第二十九話『ガイカクノガラ?』


「ガイカクノガラ……?」


「何か知らない?」


 一夜明け、校則を違反したとしてメチャクチャ怒られていたヤノカ。反省文を書き終え、話しかけてきたフィルに、ガイカクノガラと言う名前について何か知らないか問う。


「むしろなぜ今その名前を……?お前も一回聞いたことはあるだろ平民でも新聞位読んでるだろ?」


「新聞……?」


 と、当然のように聞いてきたフィルに対し、そもそも新聞とは何……?と言う表情で言葉を返すヤノカ。そもそも食費が全ての彼の家で、新聞など取っている暇は無かったのである。


「そこからかぁ!?まぁいいや昔な、そのガイカクノガラって奴がいたんだよ」


「お爺さん?」


「正解だ。ただ本当に爺ちゃんかは知らねぇが……。奴の我流魔法は『骨肉相食ニクタイヘンゲ』って感じの名前でな、肉体そのものを変化させて他人に成りすますって言う我流魔法だ。昔は義賊だって話だが……。今から五年前、姿を完全に消したんだよ」


「そんな我流魔法があったんだ……」


「で、なんで今その話を?」


 当然、質問をすると言う事は何か、気になった事情があると言う事。この際話してしまおうと、昨日の夜に何があったのか、事細かに話し始める。最初は疑い半分だったが、聞くにつれてその表情は確信へと変わっていく。


「なーるほど……。この前の警察の奴も、そいつが犯人ならなんとなくわかる話だ。ノガラは警察をめちゃくちゃ恨んでた。義賊だからな、平民に奪った富をバラまいてたんだが、警察も仕事だからな、よくノガラを捕まえてた」


「だからって殺すほど?」


「聞け最後まで!……。で、ある日平民に財をバラまいているって知った警察は、そのバラまいた平民の住んでる村に火を放ったんだよ」


 史上最悪の警察による虐殺事件。大義名分を得た、偽りの正義と言うのが一番恐ろしい。なぜなら自分の行為全てが、善であるように振舞うからである。ちなみにこの事件は、いくら何でも……。と、結果的に平民の扱いを、ほんの少し上げる事になった事件である。


「えぇ……」


「それは平民嫌いの奴が独断でやった事なんだがな、そんなこと知らないだろ?だから奴は警察を恨んでる」


「じゃあなんでゼロを……?」


 その話なら警察はともかく、ゼロを襲う意味が分からない。一応奴からすれば、顔を見られただけで殺すスイッチが入るのだが、そのことをヤノカもフィルも知らない。


「同じ義賊として、自分の為だけに犯罪犯してるやつが気に入らなかったんじゃね?まぁやり方が他にあると思うがな……。しかしこれでハッキリした。警察を襲ったのはそのガイカクノガラで決定だ!」


「……そうか」


「ただ一つ言っておくぞ。復讐しようとするな。それをやった時点で、お前は同じ穴の狢になる」


 明らかに顔が暗くなるヤノカに対し、フィルはそれとなく、言葉の釘を刺しておく。少なくともヤノカに、人殺しなどして欲しくないのである。ヤノカは分かったと一言つぶやき、上を向く。


「そりゃ悪い奴だったけど……。死ぬ理由は無かったよね?」


「そりゃな。よっぽどの事情がない限り、殺した方が悪だ」


「……。僕は、彼を殺した奴を許さない。それだけだ」


 ようやく握った手を開いたヤノカだが、その手は血でぬれていた。その手で涙の後を拭う。だが血まみれの手では涙を拭えても、血は拭えない。フィルはその光景を見て、絶対に人を殺させてはいけないと確信する。


「俺は今から警察に行ってくる。今回の事で奴の名前を指名手配するんだ。捕まえるならそれくらいしなきゃ捕まらない」


「……お願い」


「あぁ。……リル」


「ん」


「あいつは今、人を救えなかった罪悪感で満たされている。……その罪悪感は、早々何とかなる物じゃない。普段通り接してやってくれ」


「ん。わかった」


 そういうと、フィルは窓から警察署まで走っていく。ヤノカは一人、頭を抱え泣いていた。


「俺は……弱い……!」


 警察の二人が死んだ時も、何もできなかった後悔で泣いていたヤノカが、見ていたのに間に合わなかったのである。危うく精神崩壊するところに、やってきたのはスターであった。


「みっともないですわね。平民の」


「……」


「なんで入ってきたの」


「何があったのかと思えば……。まるで自分が間に合っていれば助けられたと言うような表情。……誰でも救えると思ってるんですわ!?」


 その言い方は無いだろうと、スターを止めようとするリル。だがそれを弾き飛ばし、胸ぐらを掴みながら叫ぶ。


「この世にはね!あなたのような善人や救えるような人物ばかりではないんですよ!それにあなたが本調子でないとつまらないんですわよ!さっさと調子を直して……帰って来いですわ!」


 スターはかつて、ヤノカと同じように、部屋に閉じこもって泣いた事がある。部屋を勝手に夜中に抜け出して怒られた事を、貶してやろうと入ってみれば、かつての自分と瓜二つな姿があったのだ。気付けばスターは、彼を激励していた。


「泣くくらいなら、もっと強くなりなさい!……クロク様のように」


 そう言って出ていくスター。彼女は少なくとも、ヤノカの性格がバカ正直で、おまけに甘ちゃんであると言う事くらい理解できた。そんな奴がバカみたいに泣いていると言うのは、スターからすれば普通に過ごしているよりムカつくのである。


「平民生まれのくせに……。誰でも救えるなんて出来ないんですわ」


 かつての自分と重ねてしまったスターは、不機嫌そうな顔で自分の部屋に戻るのであった。

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