第三十一話『決戦前夜キミと二人』
ファミレスでの打ち上げを終えた一行は、それぞれの部屋に帰っていた。だがフィルとヤノカの二人は、しばらく寮の屋上で夜風を浴びていた。特に意味がある訳ではない。シンプルに夜風に当たりたかっただけである。
「色々あったなぁ……色々」
「そうだね」
「お前がヒーローって呼ばれたり、なんかヤバそうな奴が出てきたり……」
「……そうだね」
しばらくするとフィルがヤノカに話しかける。昔の事を懐かしんでいる様子であった。昔と言っても今から二ヶ月くらい前の事であるが。この町に大体半年と少しいるヤノカは、故郷の事を思い出してしんみりしていた。
「たまには村に帰りたいな……」
「いや、前に天槌矛持って帰って来たじゃんこの間」
「それはそうなんだけどね。やっぱり自分の家で過ごしたい時があるんだよね……」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。フィルは実家に帰りたいと思った事無いの?」
「そりゃあるが……。でもこの大会が終わったら夏休みだからな、その時帰ればいいさ」
家に帰りたいと言うヤノカに対し、前に一度帰っただろうと指摘するフィル。それに対し首を振り、そういう事じゃないと返す。フィルもそのくらいは分かっていたが、気にせずにいられなかった。
「そうだな」
「それでこの後、どうする?」
「俺はやることもねぇし、家に帰ろうと思ってるがな。ただ、組手くらいなら付き合うぜ?」
その言葉にヤノカは一瞬考えた後、ここまで来たなら戦闘訓練として付き合ってもらおうと、フィルと共に訓練所に向かう。
「とりあえずね」
「なんだ?」
「色々あったじゃない。……誰も救えなかったりさ。だから強くなろうって思った」
「……そうだな」
「だから本気で来てよ、じゃなきゃ訓練にならないから」
そういった瞬間、フィルは我流魔法を発動させヤノカに殴りかかる。地面が潰れるくらいの威力で飛びかかってきたフィルに対し、ヤノカは冷静に腕を掴むと地面に叩きつけようとする。
ここまでは以前と同じようだが、フィルは一度受けた攻撃は二度と食らわない。逆に投げようとする時に地面を蹴り、投げられるよりも先に表に回ると、そのままの勢いで逆に地面へと叩きつけようとする。
ヤノカもただ投げられるだけではない、自分が投げられたと感じた瞬間、クロクを口から出し、フィルの目潰し。一瞬身構えたところでクロクを刃の形に作り替え、全身にぶつけていく。
「マジかよ!」
流石に手を握ったままでは防御出来ないと、握った手を放しクロクを落としていく。だが一つを殴った際、腕に痛みを感じる。見ると、細い針が腕に突き刺さっていた。
成程ガチってのはこういう事か、そう判断し針を雑に引き抜くと、接近……せず、逆に距離を取る。何をするかと身構えていると、訓練場の床を砕いて破片を投げまくる。
「成程ね、防御させようって事かな!」
これは防御させようとするフィルの策略なのだろう、そう判断したヤノカは、あえて防御せずに真っ直ぐ突っ込む。その中に先ほどの針が混ざっているのを、ヤノカは見逃さず受け止める。
「流石に……ッ?!」
「よぉ」
が、ヤノカは忘れていた。近距離ならフィルの間合い。少なくとも相手が苦手な遠距離を選んだ時点で、警戒するべきだった。だがわざわざ自らが使った武器を使う事であくまで真っ向勝負を演じ、普通に殴ると言う策を知られないようにした。
「でりゃぁっ!」
放つは針を掴んだ手、手ごと顔に針を突き刺そうと言うのだ。しかしヤノカは顔を引いてギリギリで掴んだ針を避けると、後ろに控えていたクロクと共に攻め立てる。後頭部に平手の一撃、そこからクロクによる追撃を叩きこむ。
「がっ……ッ!だがクロクは耐えようと思えば耐えられるんだよ!」
平手以外はたいしてダメージにならない、それがフィルが出した結論。実際ヤノカも、そのくらいは理解していた。だからクロクの数を増やし、威力を上げる事にした。それが結論である。
「でいっったぁ!?」
不意に食らった横頭部への一撃に、体位が崩れるフィル。それを見逃さないヤノカだが、一瞬意識が吹き飛ぶ。何をされたかと考える暇もなく、フィルの打撃が飛んでくる。
「これか……ッ!」
「こっちも鍛えてるんでなぁ!」
誰かが言っていたが、この世界で一番早い打撃は『ジャブ』である。単にこぶしを出すだけの攻撃、だがいくらダメージが低かろうと、急所に当てれば人は大ダメージになる。
「お前の攻撃はパワーが足りねぇ!根本的にな!」
手首のスナップを生かした、まるで鞭のようにしなる打撃、仮に頭に当たれば即死は免れないだろう、だがヤノカはクロクで作った針を打撃に合わせ腕に刺しダメージを軽減し、そのまま腕へ突き刺していく。
「それで止まんねぇからよぉ!」
だが止まらない。そのままヤノカの頭部にその打撃が入ると、勢いよく吹っ飛んでいくヤノカ。致命傷だろと思うが、それでも立ち上がってくる。
「まだやるかい?」
「元気いっぱいだぜ」
目と耳から血を流しまくるヤノカだが、虚勢を張り立ち上がろうとする。しかし二人の戦いはシャードの手によって止められてしまう。
「死ぬぞ」
「あっ」
「げっシャード先生……。いやまだやれますって」
「お前死にたいのか?良いから来い」
そしてヤノカは無理やり校長室の前に運ばれるのであった。
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