つ持ってくるわけがないだろう!


 リーシャと同じテントに入れるんだぞ!


 とまあ冗談は置いといて(冗談じゃないけど)、


「星空、綺麗だな」


「そうね」


 寝転がったまま、テントの入口から覗かせる夜の星空に視線を向ける。

 湖の方を向いているので、木々がなくて見通しが良い。


「はああ~」


 森の中でキャンプなんて、完全に満喫しているなあ。

 

 フクマロの嗅覚を持ってすれば、木々や障害物に当たることもなく容易に帰れると提案されたが、もちろん断った。


 そんなの、「終電逃しちゃったね」っていう雰囲気で「タクシーで帰ろう」と言っちゃう男ぐらい空気が読めていない。


 というわけで、キャンプなのだ。


「私も今日のぬしを見て、男のロマンがちょっと分かったよ」


「お、そう? それは良かった」


「ふふっ。でも、ちょっとよ」


「その内、もっと分からせてやるよ」


「……」


「……」


 一秒ほど時間が流れ、ふと冷静になる。


 あれ?

 今、俺変な事言わなかった?


 「分からせる」って、何!?


 何気なく口走ってしまったが、わからせるって……わからせるってこと!?

 なんか、夜のそういう言葉に捉えられてない!?


「……」


 ほら、リーシャ無言になっちゃったし!


 ダメだ、真っ直ぐ顔が見れない!


「ねえ」


「はいっ!」


 リーシャに呼ばれて、背けていた体がびくっとさせる。

 恐る恐るちらっと顔だけ動かすと、目線が合った。


「握っていい?」


「!?」


 え、リーシャさん!?

 一体何を……。


 けど、意味はすぐに分かった。

 リーシャの左手がひょいひょいと泳いでいるのだ。


「良いよ」


 男ならではの妄想のせいで内心はバクバクだが、俺はすっと右手を差し出した。


「あったかいね」


「リーシャは冷たいな」


「冷え性なの」


 俺の手を握ると、安心したのかリーシャは自然にうとうとし始める。


「寝る?」


「……じゃあ、うん。そうしようかな」


 普段は聞けなさそうな甘い声の返事を聞き、俺は吊り下げていたランタンの光魔法を消す。


 一つテントの下で、年頃の男女が二人。

 ずっと支え合って来て、ついには誰も人がいない森で暮らし始めた二人。


 そうなれば当然……


「すー、すー」


 ムフフな展開、あると思っていた時期が僕にもありました。

 ま、冗談だけどね。


「……ちょっとぐらい」


「え?」


 何か聞こえたかな?

 ぼそぼそっと、リーシャが呟いた気がしたけど。


「すー、すー」


 いや、気のせいか。

 寝息たててるし。

 

 さて、それなら俺も寝るとしよう。


「……ばか」


 今度は気のせいじゃないかもと思ったが、目を閉じた俺が聞き返す元気は、すでになかった。 







「……ん」


 頬に何か柔らかい感触があった気がして、すでに浅かった眠りから目を覚ます。

 半開きの目には、隙間からの日の光が当たっていた。


「……ん?」


 と思ったら、視界の上部には、女の子座りでこちらを真っ赤な顔で見ているリーシャがいた。


「お、起きたんだ! お、おは、よう……」


「今起きたよ。おはよ」


「良かった……」


 なんだかリーシャが焦っている気がするが、まだ頭がぼーっとする。


「もう少し、寝る?」


「んー。じゃあ、そうしようかな」


 とは言いつつ、実はもうほとんど目は覚めている。

 体内の魔力の循環を早くすれば、脳の働きも活性化させることが出来るからな。


「……」


 だが、目の前に“それ”はあった。

 今なら、眠いふりをして許されるんじゃないかと思う。


「“そこ”で、寝ていい?」


「そこって……え?」


 俺の細めた視線の先を察して、リーシャは若干うろたえる。

 やっぱり無理か、と起き上がろうとしたのもつかの間、


「い、いい、よ……?」


「……良いのか」


「うん……」


 冗談半分で言ったのだが、まさかの返答に混乱しながら、そーっと体全体をリーシャに向かって動かしていく。


 そして、時は来た。


 すとっ。


 位置を確認して頭を置いた時、衝撃という名の革命は起きた。


 これが、これが膝枕か……!


 柔らかすぎず、固すぎず。

 人肌にしか出せないであろう、このひんやりと気持ちの良い温度感。

 露出された太ももに、頬をぷにぷにさせれば、他では味わえない高揚感。


 なんって素晴らしいんだ!


「んー……」


「ひゃっ!」


 この際調子に乗ってしまえと思った俺は、そのまま顔をリーシャ側に向けた。

 

 するとどうだろう。


 リーシャの柔らかくて少し甘い、いかにも“女の子”という匂いが鼻を通っていく。

 顔の向きを変えただけで、幸福度が段違いだ。


 彼女とは家もお風呂も変わらないはず。

 なのに、どうしてリーシャはリーシャの匂いがするのだろう。

 

 そんな疑問を確かめるため、我々はアマゾンの奥地へと──


「むぐっ」


「……完全に起きてるでしょ」


 リーシャ側にさらに近づこうとすると、顔を抑えられた。

 さすがに調子に乗り過ぎたようだ。





「もう、お調子者なんだから」


「言い訳もございません」


 湖で顔を洗い、フクマロも混ざってテントの外で朝食をとっている。


 朝食はなんと、焼き魚なのだ。

 しかも、これがまた美味いんだ!


『やはり、ルシオの仮説は本当かもしれないな』


「あー、美味しさは魔力の濃さが関係してるかもって話?」


『そうだ』


 昨日の時点で、それは俺も思っていた。

 だって、明らかに美味すぎるんだもん。


 美食の大地であった日本の味覚はすでに忘れてしまったが、多分負けてない。

 それほどに、ただ焼いただけの魚が美味しいのだ。


 さらに、俺の長年の研究の末に開発した「塩」をふればもう完璧だよね。


「本当に美味しい! ルシオの“しお”もだし、魚がもう……!」


 リーシャも大満足らしい。

 良かった良かった。


「はあ~あ。さすがに毎日ってわけにはいかないけど、せめて何日かに一回は食べられたらね」


 一応、主や他の魚は収納魔法にストックしたが、消費すれば当然なくなる。


 その時は、またここに来れば良いだけの話なのだが、やっぱり時間がかかり過ぎるんだよね。


 こんな時、すぐにでもここに来られたら……


「って、待てよ」


 俺の実験段階の未知の魔法。

 理論は整ったものの、完成されることはなかったあの魔法を使えば……


「移動することなく、ここに来られるかもしれない」


「え!」


『なんと!』


 俺の独り言に、二人は驚いた反応を示した。

 そしてリーシャは、何かを悟ったように聞き返してくる。


「ねえ、ルシオ。まさか、あなたの言うそれって……」


「ああ、そのまさかだよ。伝説上の魔法、『転移魔法』さ!」

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