第三十八話『彼女は何故助けたのか?』


試合から一夜明け、ヤノカはリルの見舞いに来ていた。怪我やら何やらは校長が治すが、それでも病院に行くことは確定している。リルもその一人。


「大丈夫だった?」


「ん。大丈夫。でも病院食美味しくない」


「そこなんだ……」


一週間は安静にしろと言われたので、仕方なく病室にいるが、病院食が美味しくないので勝手に帰ろうとしていた。今日はお見舞いにフルーツバスケットを持ってきたヤノカ。


「ほかにもお見舞いに来た人がいるの?」


「ん。親とか友達とか。後ヤノカも」


「そっか。じゃとりあえず果物の皮向いてあげるね」


ナイフを取り出すと、リンゴの皮を剥いていく。出来上がったのは可愛いウサギリンゴである。


「わぁ」


「どうぞ」


「ん」


少し見て楽しんだ後、一気に丸ごと食べるリル。見た目より味である。五羽いたウサギリンゴは、一瞬でリルの口の中に消えていった。


「美味しい」


「そう?ならよかった」


しばらく取り留めもない無い会話をしている二人。だがここでヤノカが、ある事を切り出す。


「ねぇ」


「何?」


「……。あの時、なんで僕を助けたの?」


確かに、普段なら味方同士であるが、あの時はバトルロイヤル、すなわち全てが敵なのである。なのになぜ自分の身を守らずにヤノカを守ったのか、それが疑問だった。


「ん……。なんでだろ。分かんないや」


首を傾げた後、少し微笑む。だがリルは言葉を続ける。


「でも、私はヤノカに生き残ってもらいたかった。だから守った……んだと、思うよ」


そう言い残し、ベッドに横になる。単に眠っただけである。ヤノカは起こす意味もないのでそのまま病室を出ていくと、その前に誰かがやってくる。


「やぁ」


知らない人だったので、無視して帰ろうとしたが、なぜかしつこく付いて来る。若干ムカついたヤノカは、撒いてやろうと走り出す。しばらく走った後、後ろを見るとぴったり後ろに先ほどの奴の姿が。


「やぁ」


「だ、誰?」


「俺、ザン」


「……知らない人だなぁ」


「そりゃそう。俺、あのスラムにいる」


なぜか片言で喋る男である。奇妙だなぁと思いこそすれ、正直どうでもいいので帰ろうとするが、やはり追いかけてくる。何がしたいんだと思うヤノカだが、教えてくれない。


「なんでついて来るの?」


「俺、スラムにいる。来て」


「嫌だよ。スラム嫌いだし」


「じゃいい。炊き出しよろしく」


「あぁうん……」


そして帰っていくザン。何がしたいんだよ……と思ったヤノカだが、ここである事に気が付く。


「今炊き出しって言ってた?」


それに気が付いたところで、ザンは消えていた。炊き出しをしているのはヤノカではなくクロクである。しかし今、ザンと言う男は間違いなく今炊き出しをよろしくと言った。


「僕の正体を知ってる……?」


疑問に思い、考える。いったい彼は何者なのかを。少なくとも一度スラムに行ったときは、あんな人間はいなかったはずなのである。しかし彼は今スラムにいると言い、尚且つ暗に正体を知っているぞと言っていた。


「……行くか。スラムに」


どうせあとは帰るだけ、ならばとスラムに向かうヤノカ。相変わらずひどい空気である。人が住めるような場所ではないし、ここから出ようとする奴もいない。出たところでどうしようもないのを知っているからだ。


「炊き出しは今度するよ。けど……それはそうと、もう一回入らせてもらう」


一歩踏みしめた瞬間、おぞましい殺気に襲われる。何かがこちらを見ている。誰かがここにいる。命を狙っている誰かが。意を決してもう一歩進むと、どこからともなく銃弾が飛んでくる。ヤノカは飛んできた銃弾をクロクをまとい掴み、撃ってきた方向に投げる。


「誰だ!」


「げっ、こりゃダメだぁ。撤退ー」


数人グループで襲い掛かってきたようで、逃げていくのが見える。流石に命を狙われては仕方ないと、クロクをぶつけて気絶させていく。やはりここに住むスラム住民であった。


「おいお前誰だ?」


「げー。捕まっちまったー」


「なぜ俺を襲った!言え!」


「言わねー。言うくらいなら死ぬ」


そういうと、手にしていた銃で自らのこめかみを撃ちぬく。だがその銃弾は既に詰め込まれていたクロクに邪魔をされる。困惑するスラム住民Aの腹を殴り、再び質問する。


「お前は何故襲った?」


「頼まれたー」


「誰に」


「俺」


背後。ヤノカすら気が付かない内に、ザンは後ろに立っていた。思わず裏拳を叩きこんでしまうヤノカだが、それを防がれ再び言葉を紡いでいく。


「さっきの……」


「そ。なぁ『クロク』?」


先ほどまでの片言キャラからは比べ物にならないくらい、流暢に喋り始めるザン。顔の皮を剝がしながら、素顔を見せてくる。その素顔は、顎髭の生えたおっさんと言うところであった。


「やってきてくれて嬉しいぜぇ?クロクさんよぉ」


「な、なぜそれを……」


「ンまぁ……。別に炊き出ししてくれる兄ちゃんの事をどうこう言って、どうしようって気はねぇがなぁ」


ひげをジョリジョリと弄りながら、どうするかと考えているザン。ヤノカはと言うと、頼むから自分がクロクであると言ってほしくなかった。


「あ、あの……僕がクロクって事はなるべく言わないでほしいんだけど」


「じゃいいよ?言わないでおこう。飯食えねぇのはひもじいからなぁ。さて話の内容だが……、お前、知ってるか?」


「……何を?」


「最近世間を騒がせてる奴の事だよ」


それはある確信に迫る事であった。

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