第3話 魔の大森林

 「左様で、ございますか……」

 

 サタエル王も覚悟はしていたであろうが、俺が実際に名前を出しただけで顔が強張こわばる。


 『魔の大森林』。

 それが俺が考えていた目的地であり、この大陸最南端の


 ここトリシェラ国は最南の国ではあるが、大陸の最南というわけではない。

 この国より少し南下したところに、その魔の大森林があるからだ。


 そこは、さかのぼれば三百年ほど放置されている巨大な森で、派遣を行っていた時代の文献によると『魔獣』がうようよいるらしい。


 まあ、それも古い文献なので分からないけど。


 魔獣とは、前世で言う動物みたいなものだが、そんなヤワなものではなく、中には大きさや凶暴さもかなり激しいものがいる。

 

 人々は豚や牛といった、家畜・食用の魔獣を育ててはいるが、それ以外で“魔獣”を聞くことはほとんどなくなった。

 国の外に出現したとしても、すぐに討伐できるような弱い魔獣のみだ。

 

 そのため、“強力な魔獣”と言ってもどれほどのものかは分からない。

 それでも恐れらているのは、文献や語りなどで情報が受け継がれてきたからだ。


「それは……くれぐれも、お気をつけ、くださいませ……」


「ありがとうございます」

 

 あれほど敬ってくれた王も、魔の大森林という名の前では怯えるしかないか。


 古い文献の、派遣隊の記録はひどいものだった。

 やれ超巨大な魔獣に襲われただの、やれ森全体が攻撃してきただの、それはそれは恐ろしい表記の数々。


 だが、魔の大森林側から魔獣の襲撃があったとか、外から魔獣が見えたという記録は、森から最も近いこの国ですら残っていない。


 それでも、この怯えようなのだ。

 それだけ、魔獣の存在が恐ろしい存在だということなのだろう。


「宿はご用意させていただいておりますので」


「「ありがとうございます」」


 俺とリーシャはお礼を述べて、迎賓館を後にする。







 夜、用意してもらった宿にて。


「サタエル王も、やっぱり魔の大森林には怯えてたね」


「うん。当たり前の反応って言われると、そうなんだけどな」


 恐れるべき対象、魔の大森林。

 では、どうしてそんな危険な森に俺は自ら行こうとするのか。


「またそれ?」


「ああ、もう一度読んでおきたくて」


 その一つがこれ、『森のけんじゃのたんけんきろく』だ。

 おとぎ話のような児童向け絵本なので、表記はこれで合っている。


 この本には、怖い森に潜む危険の数々と、主人公「けんじゃ」の冒険譚ぼうけんたんが書かれている。

 暴れ狂う魔獣、魔獣よりさらに恐ろしく希少とされる『神獣』、地下に潜む秘密基地、精霊の存在、などなど……。


 さらにこの本、児童向け絵本のていを成しているにもかかわらず、何故か世に全く流通していない。

 たまたま俺の情報網に引っかかり手に入れた、幻の本なのだ。


 その事実を怪しんだ俺は、この本を俯瞰的ふかんてきな目で繰り返し読んだ。

 そうして辿り着いた答えが「もし、これが全て事実だったとしたら?」


 一見、面白おかしくコメディ風に書かれているが、大人びた文章に直せば、相当にすごいことが書いてある。


 そして「森」といえば、やはり魔の大森林だ。

 

 俺の胸の高鳴りは止まらなかった。

 さらに、早くから自由願望があった俺にはうってつけでもあった。


 俺は「グロウリア王国」のような疲れる上流社会ではなく、田舎でひっそりのんびり、辺境スローライフを送りたいと思っていたのだ。


 それも、好きなように開拓できれば何も言うことは無し!


 のんびり……というにはちょーっとだけ危険かもしれないけど、俺は憧れた。

 魔の大森林という桃源郷ユートピアに。

 

 だから、俺は誰になんと言われようと魔の大森林に足を踏み入れるのだ。


「リーシャは怖くないのか?」


 けれど、今の俺は一人じゃない。

 ここまで付いて来てもらってだが、最終確認はとっておきたい。


「世界で一番安全な場所は、ルシオ様の後ろでしょ」


「!」


 にっこりと笑ったリーシャの顔。

 は、反則級に可愛い……。

 

 よーし、そういうことなら頑張っちゃうぞー!


「ふふっ」


「なんだよ」


「ルシオ様って、本当に王族っぽくないっていうか……子どもだよね」


「悪いのかよー」


「ううん。私も、楽しみにしてる」


「……おう」


 世界中探しても、魔の大森林を楽しみにしてる人なんて俺たちぐらいだよ。


「じゃあ予定通り、明日には出発するぞ!」


「うん!」


 明日の希望を胸に、リーシャと一緒に寝た(惜しくも違うベッドで)。

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