第15話 フェンリル改め〇〇〇〇、そして俺の目標!

 魔の大森林での二日目、朝。


 俺とリーシャはテーブルを囲み、フェンリル(小)は地面に体を付けている。

 俺たちの前には、それぞれ朝ご飯が置かれている。


『……まだなのか』


「ああ、今から大切な事を話すからな」


 目の前に朝ご飯が置かれた状態で、フェンリルは待たされている。

 当然、俺たちも待っているわけだが、言葉の通り今から大事な話をする。


 リーシャと顔を見合わせてうなずき、俺はフェンリルに向かい直した。


「フェンリル、お前は今日から『フクマロ』だ!」


『!?』


 突然の宣言に、フェンリルは驚いた顔を示す。

 そりゃそうだろうな。


 だが、フェンリルの反応はとても良かった。


『それはまさか……“名前”、というやつか?』


「ああ、そうだよ」


『そうか……! して、その由来は?』


「あ、えっとー……そう! 白くてふわふわしてるって意味かな!」


 本当は「大福」と「マシュマロ」だ。


 フェンリルの特徴は、やはり白くてふわふわ。

 他に白くてふわふわした物を浮かべた結果、咄嗟とっさに出たのがその二つだった。


 神獣に付ける名前にしてはちょっと可愛すぎる気もするが、元の単語はこの世界には無いので大丈夫だろう。


『そうか……我にも名前が……』


「気に入ってくれた?」


『ウォンッ!』


 フェンリル、改めフクマロはとても良い返事をした。


「はあ、よかった~」


「リーシャも、可愛いって言って気に入ってたもんな」


「うんっ!」


 実は、俺とリーシャは昨日寝る前にフクマロから相談を受けていたのだ。


 俺たち二人が名前で呼び合うのを見て、どうやら“名前”が羨ましくなったらしい。

 まったく、可愛い奴め。


 フェンリルは、その唯一無二の存在がゆえに名前が無かったらしい。


 けどそれは、俺たちを「ニンゲン」と呼ぶようなものだし、名前で呼び合った方が仲間って感じがして心地良い。


「てことで。待たせたな、。それでは」


「「いただきます」」


『イタダキマス』


 俺とリーシャ、それに小さくなった『フクマロ』を加えて朝ご飯を食べ始める。

 

 朝一番の取れたて新鮮野菜で作った、シャキシャキサラダだ。

 ドレッシングはかけません。


 だって、


「ん~!」


 こんなに素材の味が美味しいのだから。


「本当に美味しいよね、この森の食べ物」


「そうなんだよ。見た目から明らかに潤っているし、何か秘密があるのかな」


「……まーた、何か企んでる」


「え」


 リーシャに指摘され、自分の顔の変化に気づく。


「バレてましたかー」


「バレバレよ。で、今度はどうしたの?」


「うーん、企んでるってわけではなくて」


「うんうん」


 俺の話に、食い入るようにこちらを見てくるリーシャ。


 二人で追い出された事で、俺がどれだけスローライフを望み、俺がどれだけ準備してきたか、そろそろ分かってきただろう。


 俺は最強にはそこまで興味が無い。


 代わりに「生活魔法」とでも言えば良いのかな、とにかく使えたら良いなーって魔法の習得を優先してきた。

 独自の魔法の開発を行ってきたのも、そういった分野ばかりだ。


 まあ単純な強さで言っても、王国では負けなしだったけど。

 けれど所詮、そちらは副産物に過ぎない。


 俺はスローライフを望む。

 自分好みのライフスタイルで。


 そうして培われた俺の目からすると、


「多分、魔力の影響だよ」


「え、食べ物が美味しいことが?」


「うん」


 リーシャの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 それを解消するように、俺は説明を続ける。


「野菜や果物には、水や土などから栄養が必要だと思う」


「そうね」


「でもそれらも、実は元は魔力から出来ているんだ。魔力が姿を変えて、水や土になっているんだ」


「……そうなの?」


 リーシャの頭上のクエスチョンマークが、話を進めるごとに増えていく。


 まあ、無理もないか。

 俺も初めて話す、おそらく世界で誰も知らない独自理論だからだ。


 こう言っちゃ悪いが、この世界の人はあまり研究が得意ではない。

 というより、前世の人類が研究に命を懸けていたのだ。


 前世の世界では、水や土など、全ての物質は元素で出来ていた。

 H₂Oとか、O₂とかっていうやつだね。


 だから俺は、この世界も何かそういったもので出来てるんじゃないのかな、って研究を進めたところ、元素ではなく全て魔力で出来ていたのだ。


 だから、魔力が形を変えて水や土になるし、人間も詠唱などで無意識に空気中の魔力を使って、水や土を作り出せる。


 俺はその理論を理解しているので、詠唱無しにイメージだけで魔法が出せるのだ。


「ルシオって、本当に天才なのね……」


「いや、それほどでも」


 この話を、リーシャには前世の話を抜きにすると、当然天才と言われるこうなる

 前世で言うと、初めて元素を発見した天才学者のようなものなのだから。


「ちょっと遠周りしちゃったけど、つまり魔力が濃厚であればあるほど、水や土はもちろん、野菜や果物もより一層良いものになる、と思うんだよね」


「へえー。ルシオが言うなら、きっとそうなのね」


 リーシャは納得してくれたようだ。

 考えるのを放棄した、とも言えそうだけど。


『お主は、難しい話が好きよの』


「まー、そうだね」


 前世は勉強をやらされるだけで、そこそこサボってましたから。


 自分で学べばこんなにも面白い、それを気づかせてくれたこの世界には感謝だな。


 そこで、ふと思った。


「こうなると、グロウリアのみんなにも食べさせてあげたいなあ」


「……嘘でしょ?」


 リーシャが疑うような目を向けてきたので、多分勘違いしている。


「上流階級の連中じゃないよ? 俺によくしてくれた人達だよ」


「あ、なるほど。そうね、この森の良さを教えてあげたいかも」


「だろ? いつかもっと開拓して場を整えて、その人達やお世話になった人を招きたいなーって、今ふと思ったんだよ」


「ルシオらしい、素敵な目標ね」


 当然、難しい話だというのは分かってる。


 俺の背中が世界一安全だ、と言ってくれたリーシャでさえも、フクマロやモグりんが現れた時には怯えていたんだ。


 文献や人の話が膨らみ、魔の大森林の怖さは、世代をまたぐにつれて増大しているのではないかと思う。


 でも俺は、その目標を叶えたい。

 だって、この森はこんなにも素晴らしい場所じゃないか。


 これを味わわないのは、もったいないと思うんだよね。

 「もったいない」は日本人感覚なのかもしれないけど。


 だからまずは、俺はもっとこの森を知ろう。

 目標はそれからだ!


 よし、二日目ものんびりと頑張るぞ!







<三人称視点>


 ルシオたちのコテージから、少し離れたとある里の最奥。


『師匠! 食材を持ってきました!』


『あら良い子じゃない。おリスちゃん』


 ルシオたちが出会ったリスのモグりんが、“師匠”と呼ぶ人物と話す。


『それと、人間がいました! フェンリルも一緒のようです!』


『あら、人間。それはまた珍しいわね。それに……そう。あの子も、どうして人間と仲良くしているのかしら?』


『それは分かりません!』


『ふーん、そ』


 不敵に微笑ほほえむ、モグりんの師匠。

 その上向きの美しき顔が、思い浮かべるものとは──。

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