第17話 し、神獣様……?

 途中、リーシャの事も考えて何度か休みを取りながら、森を駆け抜けてきた。

 おそらくだが、フクマロの言った通りかかった時間は六時間ぐらいだと思う。


 帰ったら時計も作っておこう、なんて考えながら、ついにその場所に着いた。


『ここだ』


「うおおー!」

「すごい景色!」


 森の木々から開かれた視界の先には、一面に広がる湖の姿があった。

 とお~くにはまだ森が広がっているのが見えるので、海ではなく湖。


 本当、森ってどこまで続いているんだろうな。

 

 現在の世界地図では、森への調査がされていないため、「魔の大森林」は南端に小さく書かれているのみ。

 大陸は、南へはしぼむように小さくなっていると言われているからだ。


 でも、若干過ごしてみて分かるが、下手したら森はこの大陸クラスに広がっているのでは、と思ってしまう程に広そうだ。


 フクマロがそれなりのスピードで駆けて六時間、やっと辿り着くのが最寄りの湖、という事実がそう示している。


 まあ、そんなことは後にして、今はとにかく魚をる!


「見て、ルシオ! 魚がいっぱいいるよ!」


「本当だ! 水が綺麗で透き通って見えるんだな」


 深さはかなりありそうなので底は見えないが、魚が気持ちよさそうに泳いでいるのは確認できる。


 じゃあ早速!


「釣るぞ!」


 俺は意気いき揚々ようようと、収納魔法から自前の釣りセットを取り出した。


 しかし、


「……」


 リーシャの反応が良くない。


「え、どうしたの?」


「ルシオの魔法なら、簡単に獲れるんじゃないの」


「え? そ、そりゃあ……」


 正直獲れる。

 それも、すごく簡単に。


 テキトーにこの辺に魚をおびき寄せて、風魔法で一気に宙へ、それをまとめて氷魔法で冷凍して収納すれば、はい終わり。


 けど、


「それじゃおもむきがなくない!?」


「えー、何が趣よ。私は食べられたらそれで良い」


「男のロマンを分かっていないな」


「私、女だもん」


 ぐっ、それを言われちゃ言い返しようがない。

 ならばこうしよう。


「リーシャ。料理セットは持ってきた?」


「うん。持ってきたけど」


 俺の収納魔法が付与されたバックから、リーシャが簡易調理セットを取り出す。


「よし、じゃあ何匹かさっと取ってくるから、リーシャは調理をしてて良いよ。食べてても良いから」


「そう。そういうことなら……」


 これで解決。

 リーシャは趣味の料理をして、俺は趣味の釣りにいそしむ。


 やっぱり俺は、自分で釣った魚を食べてみたいと思うんだよね!

 

「いこうか、フクマロ!」


『……』


「え、フクマロ?」


 なんだ、フクマロの様子がおかしい。

 ここに着いてから妙に静かだなーと思っていたが、フクマロが何やら小刻みに震えている。


「どうした?」


『な、なんでもないわっ!』


「んー?」


 明らかになんでもあるぞ。


 ここにきてこの態度……いや、思えば最初からそこまでノリ気ではなかったな。

 最初は「魚が獲れる場所なんてない」って言ってたぐらいだし。


 などと考えていると、ぴーんときた。


 ……いやでも、神獣だぞ?

 そんなことあるかな、と思いつつも俺は聞いてみる。


「フクマロ……もしかして湖が怖いのか?」


『ぎくっ』


 ビンゴなのかよ。

 

「温泉は大丈夫なのに?」


『う、うむ。無理というわけでは決してないが、昔少し怖い思いをしてな……』


 おー、おー、神獣フェンリルさんよ。

 なんだか知れば知るほどに、威厳がなくなっていくのは気のせいかな。


「ははっ、可愛いじゃないか!」


『……ぶるぶる』


 よっぽど恐怖心があるらしい。


 まあ、このままおびえて見てるだけというのも可哀そうだし、ここまで連れて来てもらったんだ。

 俺も手を貸そう。


「フクマロ、俺に体を預けてくれ」


『……? ……ぶるぶる』


 フクマロの体にそっと触れ、魔法を付与する。

 俺の魔力が巡り、フクマロの体の表面にシャボン球のような膜が張られる。


『これは……?』


「『水除けの魔法』だよ。本来は、傘を差さずに雨に当たらないように出来ないかなーって、考えた魔法だったけど」


『本当に、そんなことが?』


「ああ、本当だよ。論より証拠。水に入ってみな」


『いや、しかし……』


 それでも、フクマロは恐怖心が勝つようだ。

 となれば、荒療治だ。


「ほらほら、どーん!」


『ワォーン!』


 俺はフクマロを思いっきり蹴ってやった。

 フクマロは勢いのまま湖に飛び込む。


『ハッ、ハッ、ハッ!』


 恐怖心からか、すっごく焦った顔で一生懸命犬かきをするが……


「あっはっはっは! 何やってんだよフクマロ! 周りを見てみろって!」


『……ハ?』


 水は全く飛沫しぶきを上げていない。

 フクマロの体を沿うように張られた薄い膜が、水を弾いているのだ。


「あはははっ! 可愛い~!」


 後ろで見守っていたリーシャも、腹を抱えて笑っていた。


 リーシャもこの魔法を知っているからな。

 どうなるか予想できたのだろう。


 フクマロは顔を赤らめる。


「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」


『……う、うむ。本当、みたいだな』


「ははっ、だろ?」


 どうやら俺の魔法を信頼して落ち着いたみたい。


 そしてフクマロを見ていたら、なんだか俺も入りたくなってきた。

 釣りはするにしても、一旦水遊びを堪能たんのうしよう!


 俺はあのひんやりとした感覚も味わいたいので、顔回りや装備にだけ『水除けの魔法』を付与する。


「とりゃ!」


 足から湖に飛び込むと、ばしゃん! っと飛沫を上がる。


 ちょっと冷たくて、気持ちいい~!


「そういうことなら、私もちょっとだけ入ろうかな」


「お、来るか? リーシャ」


「うん、魔法よろしく! 私もルシオで同じ場所でいいよ」


 水際でリーシャの足部分に触れ、リーシャに水除けの魔法を巡らせる。


「ほっ!」


 リーシャも、勢いよく湖に飛び込む。

 『水除けの魔法』は、衣服が濡れることもなくそのまま水に入れるのが良い点だね!


 ずーっと内陸の地上を旅してきたからな。

 久しぶりに湖に入りたくなったのだろう。


『水とは、こんなに楽しいものなのだな!』


「フクマロは全然浸かってないけどな……」


「あははっ!」





 それから三十分ほど、湖を潜ったり水を掛け合ったりして遊んだ。

 

 リーシャが湖から上がると言ったタイミングで、俺たちは釣りに移行。

 十分楽しんだので、俺の腕の見せ所だな。


「じゃあ頑張ってね~」


「任せときな」

『うむ、我も釣るぞ』


 リーシャは俺が獲った魚を調理しながら、俺たちの様子を眺めている。


 木製の簡易船から魔法で補強した釣り竿を手に、釣り糸を垂らす。

 すっかり水への恐怖はなくなったのか、フクマロも釣りに参戦している。

 

『知っておるか? ルシオよ』


「なにが?」


 フクマロの話の途中で、俺の探知範囲にぴくんと引っ掛かるものがある。

 それなりの魔力量を持ったが、こちらに向かっているようだ。


『この湖には、主が存在するのだ』


「主?」


 は簡易船に真っ直ぐに向かってくる。


 まさか……。


「おい、そのってこれのことじゃないよな……?」


『これ、とは?』


 俺が湖の深くを指差すと、フクマロは目を見開いた。


『こやつだー!』


「ええええ!」


 ざっぱああん!


 俺たちが叫んだ瞬間、湖の主は俺たちの簡易船を下から高く打ち上げた。

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