第2話 リーシャとの行き先

 グロウリア王国を出発して約二週間。

 馬車を乗り継ぎして、大陸をずっと南下してきた。


「おー、おー」


 俺はいつものように、窓から外を眺めて景色を堪能たんのうする。

 田や畑、森林などが一面に広がり、高い建物・大きな建物はさして見当たらない。


 この大陸『ナテリア大陸』には二十ほどの国々が存在するが、構図は至って簡単。

 中央より北は都会、南は田舎だ。


 それも、大陸の端に行けば行くほどに差は広がる。


 あんな王家が腐った『グロウリア王国』も、北の一部を占める一国。

 昔の権威もあって、やっぱり大国ではあるんだよね。


 対して、俺たち追放組はずっと南下している。

 もうすぐ南の端なんじゃないの? ってぐらいに。

 目指しているのが南の端だからね。


 ここまであまり目立つこともなく、国をまたいで南下してきた。

 こっそり知り合いの王たちに挨拶した時には、そりゃびっくりされたけど。


 どの国の王も大抵顔見知りだったこともあり、馬車や宿を用意してくれた。

 本当に助かったよ。


 そして、そんな当の俺たち。

 二週間で年頃の男女が同じ屋根の下、馬車の中。


 何もないはずがない。


「リーシャっ」


「なんでしょ……なに?」


「なんでもない」


「……? 意味が分からないけど」


「外の景色見ないの?」


「もう、見飽きたよ」


 お気付きだろうか。


 まずは、その口調。

 俺はもう王家なんかじゃないし、リーシャとは主従関係をなくしたかったので俺から「タメ口で!」と提案した。


 グロウリア王国内でも、一番優秀なメイドだったリーシャ。

 けどそれは年の功ではなく、彼女の家系が代々メイドの家系であり、幼少からメイドとして育てられたからだ。


 なのでキャリアは長いにしても、実は俺の二つしか上ではない十七歳。

 日本で言うとピチピチのJKなのだ。


 それも、


「……」


 ふんわりと広がりながら首元辺りまで伸びた、明るい茶色のショートカット。

 風になびかれて見え隠れする“うなじ”や、たまに髪を耳にかける仕草なんかは俺をイチコロだ。


 小さな顔は美しいというより可愛いタイプで、くりんとした青みがかった瞳が特徴的。


 身長は俺と変わらない170cmぐらいあり、出るとこはしっかりと出た抜群のスタイルを持つ。


 ただでさえ美形が多かったあの国でも、リーシャは一際目立つ風貌ふうぼうをしていた。

 日本にリーシャがいたら、目立ってしょうがないだろうなあ。


 そんなリーシャとくっついて二人旅。

 俺、この先やっていけるの……?


 とは思いつつも、リーシャとは離れたくないので俺が頑張って欲を抑えよう。

 もしそうなった時は……流れに身を任せてしまうがな!


「ルシオ王子、この辺りですよ」


「おう、ありがとう! それと俺はもう……」


 そこまで言って、馬車の主が自分の言葉に気づいた。


「こ、これは失礼いたしました! 王子ではない事は分かっているつもりなのですが、やはり功績を考えると」


「いえいえ、怒っているわけではないですから。ここまでありがとうございました」


「そんな、恐れ多きことでございます。あのルシオ様をお運びさせてもらえるなんて。一生の光栄でした!」


「大げさだなあ」


 なんて会話をして、荷物を馬車から降ろす。

 収納魔法を使っているので、軽い荷物に収まっている。


 ちなみに、馬車の主や泊まらせてもらった宿の人は大体がこんな反応だった。


 功績って言っても、知り合いの王に「こうすれば?」って助言をして、ちょっと手を貸したぐらいなんだけどな。


 正直、魔法の力に頼っているこの世界と日本があった世界、文明レベルを比べるとどうしても前世が勝ってしまう。


 まあ、あちらでは魔法なんてものは存在しなかったので、人々は「いかに生活を便利にするか」を何より考えていたからね。


 俺もそういう思考が身に付いたのかもしれない。


「では、ありがとうございました」


「はい! お気を付けてルシオ様! ルシオ様に栄光あれ!」


「ははは……。やっぱり大げさなんだよなあ」


 隣で、リーシャもにっこりと笑いながら呟く。


「ルシオ様が慕われている証拠ですよ」


「……」


「しょ、証拠だねっ!」


「合格」


 じろっと見つめると、口調を直してくれた。

 おっといかんいかん、ついやってしまったが、今のやり取りは前世ならパワハラ案件だな。


 俺も気を付けないと。

 まあ対等の関係なら、からかうぐらい良いか?


「ル、ルシオ様ああ!」


「ん?」


 来た道を真っ直ぐに帰っていく馬車を見送っていると、後ろから叫び声にすら聞こえる声がする。


「これはこれは。サタエル王ではありませんか」


「そ、そんな恐れ多い! あのルシオ様から名を読んで頂けるなど!」


「あ、あははー……」


 一応、立場的にはあなたの方が上なんだけど。





 それから、挨拶に来てくださったサタエル王に招かれ、迎賓館げいひんかんへ足を運ぶ。

 サタエル王は、この大陸最南の国『トリシェラ国』の王様だ。


 会うのは初めてのはずなのに、どうしてこんなに頭を下げられているんだろう。

 疑問に思う事はあるが、俺もこの人に話があるのでちょうど良かった。


「ど、どど、どうぞ」


「ありがとうございます」


 こちらは営業スマイルなのに、なにをそんな怯えるんだ。

 そんな風に思いながら、秘書的な方に礼をする。


「それで……本当なのですか。“あちら”に行かれるというのは」


「本当です。俺たちは……」


 明らかにごくりと唾を飲んだ王と秘書さんを前にして、俺は堂々と宣言した。


「魔の大森林に行きます」

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