第二十六話『天槌矛(物干し竿)』


「あっ物干し竿持ってきてなかった」


「え?いる?ハンガーあるだろハンガー」


「やっぱウチの物干し竿がしっくりくるんだよなぁ。ちょっと取ってくるね」


 三日目。洗濯物を干していたヤノカは、物干し竿を取ってくるなどと言い出した。それ自体は別に構わないのであるが、わざわざ飛んで行くほどではないだろうとフィルは思った。


「そういやお前の洗濯物無いな」


「え。服……いる?」


 リルの服は同じような奴。Tシャツ一枚だけ。制服はともかく、ラフな格好となるとこうなるのだ。部屋で待つこと十分後、ヤノカが物干し竿を持ってきた。


「いやー……。忘れてたよすっかり」


「そうか……。なんか槍っぽいけどホントに物干し竿か?」


「うん。伸びるし」


 それは物干し竿、と言うには明らかに武器のような見た目をしていた。普段はこれに干している。伸びるので大量の洗濯物を干すのにピッタリなのである。


「いや待て。どっかでソレ見たことあるなぁ……?」


 ベランダの物干し竿を置く場所に、ちょうどいい長さに調節した竿を置くと、満足げにほほ笑むヤノカ。それを訝し気にみるフィル。と言うのも、フィルはこの竿をどこかで見たことがある気がしたのだ。


 どこで見たのか?と言われると、まだグレていなかった子供の頃、父親からあるアイテムの話を聞いた。


『知っているかいフィルガ。『聖遺物アーティファクト』と言う武器があるんだよ』


『それって何?』


『そうだな……。例えば、刃の部分が見えない剣とかだな』


 聖遺物。我流魔法を持たざる平民産まれが発掘し、それだけで我流魔法を持つ者と結婚まで漕ぎ着けたと言われる、メチャクチャ強い武器。未だ数えるくらいしか発見されておらず、強さも能力も未知数と呼ばれている物質が。


 物干し竿として使われている。


 この事の重大さに気が付くまでに、そう時間はかからなかったが、事実を飲み込む方に時間がかかっていた。頭を抱えどう説明すれば伝わるか考える。


「それ……、名前は?」


「確か『天槌矛あめのつちほこ』だったかなぁ」


「凄そう」


 名前の語感だけで雑な感想を言うリル。またもや頭を抱えるフィル。なんなんだよこいつ、とすら言いたくなってくる。頭に来たので一回天槌矛を手に取り、どう言う物なのかを確認する。


「ワッ……!ガチの聖遺物だぁ……ッ!」


「何それ」


「聖遺物?」


 この天槌矛と言う聖遺物。能力自体は凄く伸びるだけの単純明快なモノであるが、シンプル故に強いと言うモノであった。それを物干し竿扱いである。


「ねぇ」


「何?」


「これ以外にも……聖遺物、ある感じ?」


「うん。ウチの村にいる皆大体持ってるよ。僕は我流魔法があったから別に……って感じだったけど」


 もはやよろめくフィル。今まで平民産まれがどうやって狩りをしているのか、気になっていたがまさかこういう事だったのかぁと。理解した為に頭を抱えていた。


「通りで聖遺物を見つけようとしても見つからない訳だ……。こりゃヤバいな、普段見下してる平民達が、聖遺物持ってるって知ったら、そのうち平民狩り始まるかもだぞ。誰にも言うなよ?」


「わ、分かったよ……。あっそうだ使う?」


 問い詰めてくるフィルに対し、手を挙げ無抵抗であることを示すヤノカ。それはそうと、使うか?と天槌矛を差し出す。それに対しフィルは拒否する。


「いや良い。お前の物だからな。それより今日のトレーニング行くか?俺は今からひと汗かきに行くが」


「じゃあ行くかな。リルは来るだろうけど……、リジュ誘っていい?」


「知らんよ。その辺はお前次第だ。……誘いたいなら誘えば?」


 若干困ったような表情で、質問を投げかけるヤノカ。本当は友達でいたいが、昨日のアレがあって友達でいていいのかと、そう思っているようだ。フィルはあえて突き放す。考えるのは自分自身なのだから。


「じゃあ誘ってくるね」


 フィルとリラの二人が訓練用に作られた部屋に向かうと、しばらくした後でヤノカとリジュの二人がやってくる。やはり気まずそうであるが。


「……わ、我は大会に参加しないが……」


「うーん。体動かした方がいいと思ってね」


 そもそもリジュがここに来る意味は無いのだが、付いて来るあたりそこまで嫌われている訳ではないらしい。そしてヤノカが天槌矛を使った棒術を見せ始める。


「やっぱり慣れてる武器は使いやすいな」


「やっぱ武器じゃねぇか!物干し竿じゃねぇじゃん!」


「まぁね。でもたまに使うってだけで、普段は物干し竿だよ?」


「そういう事じゃねぇよ……!」


 シンプルに長さが可変化と言うだけで強いのに、それに打撃とクロクを使った攻撃まで飛んでくるのだ。考えることが多すぎで、厄介どころの騒ぎではない。


「やっぱり強いなぁ。ヤノカは……」


 一人体育座りで観戦しているリジュ。楽しそうに戦っているヤノカを見て、少し物思いにふけっているようであった。それを見てヤノカが手を伸ばす。


「一緒にやる?」


「……うむ!」


 リジュは少し考えた後、笑顔でその手を取るのであった。

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