第18話 最高に美味しそうな湖の主!

 「うわああ!」

『のわああ!』


 簡易船が下から高く打ち上げられ、船もろとも俺たちは宙を舞う。 

 フクマロが一番小さなサイズだったこともあり、軽かったみたいだ。


 って、そんなこよりも!

 『風魔法』、『土魔法』!


「ほっ」

『ぐっ!』


 風魔法で落下の勢いを軽減、土魔法で湖の上に着地できる場所を作り出した。

 それでも、危機が去ったわけではない。


「なんなんだあいつ!」


『言ったであろう、主だ! 滅多に姿を現さないはずなのだが……はっ』


 フクマロは何かに気づいたように、こちらを見た。


『ルシオの魔力に惹かれてきたのかもしれぬ』


「それかあああ」


 今のフクマロには俺の魔力を感知できない様、『阻害魔法』をかけている。

 イチイチべったりとくっつかれてると、キリがないからね。


 そのため、俺が“魔獣に好かれる魔力”を持っていることをすっかり忘れていた。


 まったく、嬉しいのやら嬉しくないのやら。


『来るぞ!』


「フクマロは元のサイズに戻ってくれ! 足場を広げる!」


『承知!』


 俺が土魔法で足場を広げるのに合わせてくれるように、フクマロも巨大化していき五メートルほどの本来の姿になる。


 主は……一旦潜ったが、また上がってきてる!


 俺は目を大きく見開いて、目の周りに魔力を集中させた。

 一時的な視力のドーピングだ。


 ほんの少しでも量を誤れば目にダメージを受けるが、俺にとって調整は朝飯前。


「視えた!」


 湖の主は、若干青みがかった銀色の体で、全長はフクマロと同等の巨大な魚。

 フグのようにふっくらしており、口や目が大きくて少しブサイク。


 だがあれは……どうみても脂がのっている。

 前世で例えるなら、まさに超巨大マグロだ!


 収納魔法には、生きた生物をそのまま収めることは出来ない。


 俺も何度も試したが、大小関係なく弾かれてしまうのだ。

 前世で言う「アイテムボックス」とか「ストレージ」という感覚なのだろうか。


 つまり、あれを収納するには倒すしかない。


「フクマロ! 風を操る力で、あいつを舞い上がらせることは出来るか!」


 昨日、フクマロがサイズを変えた時に言っていた、フェンリルの能力のことだ。


容易たやすい!』


「よし、じゃあ頼む! 俺はあれを食べるぞ!」


『我も食べたいぞ!』


 あれだけの大きさなら、俺の風魔法だけでは不十分かもしれない。

 多種類の魔法を使えると言っても、生活的な魔法が専門なんでね! 


 ここはフクマロに任せて、俺は次の一手の準備をする!


「きた!」


 もはや釣り竿に関係なく、俺の方に向かってきているように見える。

 まったく、好かれちまう男は困るぜ。


「今だ!」


『ワオォォォン!』


「──! うわあっ!」


 フクマロが遠吠えを上げた瞬間、水中から起こった吹き荒れた暴風は、湖の主や俺たちの足場ごと宙に舞い上がらせた。


「フクマロ、強すぎだー!」 


『すまぬー!』


 だが、舞い上がった標的は目の前。

 よくやったと言うべきか!


「はっ!」


 俺は、空中で湖の主の頭に手を付け、主の魔力の総量を正確に感じ取った。

 大体予想通りか……ならば!


 考えていた量の魔力を、一気に流し込む。

 さらには魔力を針の様に形を整え、もはや“鋭利なピック”となった魔力の塊。


 つまり、マグロの神経めだ!


 ピシィィィィン!


「よし!」


『なんと! 湖の主が動かなくなったぞ!』


 ざっぱああああん!


 宙で動かなくなった湖の主は、そのまま湖に落下。

 沈みかけるところを、土魔法で地面で作ってやり、地上に引き上げる。


 完璧に調整された魔力量で、主は一瞬も苦しむことは無い。

 少し残酷かもしれないが、これも、より美味しく命を頂くためだ。


 感謝していただくとしよう。


「ふうー、なんとかなったな」


『ルシオには毎回驚かされるな』


「そりゃどうも」


 俺たちは、無事に主を捕獲したのだった。



 


 辺りはすっかり暗くなり、魔法で付けた火を囲う。


 俺たちの目の前、大皿に広げられたのは、調理された様々な種類の魚。

 そして……刺身になった湖の主だ!


 湖の主は見た目通り、中身は最高に色の良いマグロのようになっていたのだ。


 さらには、マグロのようにしっかりと部位的なものも存在しており、大トロ、中トロ、赤身など、それはそれは良い色の身を持っていた。


「「いただきます」」


『イ、イタダキマス』


 俺とリーシャを真似て、フクマロもぎこちないながら口にする。

 ありがたく感謝を込めたところで、早速一口!


「──!」


 こ、これは……


「うめえー!!」


 いきなりぺろりといったのは、もちろん湖の主。

 俺は大トロからだ!


 一度むだけで伝わってくるこの身、この脂!

 とろけるような脂と甘み、まさに超本格マグロそのものだ!


 リーシャのちょこっと味付けも相まって、完璧な仕上がり!


「……! んん~! 何これ、すごく美味しい!」


 俺に続いて湖の主を口に入れたリーシャも、大満足な顔をした。


 彼女には最初は中トロをおすすめしてみた。

 ほどよく脂がのった中トロは旨味を一番感じられる、と個人的には思うからな。


 前世では血抜き? とかいう難しい工程が必要だったが、湖の主を切っても血は流れることなく、体内にはただ綺麗な魔力が循環しているだけだった。


 その上、ふんだんに脂がのった身はしっかりと宿しており、魔力で強化された鋭利な包丁で簡単にさばくことができたのだ。


 それでも、三人で食べるにはあまりにも多すぎる量だったので、残りは収納魔法で収納したまま持ち帰る事にする。


 収納魔法の空間内は腐ることも悪くなることもないので、本当に便利だ。


「フクマロ、お前もいってみ?」


『う、うむ……』


 フクマロは刺身の姿は見たことがないそうで、躊躇ちゅうちょ気味だったが、


『……! なんだこれは! こんなに美味しいのは初めてだ!』


「だろー?」


 すごく喜んでくれた。


 フクマロがいなければ、あそこまでスムーズには進まなかったろうからな。

 フクマロの口にも合って良かった。


「一時はどうなるかと思って見てたけど、これが食べれて幸せだわ。ありがとうね、二人とも!」


「!」


 リーシャのとびっきりの笑顔……すごく可愛い。

 頑張った甲斐があったよ。


「来て良かったな」


 自然とそんな言葉がこぼれる。

 ただそれは、二人も同じだったようで、


「ええ、本当に」


『我もそう思うぞ』


「いやいや、フクマロは最初嫌がってたじゃん。水が怖いよ~、とか言ってさ」


『そこまでは言っておらぬぞ!』


「「あっはっはっは!」」


 そうして森林の中の湖という大自然で団欒だんらんをしながら、至福の夕食を味わった。


 湖の主という思いがけない魚もいたが、念願だった魚、それも最高に美味しいものが手に入り、大満足の夕飯となった!

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