第4話 ありえない植物

 サタエル王から出してもらった馬車の外から、身を乗り出して前方を眺める。


 景色については「見飽きた」と言っていたリーシャも、反対の窓から体を伸ばして食い入るように前方を見ている。


 なんたって、俺たちが見る先にあるのは、


「でっけえー!」

「すごーい!」


 見ているだけで呑まれてしまいそうなほどに、超広大な大森林。

 横は終わりが見えないほどにずっと続き、何十メートルという高さの木々が密集して奥へと無限に続いている。

 

 こんな光景、この大陸じゃ見つかりっこない。


「ルシオ様、そろそろ止まります!」


 ガタンッ!


「うおっと!」


 馬車主さんが叫ぶと、すぐに馬車を止めた。

 もうちょっと早く言ってくれても良いだろうに。


 まあ、仕方ないか。

 この人も、こんな国境線沿いまで「魔の大森林」に近づいたことがないのだろう。


 通常の三倍料金で特別に運転してもらっているとはいえ、この森が恐ろしくて仕方ないのだと思う。


 空気を読み、リーシャと馬車から降りて荷物をまとめ始めると、は何にもない荒野。

 どうやら、この辺がトリシェラ国の国境らしい。


 魔の大森林を恐れ、森から余裕を持って線引きしてあるのだ。

 ここ一帯が荒野なので、正確な位置はわからないけどね。


「……」

 

 目算だが、森までは歩くとまだ少しかかりそうかな。

 けどここまで送ってくれただけでも、かなり助かった。

 

 こんな場所、近寄るのも嫌だろう。

 彼には本当に感謝しかない。

 

「すみません、私にはこの辺までしか無理です!」


「いえいえ、本当にありがとうございました」


 俺はお礼を述べ、通常料金の三倍、さらに上乗せして金貨を渡した。

 ほとんど五倍だな。


「あ、ありがとうございますっ! くれぐれもお気を付けて!」


 言葉を言い残すと、馬車主さんは来た道を颯爽さっそうと戻っていった。

 

 帰りはどうするかって?

 さあ、どうしましょうかね。


「覚悟は出来てる?」


「うん、大丈夫だよ。ル、ルシオっ!」


 リーシャは、かなり頑張って俺の名前を呼び捨てにした。

 やっと敬称なしで呼べるようになったみたい。

 

 うんうん、俺は超絶美人の友達が出来たみたいで嬉しい。


「さて」


 そんな気の緩んだことを考えていられるのも今だけだ。

 一応、ここは文明の手が一切つけられていない未開の地。


 覚悟は持っておかなければ。




 



 馬車から下ろしてもらってから、一時間ほど。


 森の大きさがあまりにも圧倒的なので錯覚してしまうが、思ったよりもずっと距離があった。


 そうしてようやく、


「この辺からは、森だな」


 見上げるほど大きな木々が立ち並ぶエリアまではまだ少しあるが、地面が徐々に緑色に生い茂っている。

 この荒野の、一体どこから栄養をもらっているのだろうか。


「……! これは」


「何か分かったの?」


「……魔力だ」


 まだ雑草程度しか生えていない足元の緑を手でなぞり、わずかに流れる魔力を感じ取る。


 って、待てよ?


「ルシオ!」


「大丈夫、ちょっと調べるだけ!」


 たっと走りだした俺にリーシャが声を上げるが、何も逃げようってわけじゃない。

 一番近くに立っている、まだ低めの木にそっと手を触れる。


「やっぱり」


「なにがやっぱりなの?」


「うん、魔力だよ。それも、さっきの草とは比べ物にならないほどの」


 今触っている木は、せいぜい二メートルぐらい。


「……」


 今では森に近づき過ぎて見えないが、馬車から見ていた時は、それこそ何十メートルという木々が奥に立ち並んでいた。


 ごくり。

 思わず唾をのむ。


「ここの植物は、魔力を直接栄養源にしているのか……?」


「でも、そんな植物って」


「ああ。見たことも、聞いたこともない」


 大陸には、まずこんな植物はないだろう。

 自分で言うのもだが、博識の俺が知らないなら多分存在しない。

 

 それに、俺が今触れている木ですら、魔法が発展した「グロウリア王国」の貴族一人分ほどの魔力量がある。


 これのさらに十倍の高さもある木々なんて……。


 いや、それ以上に。

 そんな膨大が過ぎる魔力、一体どこから吸ってきているんだ……?


「面白くなってきたじゃないか」


 前世なら、ドキドキワクワクとでも言ってるだろうか。


 そんな、恐怖と高揚が入り交じって高鳴る胸の鼓動を抑えて、俺たちは木々の間を進んでいく。


『……グルル』


 すぐに出会う、神秘的な存在がいるとも知らず──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る