第46話 ああ、そうだとも。私もかつては、

 突如前方から妙齢の女性が現れた。

 知らない人物の登場と共に、俺はふと冷静になる。


 俺は優花と抱きしめ合っている。それもお互いが正面から抱き合うという、人目をはばからない本気のハグだ。それを今、よく知らない女性にがっつり見られている。

 これ、普通に恥ずかしくね?


「ちっ、違うんです! これはその、ちょっとした事故みたいなものでして!」

「あらまあ、照れちゃって。可愛いわねぇ」

「かっ、可愛いとか言わないで下さい!」


 慌てて抱擁を解き弁明した俺を、妙齢の女性は笑みを浮かべつつからかう。非常に恥ずかしい。


 まあ、俺が恥ずかしい思いをしたのは一旦置いておこう。それよりも気になるのは女性が何者かだ。


 俺から見て左側だけ胸元方向へ下げた青みがかったロングの黒髪。顔は優花にうり二つで、優花がこのまま歳を重ねたらこうなるんだろうという顔に思える。

 もしかして、歳の離れた優花の姉とかだろうか?


「あの、あなたは藤川家の人間なんですか?」

「ええ、そうよ」

「ひょっとして、優花のお姉さんだったりします?」

「いえ、わたくしは優花の母の藤川愛花ふじかわあいかよ。娘がいつもお世話になってるわね」

「母!?」


 優花の母さんだと!?

 顔の感じだと二〇代後半でも通用するくらいだよ? とても高校二年生の娘がいる年齢には見えないよ?

 いくら何でも見た目若すぎだろう。


「あなたが優花の彼氏の岩瀬康士郎くんね。なかなか男前じゃない」

「いえ、そんなことは」

「ところで、旦那様の説得は成功したってことでいいの? 優花が犬プレイすること、ちゃんと認めてもらえたの?」

「はっ、はい。何とか認めてもらえました」

「そう。よかったわね」


 あれ? 優花の母さん──愛花さんも犬プレイってワード知ってるのか。賢一さんも、俺と優花の犬プレイがバレた時点で犬プレイのこと知ってたし。

 どういうことだ?


「懐かしいわね。わたくしも若い頃は、旦那様と犬プレイしたものだわ」

「……はい?」


 今とんでもない事実が飛び出した気がするんだけど。

 あのお堅い賢一さんが妻と犬プレイ? あり得ないだろう。


「嘘じゃないわよ? ほら、わたくしのスマートフォンにも証拠が残ってるし」

「んなっ……!」


 愛花さんが見せたスマホには若かりし頃の賢一さんと愛花さんが映っていた。

 首輪を着け、リードでつながれた愛花さんと、リードを握る賢一さんが。


「お母さんも、私達と同じことしていたんですか?」


 愛花さんの登場後、涙が収まった優花が愛花さんに問う。


「ええ、わたくしも優花と同じで犬プレイが好きだったから、たくさん犬プレイしたわ。首輪を着けて、リードで引っ張られながら散歩もしたし、旦那様の前で犬食いしたこともあったわねぇ」


 やってること優花と一緒じゃないか!

 つまりあれか。優花の犬プレイ好きは愛花さんの遺伝ってわけか。


「役割もわたくしが犬で、旦那様がご主人様だったの。だから全部優花と岩瀬くんの関係性と同じね」

「こら愛花! 娘達に何吹き込んでいるのかね!」


 俺達が愛花さんと会話していると、賢一さんがものすごい剣幕で部屋から出てきた。その賢一さんに対し優花が迫る。


「お父さんも、私達と同じことをしていたんですね」

「していない。誰が犬プレイのような変態行為をするものか」

「していたのだとしたら、どうして私が犬として振る舞うのを反対したんですか? 普通なら理解してくれてもいいのに」

「だから私は犬プレイなどしていない! 全て愛花のでたらめだ!」

「ですが、証拠写真が残っていますよ?」


 優花が指差した先では、愛花さんが笑顔で犬プレイの証拠写真を掲げていた。

 言い逃れできなくなった賢一さんは、ばつが悪そうに顔をしかめる。


「くっ……。ああ、そうだとも。私もかつては、愛花と犬プレイをしていたとも」


 信じられん。本当に賢一さんも犬プレイ経験者だったとは。


 でも、だとしたら犬プレイというワードを知ってたのも納得がいくか。

 しかし、あれだな。今まで賢一さんは怖くて厳しいイメージが強かったけれども。俺と同じで恋人の犬プレイに付き合わされてたとわかったら、妙に親近感が湧いてきたな。


「何だね岩瀬くん。まるで『あなたも苦労してきたんですね』とでも言いたげな目ではないか」

「きっ、気のせいですよ気のせい! それより、優花が犬プレイすることに賢一さんが反対していたのって、自身の経験が関係していたんですか?」

「ああ、そうだとも」


 それから賢一さんは愛花さんとの過去を話し始めた。

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