第47話 お二人を失望させないよう、これからも優花のことは大切にします!

 賢一さんと愛花さんは、今時珍しいお見合い結婚で夫婦になったそうだ。

 美人の嫁をもらい順風満帆な生活を送ることができる。

 そう賢一さんは思っていたそうだ。


 だがある日、賢一さんは知ってしまう。

 犬プレイが好きという愛花さんの隠された性癖を。


 その後賢一さんは、愛花さんに犬プレイをやめさせることにした。

 賢一さんが生まれた藤川家は代々警察組織の要職に就いてきた名門一家。一方の愛花さんも親が最高裁判所長官を務める名門の生まれ。

 そんな二人が犬プレイという変態行為をしていると知れたら、互いの家紋に泥を塗ることになってしまう。そう思ったからこそ、賢一さんは愛花さんに犬プレイをやめさせようとした。


 ただしいきなり禁止するのではなく、子供ができるまでは犬プレイを認めたという。これは愛花さんが好きになった人と犬プレイしたいという思いを前から持っていたためだった。賢一さんは、最愛の嫁の心情に配慮したのだ。


「やがて愛花が優花を宿したことで、私達は犬プレイをやめた。それと同時に、私はあることを決めたんだ。娘は愛花のような特殊性癖を持った人間にしてはならない。娘が清く正しい人生を歩めるよう、徹底的に優秀な子として育てよう、とね」


 以前俺は優花から聞かされて知った。優花は常にテストで高得点を求められ、一切の甘えも許されず厳しく育てられたと。あの教育方針は、賢一さんなりに生まれてきた娘を思って定めたものだったようだ。


「結果的に優花は、私が望んだ優秀な子に育ってくれた。だが厳しく育てすぎた反動なのか、優花は愛花と同じく犬プレイが好きという特殊性癖を獲得してしまった。私の教育方針は、間違っていたのかもしれないね」


 苦笑いを浮かべながら賢一さんは自虐する。

 けど俺は、賢一さんは過ちを犯したわけではないと思う。だからこそ、俺は賢一さんの言ったことを否定する意見を述べた。


「賢一さんは間違っていませんよ」

「どうしてそう思うのかね?」

「賢一さんは自分なりに優花を立派に育てたいと思ったから、厳しくもなったんですよね? それ自体は娘思いな親ってことで、許されると思います」

「そうなのかねぇ……」

「それに賢一さんの厳しい育て方がなければ、優花は犬プレイに目覚めることはありませんでした。当然俺が犬プレイしている優花も可愛いと思うこともなかったでしょう。賢一さんは、優花の新しい魅力を作ったんです。だから何も問題ありませんよ」


 って、さすがにちょっと偉そうに語りすぎたかも。少しへりくだっておかないと印象悪いかな。


「すみません。若造なのに偉そうなこと言って……」

「いや、岩瀬くんの言う通りだ。話を聞いて安心したよ」


 納得の顔を浮かべたのち、賢一さんは優花のほうを向く。


「優花。ちょっといいかね?」

「はっ、はい」


 直後、賢一さんは優花に対して深々と頭を下げた。


「ちょっと、お父さん!?」

「短い間とはいえ、優花が好きなことをする機会を奪ってしまってすまなかった。今後優花が犬プレイすることは禁じないと、ここに誓おう」

「頭を上げて下さい! 犬として振る舞うことを認めてもらえただけで、私の心は満たされましたから!」


 あわあわとする優花に言われた通り、賢一さんは頭を上げる。それから賢一さんは愛花さんの顔を見ながら苦笑した。


「それにしても、まさか優花も犬プレイが好きな人間になるとは。血は争えないというものなのかね」

「別にいいじゃない。犬プレイを愛してこそ、わたくし達の子というものだわ」

「何が『わたくし達』だ。さらっと私も愛花と同じ括りにしないでくれたまえ。私は愛花と違って犬プレイを楽しいとは思わんよ」

「そのわりにはちゃんと犬プレイに付き合ってくれたと記憶しているけど。どう? またあの日のように犬プレイしてみない?」

「誰がするか!」


 ああ、この感じ、俺と優花のやり取りと変わらないなぁ。

 思わず笑いそうになったけど、賢一さんを怒らせるだけだから堪えておこう。


「ごほん! とりあえず、うちの変態嫁のことは置いといてだな」

「酷いわねぇ、変態嫁だなんて」


 愛花さんのツッコミをスルーし、賢一さんは俺に告げる。


「どうあっても優花の味方でいることを岩瀬くんは示してくれた。そんな岩瀬くんになら安心して優花を任せられる。今後とも、うちの優花とは仲良く交際して欲しい」

「わたくしからも言わせて。優花のこと、これからも大切にしてあげてね」


 賢一さんと愛花さん。二人からもらった言葉を噛み締め、俺は力強く返答する。


「はい! お二人を失望させないよう、これからも優花のことは大切にします!」

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