第45話 優花がまた好きなことをやって楽しそうに笑ってる姿を見るためなら、何だってする覚悟です

「なっ、何を言い出すのだね……!?」


 俺の考えた秘策とは、賢一さんに覚悟を示すことだ。もしもの場合は、優花を連れて逃げる覚悟が俺にはあるということを。

 もちろん、実際にこんなことはできない。


 仮に賢一さんの支配下から離れるべく優花を連れて逃げたとしよう。その場合、やってることは駆け落ちと変わらない。そんなことをしたら賢一さんだけでなく、いろんな人間を敵に回してしまうだろう。


 逃げた俺と優花は身を隠して日々を過ごすことになる。だが高校生の持つお金で生活できる期間は限られている。優花はお嬢様なので資金力はあるが、それにも限界というものがある。

 そうなれば働いてお金を稼ぐしかない。だが俺達が働けるのは精々高校生可のバイトくらい。

 給与は低いので、とてもじゃないが二人で生活するには無理があるだろう。

 結局は警察に補導され、賢一さんの元に連れ戻され二人して叱られるのがオチだ。


 それでも、駆け落ちのような行為をするだけの覚悟はあるんだと俺は賢一さんに伝えたかった。


「なっ、なぜ、そこまでしようとするのだね? 優花に犬プレイさせるためだけに、どうしてそれほど本気になれる?」

「俺は優花のことが大好きなんです。優花がまた好きなことをやって楽しそうに笑ってる姿を見るためなら、何だってする覚悟です」


 ここに来て、賢一さんに少しばかり動揺が見て取れた。

 俺が覚悟を示したのは正解だったらしい。


「お願いします。優花が犬プレイすることを認めて下さい! お願いします!」


 もう一度俺は頭を下げて懇願する。

 覚悟も示したので、俺にできることはやった。あとはもう、賢一さんが考えを変えてくれることを信じるしかない。


「これほどの覚悟を見せられてそれに応えなければ、失礼にあたるな……」


 弱々しい声で呟いたのち、賢一さんは俺に問う。


「岩瀬くん。犬プレイが健全でないのは一般的な見解だ。優花と岩瀬くんが犬プレイしていることが知れた場合、多くの者から非難を受けるだろう。それでも岩瀬くんは世間体に負けず、優花の味方でいてくれるのかね?」

「はい。どれだけ犬プレイに反対する人がいても、俺は優花の味方です」

「そうか。であれば岩瀬くんの覚悟に免じて、優花が犬プレイすることを認めよう」

「いいんですか?」

「ああ。ゆえにこれからは私のことは気にせず、優花の犬プレイに付き合うといい」


 一瞬信じられず俺は返答に窮する。それでも少し経って賢一さんの言った意味を理解した俺は、賢一さんに感謝を述べる。


「ありがとうございます。優花が犬プレイすることを認めて下さって」


 優花。どうにか取り戻すことができたよ。優花が好きなことをする自由を。

 もう、無理にして犬プレイを卒業しなくてもいいからな。


 ●●●


「ふうっ。これにて一件落着だ……な?」


 賢一さんと話していた部屋を出ると、そこには優花の姿があった。

 もしかして、俺と賢一さんの話をこっそり聞いていたのだろうか?


「康士郎くん」

「おっ、おう。何だ?」


 優花は目元を潤ませ、感極まったような様子でいた。

 俺が優花の様子に戸惑う中、突然優花が俺に抱き付く。


「おっ、おい! 何だよ急に!?」


 優花に密着されたこと。至近距離から女の子特有の甘い匂いが感じられたこと。それらが要因となって俺が動揺していると、優花は涙声でお礼を言ってきた。


「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」

「えーっと……。そのお礼は、俺が賢一さんを説得して、優花が犬プレイすることを認めてもらった件に対するものか?」


 小さく首を動かし、優花は頷く。


「私は康士郎くんに嘘を付いていました。犬として振る舞うつもりはない。そう言いながらも、康士郎くんの犬として振る舞いたい気持ちを捨てられずにいました」

「それはわかってたよ。一人で別荘を調べに行ったとき、犬プレイ関連のグッズがたくさん残っていたからな」


 優花は「そんなことしていたんですね」と呟く。

 それでも、自分に黙って俺が別荘を訪れていたことをとがめる様子はなかった。


「康士郎くんの犬として振る舞いたい。けどお父さんの意見には逆らえない。だから、犬として振る舞うことは諦めるしかないと思っていました」

「うんうん」

「ですが康士郎くんのおかげで、また私は犬として振る舞うことができます! 好きなことを我慢し続ける日々から、やっと解放されますぅ……! うええん……!」


 それからしばらく、優花は俺に抱き付いたまま嗚咽を漏らし続けた。

 突然好きなことを禁じられ、やはり優花は相当苦しい思いをしていたのだろう。けどまた犬プレイができるとわかってほっとしたようだ。


「もう大丈夫。大丈夫だからな」


 優花の背中にそっと手を回し、俺は優しく抱きしめ返した。

 依然として優花は泣き続けている。


 けど流しているものは悲しみの涙ではない。喜びの涙だ。

 短い期間でも、大好きな犬プレイを禁じられて優花はいろいろ溜め込んでいただろう。ならば今だけは存分に泣いて、溜め込んでいたものを洗い流せばいい。ここで無理に泣き止ませるのは無粋というものだ。


「うふふ。どうやら無事旦那様を説得できたようね」

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