第一話『だって目の前にいるから』
町にやって来たヤノカ。村の何十倍もあるその大きさに驚愕しながらも、とりあえず適当な宿にチェックインし、町を散策する。色々な店があるなぁとか考えながら歩いていると、目の前で老婆がひったくりにあっていた。
「私のカバンが!」
「あっひったくり……」
だが、町の皆は見て見ぬふり。誰も助けようとしない。近くを走っているのに何もしない。ヤノカは何とか助けようと考えるが、直前に父から言われていた事を思い出す。
『いいかヤノカ。人前でその能力は使うな。……せめて使うなら顔を隠して使え。……じゃなきゃ、面倒なことになるぞ』
との事である。しかしヤノカは何とかしようと考え、咄嗟に店で売られていた仮面を手に取ると、自らの我流魔法を発動する。クロクで翼を作ると、走って逃げるひったくりの頭を蹴りカバンを取り返す。
「……これでいいよね、父さん」
そう呟き、何も言わずに老婆にカバンを返す。そして素早く路地裏に移動すると、仮面を取る。対して選んだわけではないが、無駄に格好のいい仮面を選んでしまったと思った。
「そうだよね……。そうだ。僕は、この力を誰かのために使うよ」
それからと言う物、ヤノカは日銭を宿屋兼バーで稼ぎながら、毎日誰かを助けていた。最近気が付いたことであるが、クロクを球体にして飛ばすことで、まるで眼球のように様子を見る事が出来るのだ。
それを使い、毎日町をパトロールしていると言う訳である。そして何かあれば即座にその場に向かい、速攻で解決。この町は大きいからか、ほぼ毎日何かが起きている。暴行に窃盗にetc.etc.……
「なんか毎日事件が起きてるような……」
一応、この町にも警察のようなものはいる。だがどうもほぼ機能していないようで、ほとんど事件を解決していない。職務怠慢もいいところである。と言うより、事件が多すぎて小さな事件に対応しきれないのだろう。
「あっ『クロク』よーっ!こっち向いてーっ!」
「……」
「キャーッ!こっち向いたわーっ!」
そんな訳で、大体一か月くらいこんなことを繰り返していた結果、今では町の人気者である。もはや警察よりも彼を応援する人の方が多い始末。ちなみに勝手に名前は付けられており、『クロク』と言う名前になっている。
「今日もありがとう!」
「……」
なるべくバレないように、喋らないことを徹底しているヤノカ。とは言え褒められると少し嬉しい。そんなある日の事、ヤノカは虐められている少年を発見する。
見た目からして同い年の様だが、無駄に良い衣装に身を包み、派手な格好をしている、ぶっちゃけいけ好かない男である。まぁとは言え、目の前にいる奴がなんであろうと助けると決めているヤノカは、颯爽と虐めている奴らをぶちのめし退散させる。
「……」
「なんだよ!……あのヒーロー気取りの野郎かよ!」
「……」
が。どうやら少年はヤノカの事を毛嫌いしているようで、差し伸べた手を払いのける始末。そこでヤノカは自らの仮面を外し、本当の顔を見せる。久しぶりに素顔で他人の前に現れたヤノカは、少しだけ険しい顔をしていた。
「……」
「なんだよ……、俺と同じくらいじゃねぇかよ!」
「そうだよ。……僕も同じくらいの年だ」
少年は、ヤノカの顔を見た途端に怒り始める。それは何ゆえの怒りか。自分への怒りか。半分……と言うか完全に目からは涙が零れ出し、感情のまま、ヤノカに怒りの声をぶつける。
「クソッ……、なんでこんなに格差があるんだよ……!お前はぶっ壊れみたいな強い能力を持ってて!俺はゴミカスみたいな見た目の能力しかもってねぇ!……インチキじゃねぇかよ!」
「……」
「なんだその目は!俺を憐れむんじゃねぇ!お前に分かるか!?貴族の長男坊をして生まれた俺が!オヤジと母さんの強い能力を受け継いで産まれてくると思われてた俺が!……高々ちょっと強くなる程度の我流魔法しか貰えなかった時の感情がよぉ!」
彼も、我流魔法を持っている。しかしそれはハッキリ言って弱い部類に入るモノであった。名前は『
「俺だって……俺だって!ヒーローになりたかったさ!……でもこんな力で何が出来る!?俺に何が出来る?!」
「それは分からない」
「……うるせぇ!」
少年はヤノカに掴みかかる。ヤノカは依然として毅然とした態度を崩さず、真っすぐに少年の目を見つめる。少年はその真っすぐな目に気圧され、言葉が出ない。
「だけど。今から始める事くらい出来るんじゃないかな」
「何も言うな!……もう……何も……!」
「僕は平民の産まれだったんだから」
壁にヤノカを叩きつける少年。口を封じてでも聞くことを止めようとしていた少年だったが、ヤノカの平民産まれと言う言葉に思わず反応してしまう。
「……え?」
「知ってるよ。我流魔法は我流魔法を持っている親の子にしか産まれないって。……でも。僕が産まれた。完全に平民の家に、我流魔法を使える僕が産まれたんだ」
「……マジで言ってるのか?」
「うん。……僕らからしてみれば、キミみたいな人は選ばれた子だと思うよ」
その言葉に、少年はヤノカから手を放し頭を抱える。それもそのはず、これが明るみに出ればこの世界の法則すらも捻じ曲げてしまう程の、とんでもないスキャンダルな話。
「じゃ、じゃぁ……俺でも、ヒーローになれるかな?」
「それは……わからない。でも、やらなきゃ始まらないよ。……それがどんなに小さな一歩でも」
「……そうかぁ……。そうだよなぁ……!俺、なんでこんなにウジウジしてたんだろうなぁ……!」
少年は涙で濡れた頬を擦り、涙の後を拭い去る。そして先程のような暗い顔ではなく、何か決心したような顔で、ヤノカに話しかける。
「よし!そうと決まれば特訓だ!あっそうだお前……えっと」
「ヤノカ。僕はヤノカだよ」
「そうか!俺は『レギン・ド・フィルガ』だ!フィルって呼んでくれよな!」
そして二人はガッシリと握手を交わすと、そのまま招かれるままにヤノカはフィルの家に向かうのであった。
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